6-2 チケットと前夜の準備と発端の疑問

 てるからもらったチケット入りと思わしき紙袋。帰り道でそれを開けた時、かなめは。雇用主の発した、あの言葉の意味を悟った。


「……俺と行きたかった、ってか?」


 入っていたのは、遊園地リゾートの一泊フリーパス。それも、日本有数の所だ。


「ありえなくもないだろうが……。せめて無駄にしないようにするか」


 せめて、大切に使ってやって下さい。神楽坂大介かぐらざかだいすけの発言を。もう一度噛みしめる。そして、使い道を定めた。


 帰宅した要が、雫に誕生日を使っての旅行を打ち明けると。雫の顔は、驚きの表情に変わった。


「え? 要兄ようにい、いいの?」

「ああ、いいよ。神楽坂さんからたまたま頂けてね。どうせなら二人で、雫ちゃんの誕生日に行くのがいいと思って」

「……分かったわ。要兄に甘えちゃう」


 雫が朗らかに笑い、要も笑顔で応じる。明るい空気が、部屋に満ちて。二人は、旅への期待に思いを馳せた。



 そうして。雫の誕生日、前日の夜。要は自分のバッグへ荷物を入れていく。下着や上着、服やらなにやら。準備を重ねていく内に、要は思い返す。


「雫ちゃんがいなかったら、こうして旅行の準備もできなかったか……」


 明後日の分の服とはいえ、それは雫と共に選んだ服になっている。つまり、使い古しのものではない。アイロンこそ掛けないものの、折り目は正しく仕上がっている。今、要が支度している部屋も。雫の指示で、二人して片付けたものだ。


「全部、雫ちゃんのおかげ……ってか?」


 自分をあの引きこもり生活から引き上げてくれた従兄弟に感謝する。その一方で情けないとも思った。しかし、現実として。今の生活は雫のおかげである。己を嘲ったところで、なにも変わらない。しかし。


「稼ぎを生み出しているだけ、マシかもな」


 今、自分が誇れることを思い出し。少しだけ顔を緩める。そうする内に、準備は終わって。


「隣の部屋も気になるが……。明日の楽しみにするか」


 布団を敷いて、眠りについた。最初は眠れるかと不安だったが、案外眠れたらしく。気が付けば朝になっていた。例の遊園地リゾートはそこそこ遠くにあるので、早朝とは言わないまでも、かなり早い時間には出なければならない。


「おはよう」

「おはよ」


 互いに挨拶を交わす。雫も見た感じ、眠そうではないようだが。


「先に支度していいよ。俺は着替えてるから」

「ん……ありがと」


 声を聞くと、やや眠たげだった。準備が長引いたのだろうか。生あくびをこぼしながら、雫は洗面所へと向かっていく。


「もう一回確認しとくか……」


 着替えを終えた要は、もう一度荷物の確認を始める。案の定、なんでもないところで忘れ物をしていた。危ない。そうこうしている内に、雫が身支度へと移っていって。今度は要が洗面所へと向かう。



 そうして準備を終え、家を閉め。ついに二人の旅は始まった。まずは朝食をとってから駅へ向かい、電車で最寄りの新幹線駅へ。新幹線に乗り換えて都会まで出たら再び電車。少々長い旅路だが。


「後の楽しみを思えば、ねー」


 雫はなんでもなさそうに振る舞う。今日の出で立ちは長いポニーテールに緑のキャミソール。キャミソールは白いブラウスに覆われ、脚にはレースの付いたスカート。顔には化粧がよく映えて。


「そうだね」


 要は悟られないように視線をそらす。直視は危ない。直感が訴えていた。市街地を抜けた後の車外は、青々とした田園風景に変わっていた。桜の頃には、更にいい景色が見られたのだろうか。


「こっちに来た時も乗ったけど、いい景色だよねー」


 同じく外に目を向けていた雫が言う。ああ。雫は一人で、こっちに来たんだった。あの時雫は、どう思っていたのだろう。一度疑問に思うと、もう止められなかった。


「その時、雫ちゃんはなにを考えてたの?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る