3-6 理性と奉仕とフーフーおじや

 かなめが朝食を終えた後も、しずくによる理性へのダイレクトアタックは続いた。

 甲斐甲斐しく世話をされ、家事全般を先回りされてしまい。そのくせ全てが、要が満足する出来栄えで。しかしこそばゆく。おまけにちょっとした色気が混ざっていて、要には刺激が強かった。


 掃除機をかける時の、そこはかとない谷間。

 寝ている真上を通られた時に目に入った、強めの色をした下着。

 時々見せる、陰のない笑顔。


 恐らく、普段通りにいれば問題はないのだろう。しかし要を「ご主人様」と呼び、メイドとして奉仕に徹している雫の姿は。どう見ても非日常だ。意識してしまう。気になってしまう。言葉一つで、どうにかできてしまいそうで。

 要には、ひたすら危うさしかなかった。



 昨晩、疲れのあまりに省略した風呂に入れば。お湯の熱さが要の皮膚に染み渡って。


「うう、熱い……。つらい……」


 熱さゆえの涙に隠して、要はそっと泣き言を放流する。奉仕自体は嬉しい。家事をしてくれて助かってる。なのに、つらい。家出したい。しかしここは自分の家だ。家主が家出するのは、矛盾にも程がある。


 そんな思考に身を預けていると、すりガラスのノックされる音がして。


「失礼します、ご主人様」


 鈴の鳴るような声に、要は身を固くした。まさか。風呂場ですることといえば。


「お背中、流しましょうか?」

「いらない」


 声がこわばる。今の雫なら、有り得る話だった。油断していた。


「え、でも……」

「悪いけど、ゆっくり入らせて欲しいな。それが、俺への奉仕になるから」


 自分の思いを、ずるい言葉に乗せて。それでも押し通す。僅かな間。流れる汗は、冷や汗か。熱さの汗か。


「承知しました」


 引き下がる声が耳に入る。遠ざかる足音。

 ほっ。

 自分の安心した声に気付いた要は。湯舟に潜って、その心を鎮めた。



 結局、たっぷり一時間近くを風呂に費やして。しかし時計はまだ午前中だった。昼が過ぎれば膝枕に乗せられ、耳を掃除され。


「うああ……」


 皮膚をかれる際、要はうっかり声を漏らして。雫のツボに入ってしまい。結構な勢いでゴリゴリやられてしまう。ただし、太ももの感触でチャラにした。


 その後もおやつや洗濯の片付け、洗い物など。雫は全ての家事を自分でこなした。ここまで来ると要にも、雫が罰ゲームをしているように見えてしまい。


「手伝うぞ?」

「ご主人様の手を、か、り……あれ?」


 ベランダに向けた声の返事は、途中で途切れて。ドサリという音が、要の耳を叩いた。



「あ……あれ? 私、は?」


 雫の声が耳に入ったのは、約一時間後だった。


「倒れたんだよ。いくら俺にアタックしたいからって、無理し過ぎだ」


 キッチンで要は、ぶっきらぼうに答えた。手元では、おじやが出来上がりつつある。


「ように……ご主人様!? まさか、ご自分で」

「それはもうやめろ」


 雫の声をはねのける。出来上がったおじやを、雫の元へと持って行く。


「……いくら雫ちゃんが俺を好いてくれてても。それで無茶をされたら。俺は本当に困るんだよ」


 要は適量をスプーンに乗せ、フーフーして。小さな唇へと差し出す。雫は、困ったような顔を見せた後。


「そうだね。からかいたいだけで、いじめたいわけじゃなかったし。要兄が困るのは、私も嫌」


 小さく言って、スプーンを食んだ。その頬は、ほんのりと赤く。


「おいしい」


 もう一度小さく言った。

 その直後。要の手から、茶碗が消えた。



 夜も更けて、要は雫の枕元に座っていた。雫は目を開けていて、小さく会話を交わす。


「ねえ、要兄ようにい。せっかくだし、一緒に寝よ?」

「それはしない」

「えー。添い寝すれば、早くなお」

「…………はあ。諸々片付けたら、隣で寝るよ」

「分かった」


 会話を打ち切るように要は答え、雫は満足気に目を閉じた。

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