3-5 終幕とメイドさんと下着のチラ見え

 結局、かなめ達が部屋に戻った後は。淡々とした食事と、事務的な会話に終始した。誰もが、これ以上の展開は望んでいなかった。初出勤の日やらを確認し、解散となった。


 自宅の方へ向かうバスに乗って。要はようやく力を抜いた。ネクタイを外し、スーツのジャケットも脱ぎ、背もたれに身を預けた。


「やれやれ……」

「疲れたよね……。ごめんなさい」


 要の脱力した姿を見てなのだろうか。連れ戻してからずっと無言でいたしずくが、ようやく話しかけてきた。


「多分俺に体力がないだけだから、気にしないで」

「ならいいけど……。帰ったら、寝ちゃおっか」


 そうだね、とだけ答えて。要は車外に意識を向けた。一度に多くのことが起きたせいだろうか、今はなにも考えたくなかった。



 家に帰ると、すぐに寝てしまって。だから、その後なにがあったかなんて知る由もなく。

 そして。どんなに暗い夜でも、朝は必ずやってくる。いつもどおりか、は別として。


 要の翌朝は、「いつもどおりではない方」の朝だった。


「ご主人様、おはようございます。お布団を干しますので、起きて頂けますでしょうか?」


 春うららかな太陽に、朗らかな声。しかし耳慣れない言葉。「ご主人様」。要は耳を疑い、目をこすり。現実を見ようとして。


「起きられないのでしたら、おはようのキスでも、差し上げましょうか?」


 逆。あまりにも非現実的な光景。あまりにもきれいな笑顔。そこにいたのは。


 ツインテールに、白のヘッドドレス。

 黒の長袖に、白のエプロン。

 下着が見えそうな、短いスカート。美しい脚のライン。


 つまり、袖ヶ浦そでがうら雫・メイドさんモード。圧倒されつつ、要は口を開く。


「目は覚めました。……しかし一体、これはなんですか?」

「ご奉仕です。本日一日、雫は要様のメイドでございます。後……ネットの買い物故、一部丈が合いませんでした」


 静かに身体を折り曲げる雫。その姿は、優雅の一言で。要は思わず、まじまじと見てしまう。

 肌の露出は控えめなのに、腰のエプロンでバストが強調されたり。おまけに胸の谷間が若干開いていたり。スカートが短かったり。

 どう見ても意図的にしか思えないサイズの不均衡。

 しかし雫は、要につけ入る隙を与えなかった。


「なんなりとお申し付け下さい。お望みなら……夜のお供も」


 そんな言葉を差し出して、メイドは朝食の支度へと向かっていく。要は、布団の上で考え込んだ。

 人はフリーハンドを与えられると、かえって混乱することがあるという。世話をしたいというのは、本心でもある。だが、要が顔を赤くしたりするのを見たいというのも。雫の意志には含まれている。ように見えた。


 要は、結論付ける。要するに、このメイドさんは罰だ。昨日言っていたあの。「いろいろする」の、答えだ。あまりにも甘い罰。そして理性が試される、厳しい罰だ。


 布団を片付け始めると、雫が朝食を並べ始めた。

 温かく。見栄えも美しい朝食が、ちゃぶ台の上に並べられていく。ただし、一人分だった。雫は座ろうとはせず。立ったまま微笑んでいる。


「これは?」

「要様の朝食でございます」

「う、うん。分かるよ? だけどさ、雫ちゃんのは?」

「呼び捨てで構いませんよ、ご主人様。私は作業の後、軽食を取らせていただきます」


 演出で掛けたと思われる伊達メガネを光らせて。雫はきっぱりと答える。


「それでは、私は洗濯などして参りますので、なんなりとお申し付け下さい」


 気恥ずかしい要をよそに、雫はキッチンの方へと身体を向ける。要はそっと目をやるが、その瞬間。下着が目に入って。慌ててそらす。


「なにか、見えました?」


 ピラッ。


 これ見よがしな、スカートの翻り。要は顔に血が集まるのを感じながらも。


「いただきます!」


 無理矢理に押し殺した。

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