5-6 考慮の結果と恍惚と逆質問
静かな部屋の中。
「約束しよう。雫ちゃんの誕生日には、必ず決着をつける」
「誕生日って……。もう後一ヶ月ちょっとじゃない。大丈夫なの?」
要はうなずいた。
「逆に、ここまでしても俺が決められないのなら。俺は叔母さんに土下座する。送り返しはしない。だが、同居は取りやめる」
「そんな……!」
引き寄せた腕の中で、雫の肩が震えていた。当然だなと、要は思った。あまりにも唐突で、あまりにも無情な宣告だ。しかし要にも、そこまでする理由があった。真面目と評され続けた要が、ギリギリまで考えた結果なのだ。
「そこまでされてて、嫌じゃないなら。もう抱くしかないだろ。俺だったらそうする」
あの日、友は会話の中でそう言った。
だが、雫は十五歳だ。本音を言えば、自分だけに固執してほしくない。世界には、他にもいっぱい人がいるのだ。なにも刷り込みのように、自分だけを追いかける必要はないのだ。要は今でも、本気でそう思っている。
「言い寄られる系のアレは要らない。私がうっかりそっちにフラフラしそうで、嫌になるから。要兄一筋なのに」
もう一つ、思い出す。雫の言葉。雫は、どうしようにもなく。要が好きで。それ以外は考えられない、とまで言い切る。言い切ってしまう。ならば。
せめて、十六まで待つ。
それが要の、決断だった。法律を頼りにするのもどうかと思うが、結婚不可の少女を抱くよりは。罪悪感もマシになる。同居破棄も含めて、要なりの責任の取り方だった。
腕の中の雫は、無言のまま。動かない。いつしか震えも、止まっていた。
「大丈夫か……?」
要は、小声で尋ねた。自分の決断が、雫を悪い方向に導くこと。それはそれで、要の本意ではない。しかし雫は動かず。
「……ヨウニイノイイニホイ」
恍惚とした声を返されて。
「離れなさい」
心配したのは、どうやら大損だったらしい。要は軽く、天を仰いだ。
……なんかお腹空いちゃった。
んじゃ、コンビニ行くか。
そんなさっくりした会話で、要達は夜道へと繰り出した。さっきまでの緊張はどこへやら、である。
雫は不思議と要の前を歩きたがった。いつもなら手つなぎの一つも要求してくるのに、それもなく。ただただ前を歩いていて。長いポニーテールが、左右に揺れていた。
「ねえ、
空を見上げて、前を見たまま。雫は言う。
「私がまだ十五だから、あんなこと言ったの?」
「だろうな」
要は、即答した。もしも同い年、あるいは近くの年だったら。今までのどこかで、間違いなく抱いていた。こればかりは、要も認めざるを得ず。要は横を見ないまま、雫の前へ出る。
「むしろ、なぜ襲わなかった? そうすれば既成事実ができて、叔母さんに俺が土下座して。それで終わりだったろうに」
ずっと気になっていたことを、ついに問う。雫は要を襲えば勝ちで。要はそれだけで全てを背負い込むことになるというのに。雫はなぜ、それをしなかったのだろうか。
問われた雫は、足を早めて。要の前へと躍り出て。
「要兄を無理矢理襲って、結果私が幸せになるとして。それで要兄は、幸せになれるの?」
そして逆質問。要の口が、あんぐりと開く。盲点を、突かれたのだ。
「私は『要兄と』幸せになりたいの。私だけが幸せになっても、要兄が嬉しくなかったら。結局私は不幸なの」
「……」
表情を見せないまま、雫は語る。
「要兄が私を襲うのなら。それは要兄がその気になったってことで。私も多分受け取るけど。私が襲って既成事実にしたって。ただの無理矢理じゃない」
それだけだよ、と言って。雫は道を進む。要は足を早めて、それを追いかけた。最寄りのコンビニが、早くも存在感を醸し出していた。
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