2-4 果実と敗走と再会

 しずくからの、意外な発言。


要兄ようにいってさ。ちゃんとすると、やっぱりカッコいいなーって!」


 かなめは一瞬、水を噴きかけて。こらえて。


「ないない」 


 鼻で笑ってかわしていく。次のトンデモ発言に備えて、水を飲み干す。購入したばかりのシャツにこぼさないように、ゆっくりと。

 飲み終えて、雫と目が合う。見つめられていた。


「うふふ」

「見られても、俺が困るだけだよ……?」


 弾んだ声。心の柔らかい場所に、そっと染み込む。要は目をそらす。心を読まれたくなくて。しかし。


「んー?」


 疑問の声。雫が伸び上がる。要の目を追う。少し下では大きな胸が、重そうに揺れていて。

 見ちゃマズい。要は更に目をそらす。しかし雫は、ニヤリと笑って。


「ん? 『これ』? 気になっちゃった?」


 キャミソールの中でも一際目立つ果実を、軽く揺らしてくる。要は思わず、目をやってしまい。

 雫の手のひらに、頭を捕獲され。引き寄せられ。


「……えっち」


 ささやきの中身は、同じ言葉でも。甘さが違って。


「う、あ……。ちょ、ちょっとトイレ行って来る」

「うん。行ってらっしゃい」


 要は、ついに敗走した。



 その後の要は、さんざんだった。ハンバーグを食べる間も気が気でなく、雫の手や口が、妙に艶かしく見えてしまい。


 それでもなんとかランチを完食し、店を出る。昼のピークを過ぎていたのが、幸いだった。もしも混んでいたら。ゾッとしない話だ。


「楽しかったー!」


 そんな要をよそに、雫の若い身体が大きく跳ねた。全身で感情を表現する雫の姿が、要には眩しかった。


 自分はいつから、感情を表現しなくなったのだろう。

 要の脳内に、思考がよぎる。

 小賢こざかしく、いろいろと考えて。冷静を装って感情を殺して。他人とぶつからないように振る舞って。

 そうして、今に至って。一体なにを、得たというのか。


「……要兄?」


 離れた場所から、雫の声。立ち止まっていたらしい。要を見ている。心配されたようだ。


「……。ごめん、考え事してた」


 首を振って。なんでもないという顔をして。小走りに追いつこうとする。雫を不安にさせたくない。半分養われている状態だが、プライドがある。



 しかし、春風は。偶然の力は。そんな要を、容赦なく。


「おおっ!? 大島、大島じゃないか!?」


 背後から響く、聞き覚えのある声。否。要にとっては、聞き覚えどころではなかった。


「卒業式にも来ていなかったな。心配していたぞ!」


 容赦なく。快活に。ツカツカと、足音が近付いて来て。

 要は固まる。逃げても、振り向いても。このままで居ても。絡め取られる。なのに、身体は動かない。


「要兄!」


 雫が駆け寄って来た。手を握られる。引っ張ろうとしてくれているのに、足が動かない。


「む、付き添いが居たのか。これは悪いことをした」


 結局捕まってしまった。バツが悪い。どんな言葉を、言えば良いのか。


 気まずく振り返る。そこには、かつて夢にまで見た人の姿があった。


 要よりも、頭一つ高い身長。

 雫よりも長く、それでいて良く梳かれた黒髪。漆黒という言葉がふさわしい、さらりとした髪。

 頭にサングラスを引っ掛け、顔にはナチュラルメイク。切れ長の、気の強そうな目。

 雫とは対象的なスレンダーな体を、ラフなTシャツに包み。軽そうな白いシャツを、その上にまとう。

 カモシカのような長い足は、ヴィンテージのジーパンに包まれていた。


春野はるの……先輩」

 

 要は、ついに観念して口を開いた。雫が、不安げに要達の顔を交互に見上げている。だが、春野は。ニヤリと笑っていて。


「会いたかったぞ!」

「わぷっ!?」


 そのまま要は抱き締められる。香りに包まれ、身動きがとれない。


「要兄!? 貴女、何してるんですか! 何者なんですか? 離れて下さい!」


 雫の声が、要の耳に甲高く響いた。

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