第16話 グローバルは愚弄張る?
前回のあらすじ
・タリアとメイリン、龍虎合い睨む。
・クリス、色彩豊かに。
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ひたすらカオスな昼休みが終わった。
国語の教科担任は、このクラスの正担任の男性教師だった。
ポリネシア系の巨漢で、ようやくツトムも名前も覚えた。カモス・エスターナと言うらしい。なんとなくラテン系な名前だが、深く追求する余力は、今のツトムには無い。
カモス先生は、前の方の席のクリスのワイシャツに目を留めた。天才画家のパレットもかくやというほど、色彩のるつぼとなってる。
「大丈夫です。全く問題ありません」
ゆるぎないクリスの返答で、全ては不問とされた。
……これ、感謝した方がいいのかな?
ツトムは自信が持てなかった。
苦手な国語の授業で、当てられないように小さくなりながら。ツトムは必至で考えた。
……こんなケンカ、早く終わらせないと、僕の命が危ない。
というわけで。
次の休み時間、ツトムは精いっぱいの勇気を振り絞って、二人の間に身を投げ出した。
「もうこの辺でよそうよ! 僕の大好きな二人がケンカするなんて、辛くてたまらないよ!」
正直、「邪魔よ!」とプチっとなされるかと思ったが、意外と二人は冷静に受け止めてくれた。
ようするに、「大好き」が効いたらしい。もっとも、それで終わりではなかった。
「「じゃあ、どっちが上なの?」」
と迫られたので、とっさに口を突いてでたのが。
「大空と宇宙みたいで、比べられないよ!」
なぜか、二人は納得してくれた。
……良く考えると、大空も宇宙も、同じものなんだけどね。
午後の授業は、予想通りの悲惨な状況が続いた。小柄でやせっぽちなツトムは、完全に燃料切れで、とっくに活動限界だった。もし体育とかあったら、本当に命が危ない。
タリアとメイリンも、休み時間にスマホから”くもすけ”に諭されて、ようやく休戦となった。結果として、放課後は高雄亭になだれ込んでの食事会となった。
実は、張りあうばかりで、二人とも碌に食べて無かったのだ。
いつもおいしい高雄亭の料理だが、極限までお腹がすくと格別だった。空腹は最高の調味料、として確立されたセオリーでもある。
いわゆる「空腹の科学」と言う奴だ。
* * *
ツトムの工房にて。
タリアもメイリンも、ここでは借りてきた猫やカナヘビのようにおとなしい。なにしろ、ツトムの機嫌を損ねたら、この部屋から永久追放なのだから。
「僕は二人とも大好きだけど、今日みたいなこと繰り返したら、どっちも大嫌いになるからね」
意識して冷たく言い放つ。
「なんで僕が怒ってるかわかる?」
おずおずとメイリンが答える。
「私たちがケンカばかりして、ツトムがご飯食べられなかったから?」
「三十点。追試が決定」
ヒッとメイリンが息をのむ。
「あのね、日本には『食い物の恨み』てのがあって、何よりも重いものなんだからね」
二人の少女は、冷たい床に正座だ。
「これ、決して食べそこなったから、お腹すいてるから恨んでるわけじゃないから。食べてもらえなかった食材の恨みなの。日本語の『いただきます』は、食材となった命への祈りなんだ。食べ物を粗末にするのは、命への冒涜なんだよ!」
ツトムがメガネに投影されている文章を読み上げているのはナイショだ。”くもすけ”が色々見繕ってくれたものだ。
「今日無駄になった食材の命は、クリスのワイシャツを染め上げるために産まれてきたんじゃないんだからね」
なんとなく、クリスの扱いが酷い気がするが、そこは不問。
「二人とも、明日からはケンカしないでよね。僕は誰の料理でも、ありがたくいただくよ。でも、無理やり口に突っ込むのはやめてね」
「「はい」」
返事もハモるのは、やっぱり仲が良いからだということにしよう。
話しているうちに高雄亭の料理がこなれてきて、ようやく栄養学的な
二人の仲直りの後は、ようやくシェルスーツの組み上げだ。まずは、胸の部分のパーツを胴体に溶接する。
「二人とも、これを被ってね」
TIG溶接の閃光を防ぐマスクを二人に渡す。自分も被って、最後のパーツを溶接する。
「よし、出来た!」
早速、胴体部分を小型クレーンでつり上げ、腕や足を嵌めこんで行く。
「なんか、随分大きいのね」
タリアがつぶやいた。小柄なツトム用なのに、シェルスーツはタリアたちより頭一つ大きかった。
「足首をマスタースレイブにしたからね」
本来の足裏の下に、電動モータで支えられる足首を継ぎ足したためだ。これのおかげで、微細な重心制御が可能になり、地上でもシェルスーツが自力で立っていられるようになる。さらには、歩くことも可能なはずだった。完全に水中専用の、従来のシェルスーツとは大きく異なる部分だった。
「よし。自力で立たせてみるよ。”くもすけ”、頼むね」
「よっしゃ、任せとき!」
スマホから威勢の良い声が返る。同時に、つりさげられて揺れているだけだったシェルスーツが、すっと安定する。”くもすけ”が各部のモーターを微調整し、バランスを取っているのだ。
「よし、降ろしてみるね」
シェルスーツをつりさげていたワイヤーが緩められ、つま先が床に触れる。そのまま、踵まで床に接すると、クン、という作動音と共に、シェルスーツはしっかりと工房の床の上に直立した。
「やった!」
ツトムが叫ぶと、シェルスーツを制御する”くもすけ”が返した。
「万全やで、ツトム。良い出来や」
そして、工房の床を歩きまわる。あまり広くはない空間で迫力はないが、将来のエポックメーキングになりそうな場面だ。ツトムはそう考えた。
この凄さが、背後の女子二人にも伝わると良いんだろうけどねぇ……。
とりあえずは、今日のような全面戦争がなければ、良しとしよう。
* * *
シェルスーツの稼働テストが終わり、メイリンと分かれて自宅に戻った後。
ツトムが寝息を立てるベッドの下で、充電器を抱え込んだ”くもすけ”は、はたと気づいた。
「しもた。ツトムのクラスメートのこと、ナガトはんに相談するの忘れとったわ」
物忘れをするAIとは。
しばらく考えて結論を出す。
「いわゆる一つの、善は急げやな。こればっかりは」
充電器から起き上がって部屋のドアに向かい、伸び上がってノブを捻る。月明かりの廊下を、ナガトとサリアの寝室へと向かう。
「まさかと思うけど、お営みの最中やないよな?」
とりあえず、ノックをする前にウサ耳センサを全開にする”くもすけ”だった。
* * *
赤道直下ではあるが、標高約千メートルにある花弁都市の朝は涼しい。空は快晴で、すでに朝日が照りつけるところは暑くなっているが、日陰のところはエアコンが無くても二十度ほどだ。
「それでね、メイリンのボアちゃんがケージから出ちゃったものだから……」
タリアは家を出てからずっと喋っている。
ちなみに、ボアちゃんとはメイリンのペットの蛇の名前。タリアのお喋りは、ツトムにとってはおなじみの朝のBGMだ。
二人は今、中央エレベーターの前にいた。学校のある数十階下に降りるため、順番待ちをしていたところだ。
珍しいことに、二人がいつも使う側のエレベーターが故障していたので、コアタワーの反対側に来たのだった。おかげで、いつもより混んでいて列ができている。通学の他に、通勤中の大人も混ざっていた。
そのツトムの前に、一人の少年が割り込んできた。傍らには同年代の少女も。
「ちょっと、シャオウェン! 順番は守らないと」
ツトムが抗議すると、
「
小日本というのは小柄な日本人をバカにした蔑称らしい。そこだけ中国語で発音するのも嫌みのつもりなんだろうけど。
でも、シャオリーベンという響きは悪くないので、ツトムは別に腹が立たない。
「背丈も国籍も、ルールを守るには関係ないだろ」
と、普通の口調で返す。侮辱されても一向に気にしないところがさらに癪に障るのか、
「
シャオウェンの後ろにいた少女、妹の
そちらに目を向けていたツトムは、突然突き飛ばされて廊下を転がった。
「ツトム!」
タリアが駆け寄る。
「大丈夫、怪我はないよ。それよりメガネが」
転がった拍子に外れて飛んでしまった。
「あったわよ、はい」
タリアが見つけてくれた。早速かけてみて、スマホと連動するか確認する。
「なんや、えろう激しい動きやったな」
メガネの
「うん、大丈夫みたい。ありがとう」
タリアに向かって微笑む。
その間にエレベーターが着いて、並んでいた人の列が飲みこまれていく。シャオウェンとシャオミンの兄妹も。
「全く、あの二人ときたら」
タリアは怒りに燃えているが、ツトムは諦めの心境だ。この手は理屈じゃないので、言っても聞かないだろう。
「まだ間に合うし、次のを待とうよ、タリア」
二人は再度、列に並んだ。
何かと絡んで来るシャオウェンに対して、妹のシャオミンは冷めた感じだ。いつもツンと澄ましてあまりしゃべらない。クラスでも他の生徒全般に対して同じ態度だ。この点、兄のシャオウェンが何かと人の上に立とうとするのと対照的だ。
「しかし、なんでここまで嫌われるのかな」
つぶやくツトム。
ほぼ毎日、こんなことの繰り返しだ。一方的に悪意を向けられてばかり。
「昔、戦争で日本が酷いことをしたとか言ってたけど」
ツトムのぼやきにタリアが答える。
「南京大虐殺だっけ? でも、百年も前の話なんでしょ?」
ツトムはうなずく。
「そうだよ。おまけに、ネットで見ると作り話らしいし」
むしろ、中国人に乱暴狼藉をしたのは中国軍の方だというのが、色々な証拠から分かってきている。
「でも、それだけじゃない気がするんだよなぁ」
できるものなら、腹を割って話を聞きたいと思うツトムだった。政治や歴史には興味がないと言っても、個人的に絡んで来るなら別だ。
その時、メガネの蔓から”くもすけ”が囁いてきた。
「ツトム、そんことやけど、後でナガトはんと話すといいで」
……え、おじいちゃんと?
急な話で、ツトムが言葉に詰まっているうちに、エレベーターの扉が開いた。
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