第32話 オタクなお宅拝見?

前回のあらすじ

・母、遠方よりきたる。またせわしからずや。

・ビーチバレー大会。景品はツトム。

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 夜は家族勢ぞろいで会食。サリアの料理はマコも大満足だった。


 ツトムはタリアと二階に引き揚げる。マコは父ナガトと話があると言うので、まだリビングだ。


「じゃ、お休みタリア」

「おやすみなさい」

 タリアとドアの前で分かれ、自室のドアを開ける。いつものように”くもすけ”が充電器の上から起き上がった。


「ツトム、えろうキッツイ一日やったな」

 あーほんとにね。


「この上、母さんがここに来るんだからなぁ」

 ベッドの横の床に敷かれた寝具を見る。今朝、急いで発注したものだ。配達を受けとるため、”くもすけ”のボディはお留守番だった。


「一晩中、昔の話とかされたらたまんないな」


 最後に母と同じ部屋で寝たのは、いつだったろう? 父親との馴れ初めとか色々聞かされた記憶がある。


「あ、そうだ。寝る前に」

 スマホを取り出した。


「もしもし、シャオウェン?」

「ツトムか。どうした?」

「うん。そっちはどうかと思って」


 孫兄妹が自宅でどうしているか、気になってたのだ。


「俺も妹も大丈夫だ。まだしばらく、警官が警護してくれるらしい」

「荒らされた方は?」

「うん……壊されたものは、警察が全部片付けて、保管しておいてくれたよ。だから部屋はきれいさっぱりさ」


 その口調が気になって、聞いてみた。


「何か、大事なものとか?」

 しばらく沈黙があって、シャオウェンは答えた。

「……俺の茶器と、妹の手鏡。粉々だった」

「そうか……」


 自己紹介で持ってきた、大切にしているもの。それをわざわざ狙って壊したのだろう。


「まぁ、予想はしてたから。それより、今夜の夕飯はシャオミンの手料理だったよ」

「へぇ」

 ”のちるうす”に隠れている間に、キャビンの小さなキッチンで簡単な調理をしていたようだが。


「美味しかったよ。外で警護している警官にもふるまってた」

 シャオミン、良いお嫁さんになれるな。そう言おうとして、あまりに危険すぎる発言だと気づいた。


 彼女を泣かせたら、シャオウェンにコロされる。


「良かったね。じゃあ、もう遅いからこの辺で」

「ああ、また明日」

 通話を切る。


 ……あれ? そう言えば、明日の予定なんて考えて無かったな。


 その時、ドアがノックされた。ドアを開くと、マコだった。


「さあツトム、ママの胸で眠りましょう♡」

「母さんは床で寝て」

「ええ、そ、そんな……」

 床の寝具に突っ伏して泣くマコ。


 傍らの充電器にうずくまる”くもすけ”が声をかける。

「マコはん、おひさ。相変わらずでんな」

 顔を起こすマコ。

「あんたも変わらないわね、”くもすけ”」

 ”くもすけ”が上半身を反らして腕組みする。


「わてはこう見えて日々進化しとるんやで。ツトムに聞いてみなはれ」


 マコはツトムに目を向ける。

「そうなの?」


 ツトムはパジャマに着替えて、もうベッドに横になってた。

「うん。”くもすけ”はそのうち、人類に反逆して世界を支配するんだ」

「なにそれスカ〇ネット?」


 マコも化粧を落として着替え始めた。


 腕を組んだまま、”くもすけ”はつぶやく。


「それ、あんじょうエエんとちゃう?」

 本気かどうかは分からないが。


* * *


 翌朝。朝食が終わるや否や、ツトムは母に引っ張り出された。


「昨日のお友達の、お宅訪問しましょう!」


 ……勘弁して。


 ツトムは切実に思った。


「そんな、みんなの家にも都合ってものが――」

「もし都合悪かったら、すごすご引き上げましょ」

 先に連絡すれば引き上げる必要ものないのに、とにかく家に行ってみたいらしい。


「さあ行くわよ、タリア」

「え、私も?」

 タリアも強制連行となった。


「ほな、わても行くで」

 自分を指さし胸を張る”くもすけ”。


「スマホで一緒に行けるだろ?」

 そう言うツトムに反論する。


「わてのプリチーな見た目と、器用なこの手が役立つ時もあるんやで」

 疑わしそうなツトムだが、”くもすけ”のボディーを掴むとデイバッグに突っ込んだ。


 頭から突っ込まれ、しばらくもがいてバッグの口から顔を出す。

「こら、もうちょい優しく扱わんかい!」

 気にせず、ツトムはバッグを背負う。


「じゃあ、行くわよ!」

 マコは二人と一体を伴って、意気揚々と出かけた。


 最初は孫兄妹の家だ。昨日とは違い、連絡橋を渡って行く。その橋の上から下を眺めて、マコがつぶやいた。


「改めて眺めると、なかなか壮大な景色ねぇ」


 花弁都市の底部までは三百メートルほどもある。連絡橋は各階層ごとに三本ずつ、それぞれが百二十度の角度になるようかけられている。これが階層ごとに十五度ずつずらして設置されているので、上から見ると渦を巻いているように見える。


 確かに、壮観と言える眺めだった。


 橋を渡って、コアタワーの回廊状のエレベーターホールを回りこみ、別な連絡橋を渡る。すぐに孫兄妹の家だ。


 門のところには警官が二人立っていた。


「おはようございます」

 タリアが挨拶すると、二人とも微笑んでうなずいてくれた。孫兄妹の着替えなどを持ち出すため、彼女はサリアと何度かここに訪れていた。ツトムも事情聴取でこの警官とは面識がある。


 フローティアの警察署は人数が少ないのに、交替で警護してくれているのだ。


「こちらのご婦人は?」

 警官はタリアに聞いたのだが、マコは自ら名乗った。

「福島マコと申します。息子がお世話になってます」

「ああ、お母さんでしたか」


 そこでツトムが警官に話しかける。

「シャオウェンとシャオミン、家にいますか?」

 警官はうなずいた。


「さっき、妹さんの方が朝食の差し入れをしてくれたよ。会うのなら、取り次いであげよう」

 片方の警官が玄関に歩み寄り、インターホンに向って話しかけた。しばらくして、こちらに向かって言った。

「入ってくれ、だそうだ」


 ツトムたちが玄関に歩み寄るとシャオミンが中から開けてくれた。

「いらっしゃい、ツトム、タリア、マコさん」


「わてもおるで~!」

 バックパックから手を振って、”くもすけ”が訴える。


「はい、”くもすけ”さんも」

 にこやかに答えて、シャオミンは一同を屋内へいざなった。


「あら、意外と綺麗ね」

 マコが感心する。室内は、何日も留守にしたとは思えないほど清潔だった。


「半分は警察のおかげなんです。指紋とか採った後、掃除もしてくれました」

 シャオミンの説明に、なるほどな、と思うツトム。


「昨日帰ってきたら、足りないものが色々あって。お巡りさんに話したら、すぐに買ってきてくれたんです」

 ネット通販全盛の今でも、フローティアは流石に絶海の孤島だ。本土から取り寄せるより、島内にある商店の方が断然早い。


「よかったね、家に戻れて」

 リビングのソファに座り、シャオミンが出してくれた冷たいウーロン茶を飲む。冷たいお茶なら作り置きもできるわけだ。


 そこへ、二階から松葉杖を突きながらシャオウェンが降りてきた。


「大丈夫?」

 気になって立ち上がったツトムを、シャオウェンは手で制して座らせた。


「自分の家で客人に世話されたら、家長失格だろ」

 確かに、そうかもしれない。ツトムは腰をおろして見守った。


 シャオウェンは、なんとか自力でソファに腰を下ろした。


「痛みも落ち着いてきた。昨夜は痛み止めも要らなかったよ」

「それは良かったね」

 素直にそう思うツトムだった。銃で脅されるなんて非日常に比べると、日常的な平安がどんなに大事かわかる気がする。


 シャオウェンは目を細めると、静かに言った。

「俺と妹のお宝。壊されちゃったろ?」


 シャオウェンの茶器。シャオミンの手鏡。どちらも、祖父と祖母から受け継いだ、由緒ある品だった。


「それで良かったんだと、思うことにしたんだ」

「え?」

 意外な言葉に、聞き返すツトム。


「今、良い品を探しているんだ。見つかったら、それが俺と妹を起点にした、新たな孫家の伝統になるんだ」

「ああ、そうか」


 何十年も先。シャオウェンやシャオミンが子や孫にそれらを受け継がせるだろう。本当に大切なのは、受け継がれた物、それ自体ではない。「受け継いでいく」という、生き方そのものなのだ。


「だから、一番大事なのは『命』そのもの。受け継ぐ担い手の命こそが、何よりも尊い。そう、思うんだ」


「なるほど、シャオウェン君は、孫家の『中興の租』になりそうだねぇ」

 話を聞いていたマコが、腕組みしながらうなずく。


「で、シャオウェン君は、意中の人とかいないの?」


 あえて誰も聞かないことを、ストレートに聞くマコ母である。

 それを苦笑交じりにかわすシャオウェンも、中一とは思えない老成ぶりだ。


「俺の事なんて後回しですよ。妹のシャオミンの幸せが先です」

 兄の鑑である。後光が差して、頭上で天使が天界のラッパを吹き鳴らしかねない。


「というわけで、ツトム。よろしく頼む」

 向かい側のソファから拝み倒される。


「いや、そんな、アレがナニだし」

 もはや日本語になってないツトム。

 で、その横でニヨニヨしているマコ母である。


「そっかー、妹ちゃんはツトムにぞっこんなのねぇ」


 ちょうどお茶のお代わりを盆に乗せて持ってきたシャオミンが、バランスを崩して慌てる。


「まぁ、その通りなんで。よろしくな、ツトム」

 シャオウェンに釘を刺されてしまった。五寸釘より太くないですかこれ。百舌鳥もず速贄はやにえ状態のツトム。逃げられない。


 しばらくの歓待ののち、孫兄妹の家を辞してコアタワーへと連絡橋を渡る時。ツトムは精いっぱいの抗議を行った。


「母さん、あまり僕の死亡フラグ立てないでよ」

 余裕はほとんどない。妹が全てなシャオウェンからは、既に条件付き殺害予告すらもらっている。


「ふふん」

 それすらも、マコには鼻で笑い飛ばせるものらしい。


「本気で妹が心酔している相手をあやめようとしたら、自分が妹ちゃんにコロされちゃうわよ」


 それは確かにそうなんだろうけど……シャオウェンとの心中だけは、絶対に願い下げだと思う、ツトムであった。


* * *


 次の訪問先はソ・ジュヒの家だったが、こちらは空振りだった。


「日曜の朝から家族総出とはねぇ。レジャーでなければ、実はクリスチャン一家で教会に礼拝とか?」

 マコの話しで、ツトムは思いだした。


「そう言えば、韓国ってキリスト教がさかんだとかあったような……」

 うろ覚えだが、そんな発言をネットで見かけた気がする。


「ま、次に行ってみましょ」

 ここで諦めてくれていいのに。


 やれやれ、と首を振るツトムに、黙ってついていくタリア。

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