第33話 マコとまことの恋バナ?

前回のあらすじ

・孫兄妹の家に突撃。

・ツトム、死亡フラグ立てられまくる。

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 中央エレベータで地上へ。


 人工の大地ではあるが、中央タワー出口の広場は緑があふれていて、ちょっとした公園だ。ゴールデンウィークなので、あちこちに屋台が出ていて、ホットドッグなどが売られている。


「良い匂いね。そう言えば、そろそろお昼か」

 思ったよりも、孫兄妹のところに長居してしまったようだ。


 AIビークルの乗り場まで行く間に、マコは空腹を訴え出した。

「お腹すいたお腹。ご飯にしましょ」

「うん、何にする?」

 ツトムは母に答えると、タリアを振り返った。


「タリアはどう? 食べたいものある?」

「……うん、何でもいい」

 タリアの返事に、ツトムは彼女がずっと静かだったのを思い出した。


「どうしたの? 具合悪い?」

 ツトムの言葉に、タリアは微笑んで首を振った。

「大丈夫よ。ちょっと考えごとしてただけ」


 そんな二人にお構いなく、マコはAIビークルのドアを開けて言った。

「ほらほら、乗った乗った」


 自分が先に乗って、強引にツトムを引っ張り込む。当然、タリアは後部座席で一人だ。

 ツトムはタリアの様子が気になってたので、母に抗議する。


「ちょっと母さん! タリアと話してたのに!」

「ご飯食べながらでも話せるでしょ? ほれ、どこにするの?」

 行き先はこっちに振るのか。少々あきれながらも、ツトムは答えた。


「メイリンの家に行くのなら、高雄亭でしょ」

 高雄亭の裏がメイリンの家だ。


 しかし、どうもこっちへ来てから、外で食べるのは中華ばかりだ。大好物だから良いけど、そのうち他も探してみないと。


「よし、出発進行!」

 マコがAIに命じた。


 ……なんでこんなにハイテンション何だろう?


 訝しく思いつつ、後部座席のタリアが気になるツトムだった。


* * *


 昼時の高雄亭は満席だった。しかし、看板娘のメイリンはいない。


「そうだ、連休中はビーチで屋台出してるんだっけ」

 昨日、その屋台の焼きそばを食べたばかりだ。


 ――しかし、直後に勃発したビーチボール大会の衝撃で、その記憶はツトムの脳裏からは洗い流されていたのだった。


「じゃ、ビーチへ行きましょ」

 言うが早いか、マコはまわれ右して二人の背を押しながら店から出た。


 ……こういう性格って、「直情径行」って言うんだっけ? 漢字書けないけど。


 ビーチは店から歩いて五分もかからない。昨日と同じ場所に、”高雄亭”と書かれたテントがあり、汗だくのクリスが鉄板で焼きそばを作っていた。その前には長蛇の列が伸びている。


「やあ、クリス。忙しそうだね」

 ツトムが声をかけると、いつもの白い歯でクリスは答えた。


「大盛況だよ。おかげでキリキリ舞いさ」

 昨日も食べたが、少し遅かったので具が無くなっていた。しかし、今日はまだ残っているようだった。


「悪いけど、注文は列に並んでもらわないと」

 それは仕方ない。列の後ろに行く前に、ツトムは聞いた。


「メイリンは?」

「テントの方だよ」

 首を伸ばしてみてみると、テントの下は飲食スペースになっているらしい。


 テーブルとベンチが並んでいて、買った焼きそばを食べながらビールやジュースを飲む親子連れが何組もいた。そのテーブルの間を、メイリンが忙しく立ち回っている。


「あら、あっちは涼しそうね。じゃ、ツトム三人前お願いね」

「え、母さん?」

 ツトムの返事も待たず、マコはタリアの手を引いてテントの下へと連行していった。ちょうど、ひと組の家族が食事を終えて立ち上がったところだった。


 タリアは何度もツトムの方を振り返っていた。まるでドナドナだ。

 諦めて列の最後尾に並ぶと、”くもすけ”が。

「さすがに暑いのう。バッグの中は熱がこもるよってに、外に出たいんじゃが」

 デイバッグを降ろし、”くもすけ”を出してやる。


「関節に砂が入るから、家に帰ったら分解掃除だね」

「お手柔らかに頼むで」

 以前、ナリア達とスイカ割りをした後は大変だった。


「でも、帰ったらきっと、ナリアが放してくれないなぁ」

 朝食後、サリアは片付けがあったので、ナリアは一緒に来れなかったのだ。もう少し大きくなって、母親がいなくても平気となったら、どこにでもついていくと言って聞かないだろう。


 ツトムが列に並んでいる間のこと。

 マコはテーブルに着いてメイリンに手を振っていた。

「メイリンちゃん、注文おねがーい!」

「はーい。あ、マコさんにタリア!」


 メイリンはいつもの店の制服ではなく、ビキニの水着にフリルのエプロンという、狙い過ぎだろうという格好だった。中学生にしては充実したボディーラインなので、なかなかの破壊力だ。


「ツトム、一緒じゃないの?」

 テーブルにお冷を置くメイリンに聞かれて、タリアは鉄板の前に並ぶ列を指差した。


「あの一番後ろの方よ」

 あの様子では、まだ結構かかりそうだった。


「えへへ、今日はもう、ビール行っちゃお♡」

 マコは飲み物のメニューを受けとり、注文する。真昼間からイケナイ大人である。


「タリアちゃん、何飲む?」

「あたしは……お水でいいです」

 お冷の入ったコップを手にする。


「タリア、そう言わず売り上げに貢献してよ」

 そう言ったところで、メイリンは親友の様子に気がついた。


「どうかしたの?」

 問われて、タリアは首を振った。


「何でもないわ。そうね、じゃあオレンジジュース二つ。ツトムも飲むと思うから」

「まいどあり~」

 明るく答えて、メイリンは奥のクーラーボックスの方へ行った。


「さてさて、タリアちゃん。お姉ちゃんが恋の悩みを聞いてあげよう」

 マコは楽しそうだ。


「そんな、悩みなんてものじゃ……」

「いいから、ほれほれ」

 渋るタリアをせかす。


 そこへ、メイリンが飲みものを持ってやってきた。


「はい、缶ビールとオレンジジュース、お待ちどうさま!」

「ビール、キター!」

 プシュッとプルトップを開け、ごくごくと。

「ぷはー、夏はやっぱコレだねぇ」

 タン、と缶をテーブルに置くと、マコはタリアへと身を乗り出した。


「で、どうよ恋の行方は?」

 やはりそこに戻るようだ。


「……あの、もしかして良いですか?」

 タリアは意を決したかのように、マコに切り出した。

「なにかなー?」

 屈託のないマコに、タリアの方からも身を乗り出した。


「相談に乗ってくれるなら、応援してもらえますか?」

 交換条件だ。マコは「にま~」と笑みを漏らした。


「そりゃもう。大事な妹ちゃんだしね」

 なんだか、無条件に信用してはならない気がする。タリアの警戒心が呼び覚まされた。ツトムの母親で、自分にとっては義理とはいえ姉。でも、このひとはいつも、一番面白いことに乗っかりそうな気がする。


 それでも、タリアは賭けてみることにした。


「あたし……ツトムのこと、好きでいていいのでしょうか?」

「ほへ?」

 マコの間の抜けた声が返る。


「恋をするのに、資格なんてないわよ?」

 ビールを一口飲むと、少しまともな返事となった。


 それでも、タリアは納得してない。

「でもあたし、シャオミンやジュヒみたいな美人じゃないし、メイリンみたいに……その、色気ないし」


 歳の離れた妹の言葉に、マコはニッと笑った。

「うちの息子にとって、そういうの意味あると思う?」

「……今のところは、なさそうですけど」

 タリアはそれでも、納得できないらしい。


「でも、シャオミンなんてツトムに命を救われてるんです。あたしなんて、たまたま身内で、そばにいるだけで……」

「つまり、シャオミンには勝てないと」

 マコに言われて、ぐっと詰まるタリア。それでも振り絞るように、言葉を紡ぐ。


「だって、お兄さんのシャオウェンと折角仲良くなれたのに。それでツトムはあんなに喜んでるのに」

 うつむく頬を涙が伝った。


 マコは、その肩に手を置いた。

「あんたは良い子だよ。うちの子が惚れなかったら、ひっぱたいてやる」


 そして、顎に手を当てて上を向かせた。

「でもね、あんたの心配するようなことで壊れる友情なんて、何の価値もないよ」


 タリアは目を見開いた。


「あの兄ちゃんは確かに、妹ちゃんを心底大事にしているよ。兄の鑑だよね。でも、誰を好きになるかなんて、本人以外の誰も責任取れない物なのよ。本人ですら怪しいわ。本来、恋ってのはそういうもの。誰の指図も受けないものなの」

 マコは背筋を伸ばし、両手を広げた。


「だから、その恋が成就するかどうかも、当人ふたり次第なのよ。周りがどれだけ邪魔しようと、駆け落ちしちゃえば済むことなんだから!」

 タリアはマコの言葉に息をのんだ。


「ひょっとして、マコさんと旦那さんって……」

「ん? ああ、単なる偶然の出会いよ」

 そのギャップに足っぱらいをくらい、タリアはテーブルに突っ伏した。


「昔、不幸な事件があってね。彼と私の……まぁ、共通の友人が、亡くなってしまったの。それがきっかけで、色々あって」

「……はぁ」

 突っ伏したタリアに、マコは意外なことを語った。


「でもねぇ、そこからだったのよ。難攻不落の城を攻め落とす戦いは」

 ビールを飲み干すと、缶をクシャリと潰してマコは続けた。


「当時のセイジはね。今のツトム以上に、女性に興味ない、研究こそ命の人だったの」

 酔っ払いとは思えない済みきった笑みを、タリアに向ける。


「そんな彼に、なんでここまで惚れちゃったのかなぁ。でもね、その時思ったの。惚れちゃえば勝ちだって」

 遠い目で語り続ける。


「当時の私は、駆け出し中のエンジニアで、仕事は遅いわヘマはするわで、デートの約束しては行けなくてメッセでゴメンナサイしてたわ。愛想を尽かされても仕方なかったの」

 やおらポーチの口を開いてまさぐると、スマホを取り出した。


「でもね、そのメッセに、彼はいちいち返事をくれたの。お仕事大変だね、とか」

 タリアに見せた画面には、いくらスクロールしても終わらないやり取りが記されていた。


「不完全な自分をさらけ出すのも、距離を縮めることになるのよね」

 なんとなく、説得力のある言葉だった。


 マコは言葉を継いだ。


「なんちゅうかねぇ……あの子はこの先も苦労すると思うのよ。だったら、いつもそばにいてくれて支えてくれる女の子って、それだけでポイント高いと思うのよねぇ……」

 そのまま黙りこむマコ。その続きを聞こうと待っていたタリアだが。


「ふぅー、やっと買えたよ、焼きそば。……あれ、母さん寝てるし」

 焼きそばのパックを三つ持ったツトムが、母親を見下ろして見下している。


「あ……ツトム、ご苦労様」

 ねぎらうタリアに苦笑いするツトム。


「ひょっとして、絡まれた?」

 テーブルのビールの缶を指差す。

「あ……いえ、絡まれたわけじゃなくて」

 酔っていても、マコの話はそれなりに有意義だった……と、思いたい。


「まぁいいや。焼きそば、熱いうちに食べちゃおう」

 言うなり、ツトムは袋の青のりをかけてモリモリと食べだした。


 そんな彼を見ていて、タリアは自分の悩みが取るに足りないもののように思えてきた。


「そうね、食べちゃいましょう」

 形のない不安なんて、食べてしまえばいいのだ。


 ちなみに、マコの分の焼きそばは、あとでスタッフ(ナリア)が美味しく頂きました。

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