第31話 マコ襲来?(後編)

前回のあらすじ

・ご旅行は計画的に。

・ツトム、母にギャフンと言わせる。

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 車中でツトムは母に尋ねた。


「母さんって、このフローティアの建設に加わってたんだよね?」

「そうよ。もっとも、あんたも小さかったしセイジさんもいたから、本社で端末に向かって図面引いては強度計算とかばっかりだけどね」


 夫と息子に囲まれていたあの頃。少し遠い目のマコだった。


「ここに来たの初めてだって? やっぱり、建設中も来たかった?」

「そりゃ勿論。まぁ、エンジニアの中には、設計図引いたらあとは知らない、て人もいるけど。やっぱり、出来上がりを生で見たいものじゃないの、普通は」


 それは凄くよくわかる。何より、実際に作ってみると図面やCGだけでは分からない点も沢山出てくるのだ。特に素材の手触りなど。金属でも、表面処理次第で大きく変わる。

 ツトムは、学者肌な父から探究心を、エンジニアの母から現場主義を受け継いでいるようだ。


 眼前に、天空に向かって広がる中央タワーがそびえる。


「まるで、大空を抱きしめようと、全身を一杯に伸ばしているみたいでしょ。ああ、イメージ通りだわ!」

 目を見開きながら、滂沱ぼうだの涙を流す。


 ……ああ、マスカラが激流に流されていく……大災害だ。復興が大変だな。


「でもホント、よくこんなの作れたよね」

 皮肉でも何でもない、ツトムの素直な気持ちだ。


 海の上に、地上にあるより高い塔を建てるなんて。こんな大胆な企画を立てた人たちって凄い。ツトムが産まれる少し前に始まった計画だったらしいが、始めたその人らも、きっと今は誇らしい気持ちでいっぱいだろう。


 空の全てを中央タワーの花弁が覆い尽くすと、AIビークルは中央エレベーターホールのそばで停車した。


「母さん、ほら、鏡」

 降りようとする母に、ツトムは両目の下の黒い濁流の事を教えた。慌てて災害復旧に努めるマコ。


 一同は、同じエレベーターに乗った。先にジュヒが降り、そして最上階でツトムと家族、孫兄妹が降りた。孫兄妹は、あの襲撃以来初めての帰宅だ。


「大丈夫? シャオミン」

 二人の家は、あの襲撃で酷く荒らされたと聞いているので、ツトムは気になった。


「ええ、兄が一緒ですし」

 その兄、シャオウェンは松葉杖ではあるが。


「心配ないよ。警備もいるから」

 シャオウェンも微笑んで見せる。


 連絡橋を渡ると、孫姉妹の自宅は目の前だった。そのためにわざわざ、こちら側のエレベーターに乗ったのだから当然だが。


 手を振る二人を後に、花弁都市内壁の回廊を半周する。


「素敵すぎる……CGで見た通りなのに、まるで違う!」

 マコがオーバーヒートだった。


「見た通りで違うって?」

 ツトムの疑問に、倍返し的にマコが答える。

「見た通りなのは構造。でも、見た目は想像以上よ。この花とか」

 家々の玄関先に咲き乱れる花々を指差す。


「水耕栽培でこれを、て言ったら、上司に散々バカにされたわ。でも、違うでしょ?」

 タリアがうなずいた。


「毎朝、玄関出る時の楽しみです。たまに摘んで髪に飾ると、ツトムも喜んでくれます」

「ほほー、やるじゃんツトム」


 ……やめてよ、そのドヤ顔は。


* * *


 そのしばらく後。


 ビーチの高雄亭屋台は大盛況で、一同は過酷な競争に勝ち抜いて、栄光の「具なし焼きそば」をゲットした。それをむさぼりつくした後で、次なる戦いに身を躍らせるのであった。


「なんなの、この展開……」


 遠くのビーチパラソルの下で、一人涼んでいるシャオウェンが羨ましい。


 ツトムはと言うと、海パンなのに泳ぎにも行けず、なぜか肩からケープ、頭にはナリアが折り紙で作った王冠を被せられ、さらには首から「景品」と書かれた札を下げて、背の高い椅子に座らせられている。

 その眼前にはネットが張られ、その左右に女性陣が二組に分かれて対峙していた。


「では、第一回福島ツトム杯、ビーチバレー大会を始める」


 向かい側に立つナガトが、ツトムの意思を度外視して宣言する。向かって右にはマコ、サリア、タリア。左にはメイリン、ジュヒ、シャオミン。


 ちなみに、マコはショッキングピンクのビキニだった。彼女の辞書に「歳相応」なんて言葉はない。


 そして、ナリアはツトムに肩車してもらっている。


「では、主審のナリア嬢、試合開始の笛を!」

 父ナガトに促されて、ナリアは思いっきり笛を吹いた。


 先攻は右軍。マコのサーブで始まった。メイリンのレシーブでジュヒがトスしシャオミンのスパイク!


 すかさずサリアがスライディング・レシーブし、マコがトスしてタリアが……届かない。


「マコさん、トスをもう少し――」

「ダメよ!」

 いきなり否定されて、タリアは驚いた。


「いい、私はツトムの母親。息子の嫁には、少しでも強い血の方が望ましいわ。私の好みとして」

 したり顔のマコ。わざわざ腕組みして言うか?


「だから、あなたは私のトスを受け止める義務があるの。さぁ、あなたの力を私に見せつけなさい!」

 指さして豪語。


 ツトムは両手で顔を覆った。


 ……うちの家系って、そこまで厨二病なの?


 ツトムの苦悩などものともせず、タリアはうなずくと次のトスに備えた。

 再び、ビーチボールが打ちあがる。今度はタイミングを合わせ、タリアのスパイクが決まる。


 ぴぴー!

 笛を吹いたナリアが肩の上でキャッキャと暴れる。


「ちょっ! ナリア、そんなに動かないで! 僕が持たないよ!」

 ツトムの声に、一同、微妙な雰囲気……。


 それを払しょくするようにマコが叫ぶ。


「行くわよ!」

「オー!」

 気を取り直した一同は、さらに激戦を繰り広げるのであった。


* * *


「はーい、ツトムちゃん。ママの胸においで~♡」

 両手を広げて駆け寄り、思いっきりツトムをハグする。


「しかしこの宇宙に、これほど不毛な抱擁があるでしょうか?(いや、ない:反語)」

 虚空の誰かに向かって、ナレーションするツトム。


 ……見ないふりしないでよ、お父さん。


 試合のMVPが、今夜ツトムを好きにしていい、という取り決めだったらしい。ツトムの預かり知らぬところで、貞操の危機だった。

 ちなみに、サリアはナガトの横で、おねむになったナリアを抱いている。駿河家は安泰だ。


 戦いに敗れた女性陣、メイリン、ジュヒ、シャオミンに加えてタリアまでが、あちらで「ぐぬぬ」している。しかし、反省会もそこそこに、メイリンはクリスが孤軍奮闘している屋台へと救援に向かった。


「長蛇の列が……蛇だし……」

 もはや、意味不明なつぶやきのメイリンだった。


 いつの間にか背後に来たシャオウェンが、恐ろしいことをぼそりとツトムに告げる。

「とりあえず、妹を泣かせたらコロス」


「わっ、そ、そんなことするわけないじゃないか!」

 抗弁するツトムだが、ツトムの想定外のところで何が起こるかまでは分からない。


「ツトムさん……」

 聞きつけたシャオミンが、早速赤くなってもじもじする。

 その向こうではタリアが。


 ……お願い。メイリンいないんだから、一人で虎を出さないで!


「太平洋って、平和な海って意味じゃなかったの?」


 人生の理不尽が海を越えてやってきた、ゴールデンウィークの初日だった。

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