第二章 疾風怒濤の黄金週間

第30話 マコ襲来?(前編)

前回のあらすじ

・タリアの父の物語。

・”くもすけ”なにか見つける。

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 四月が終わろうとする金曜日の夜。そろそろ寝ようとベッドに入ったところに、ツトムのスマホが鳴った。


「こんな夜に誰が……って、母さん?」

 ツトムの母、マコだった。


「ハロー、ツトム。元気してる?」

 相変わらずの強引愚昧上意ゴーイングマイウエイだ。


「おかけになった電話は、電波の届かないところにあるか、電源が入ってないか、利用者が寝るところです。悪しからず」

 ポチッとな。


 すると、すぐにまた鳴りだす。

「ツトムちゃ~ん、怒らないでぇ。電話しなかったママを許して」

「いえ、怒ってません。もう夜も遅いから、良い子の僕は寝るんです」

 再度、ポチッとな。


 三たび、すかさず鳴りだす。

「ゴメン。ほんとゴメン。だから切らないで。一生のお願い」

「うん。手短にね。マジ眠いんだから」

 限りなく平板な声で答える。


「はいはい。あのね、そっち行くから」

「へ?」


 ……いま、なんておっしゃいました?


「人並みに、ゴールデンウィークに休みが取れたのよ。ええと、そっちの土曜の昼に着くから。それじゃね」


 言うだけ言って、通話は切れた。

 ツトムも切れた。


「まったくもう! なんで直前なの? ご旅行は計画的に!」


 明日の昼に着くのに、朝になってから伝えたのでは遅いだろう。眠い目をこすりながら、ツトムはベッドから出て、祖父の部屋のドアを叩くのだった。


 返事はすぐにあったのだけど、なぜかしばらく待たされたツトムであった。

 眠かったし、思春期前なので、その理由はさっぱりなのである。


* * *


 フローティアは法律上、船舶という扱いになっている。


 海に浮いて、海流に乗ってゆっくりとだが移動しているからだ。そして、その船籍は日本だから、当然、法律や公的な制度は日本のものが適用される。

 休日・祝日も法律で規定されているため、当然、日本国内と同じとなる。ただ、中華系で旧正月を、イスラム系でラマダンを祝うなどは自由だ。公立学校や役場などが休みにならないだけ。


 そんなわけで、本土から数千キロ離れた赤道直下ではあるが、ゴールデンウィークは本土と同じとなる。


 ……もっとも、海流に乗った回遊コースで東西に移動するため、日の出や日没の時刻は周期的に変化する。そのため、赤道直下の常夏の島でありながら、疑似的な季節変化があったりするのだが。


 そんなこんなで、フローティアがゴールデンウィークに突入する土曜日の正午。

 ツトムの母、福島マコは地面効果水上機”はまつばめ”から、フローティア第一埠頭に降り立った。


「いやー、さすがに暑いわねぇ」


 サングラスとつばの広い麦わら帽に白のタンクトップ、肩から二の腕までを覆う黒いショール、ボトムスは黒いスラックス。UV対策はバッチリである。


 夏なのに黒っぽいのは、今の赴任先がエジプトのカイロであるためだ。イスラム圏で女性が肌を見せるのは禁物なので、肩で泊めているショールを頭から被って垂らせば、遠目にはイスラム女性が被るヒジャブに見えなくもない。


 カイロも殺人的な酷暑だが、乾燥した中東と湿度の高い太平洋上ではまた違う。

 ちなみに、自ら建設に関わったとはいえ、マコが実際にフローティアを訪れるのは、実は今回が始めてだったりする。


「マコか。よく来たな」

 港湾事務所の出口で、父親のナガトが出迎えた。

「お父さん、なんか若返ってない?」


 白いポロシャツにハーフパンツと、シンプルな服装に姿勢も良く、とても六十代には見えない。


「あ~、こちらが若さの秘訣ね」

 その傍らに立つサリアを見て納得する。ナガトもサリアも再婚だったので、式などは省略した。そのため、マコは初対面だったりする。メールで連絡を受けただけだ。


「実の娘より若い奥さんもらったらねぇ」

 マコの言葉に、サリアは静かにほほ笑んでお辞儀をした。


「……暑いだろう。事務所が近いから、涼んでから行こう」

 紹介などは省いて、仕事場の方へと娘をいざなう。


「ところで、うちの息子ちゃんは?」

 マコの問いに、ナガトは前方を指差す。


「向こうで待ってるよ」

 スルガ海洋研究所。


 事務所のドアを開くと、ナリアが飛び出してきた。

「パパ~おかえり~」

 ナガトが抱き上げる。


「で、この子が下の妹かぁ……」

 複雑な気持ちのマコ。


「はじめまして、マコさん」

 部屋の奥に敷かれたラグから立ち上がって、タリアが挨拶する。


「タリアちゃんね。上の妹ってわけね。よろしく」


 部屋の中を見回す。ラグの上には玩具が散らばっていた。タリアがナリアの面倒を見ていたのだろう。


 だが、ツトムの姿はない。


「それで、うちのラブリーな息子ちゃんは?」


 タリアが答えた。

「ドックにいます。こっちです」


 奥のドアを抜け、ドックへと向かう。

「へぇ~、なかなか凄いじゃないの」


 ドックの水面に浮かぶ”のちるうす”と、その整備のための施設などを見て感嘆する。この辺は、分野は違えどエンジニアの琴線に触れるらしい。


 さらに、そこにはツトムの友人たちが勢ぞろいしていた。松葉杖を突いたシャオウェンもいる。彼らに声をかけようとしたその時。


 すぐ傍らでモーターの作動音がした。


「え? ななにこれ!」

 マコが思わず声を上げる。見上げるような金属製の巨体が立っていたのだ。


 ズシン。重々しい足音と共に、マコの方へ一歩踏み出す。

「ひ、こ、来ないで!」


 ずんずんと壁際まで追い詰められる。さらに、金属製の両腕がマコの体を掴み、抱えあげた。


「キャー!」


 悲鳴を上げるその声に、巨体の胸元にあるスピーカーからの声が被さる。


「久しぶりだね、母さん」

 目を上げると、半球形の透明なガラスの向こうに、息子の顔があった。


「ツ、ツトム? なんなのこれは!」

「僕が作ったシェルスーツだよ。びっくりした?」

 あまりの事に、マコはコクコクとうなずくことしかできない。


「じゃ、降ろすね。そのまま腰抜かさないでよ」


 金属の両腕がマコを床にそっと降ろす。

 そのまま二、三歩下がると、足首から支持脚アウトリガーが四方に展開された。そしてスーツの胴体が腰のところで分割され、上半身が背部のジャッキで持ち上がる。

 ツトムは中から出てくると、スーツ下半身の外部に付けたステップを足がかりに、床に降り立った。腰の部分のパネルを操作すると、上半身が降りてきて下半身と接合。


「ツトム、この鉄人アイアンマン、あんたが作ったの?」

 驚きつつ呆れるマコ。


「作ったのは僕だけど、それ言うならMg合金製だからマグネシウムマンだよ」

「なにそれ? ミネラル飲料か何かのCMキャラ?」

 なぜか昭和のペプ〇マンを連想しながら、マコもスーツのボディーに触れてみる。


「しかしまぁ、遊びで作るオモチャにしては豪勢ね」

 そんなマコの感想に、思わぬところから異論が上がった。


「違いますお母さん。ツトムのシェルスーツはオモチャじゃありません!」

 力説するシャオミン。戸惑うマコ。

「えーと、あなたのお名前は?」


「ああ、僕からみんなを紹介するよ。立ち話じゃシャオウェンが辛いだろうから、事務所に行こう」

 一同、ぞろぞろと事務所へ。


 ツトムが友人たちを紹介し、一通り終わるとメイリンが両手を合わせた。


「ゴメンねツトム! 休み中はビーチで焼きそばの屋台を出すの。食べに来てね!」

 それだけ言って、彼女は名残惜しそうなクリスの首根っこを掴んで店に戻った。ちなみに、身長差がどうのと突っ込んだら負けだ。


「……あの、それでさっきの続きなんですけど」

 シャオミンがマコに向かって訴えた。


「私と兄は、ツトムの機転と、このスーツに命を救われたんです」

 先日の顛末をマコに話す。


「へー、そんなことがあったの。ネットにも全然出てなかったわ」

「事を荒立てるわけにいかなかったんでな。この二人の安全のためにも」

 と、ナガト。


「まぁ、その連中もフローティアからいなくなったことはほぼ間違いないからな。今日で君ら兄妹も家へ帰れるぞ」

 ナガトの言葉に、孫兄妹は顔を見合わせて微笑んだ。


「しかし、ツトムの友達をこんなに見るの初めて」

 マコが感慨深げだ。


「あれは四年生の時だったかしら。誕生日会やるかって聞いたら、どうせ誰も来ないって。星飛雄馬かと突っ込みたかったわ」

 ツトムは顔をしかめて返した。

「やめてよ、黒歴史ばらすの」


 タリアがツトムに聞く。

「”ほしひゅうま”って、誰?」

「……よく知らないけど、どうせ昔の漫画の主人公でしょ」


 ……メイリンがいれば、嬉々として蘊蓄うんちく語りだすんだろうなぁ。


 と思ったら、静かだった”くもすけ”が割り込んで来た。

「マコはんがゆうとったのはこれやな」


 メガネの隅に動画サイトが表示され、随分と古い絵柄のアニメが再生された。誕生日パーティーの会場で、男の子が誰も座ってないテーブルをひっくり返して号泣してる。これはキツイな。


 ふと気がつくと、マコが暴走してツトムの黒歴史暴露大会になりそうな雲行き。

 慌てて提案する。


「そうだ。今日はこの後、みんなでビーチに行ってみない? 高雄亭が屋台だしてるらしいし」

 なんだか、焼きそばが無性に食べたくなった。うん、そうなんだ。


「海、行く!」

 ナリアがはしゃいだ。


「そうね、折角だから新しい水着おろしましょう」

 サリアもニコニコ。


「素敵です、ツトム兄さん。わたし、新しい水着取ってきます!」

 ジュヒがやたら乗り気だ。


 が、その上がいた。


 マコが目をウルウルさせて感極まってる。


「ツトムがリア充! なんとツトムがリア充!」

「連呼しないでよ」


 が、ツトムの抗議など聞いてはいない。


「こうなったら母親としては、ひと肌もふた肌も脱ぐわよ。脱いで脱いで脱ぎまくっちゃう!」

「逮捕されるからやめてよ」


 頭痛がしてくる。もしかして、サリアに張りあってる?


 ナガトが声を上げた。

「よし、じゃあ一旦解散にして、みんな着替えてからビーチに集合だ」


 解散とは言っても、みんな自宅は花弁都市なので、AIビークルに乗り合わせて向かうことになった。ツトムと母マコは二人乗りに。ナガト、サリア、タリア、ナリアは四人乗りに。孫兄妹とジュヒは別の四人乗りに。

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