第42話 女難? 男難? イルカ難?
前回のあらすじ
・明るく楽しい海中散歩(ホントだよ?)
・四大怪獣海中決戦
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その日は一本潜っただけで日没となり、部屋着に着替えてお泊まりモードへと突入。
キャビンの小さなキッチンをフル回転させて、マコが料理を作っていた。
食事の用意は全員が当番で行うことになっている。こんな時、女子が多いとありがたい。調理部のタリアに中華のメイリンは鉄板だし、ジュヒも母親から色々仕込まれているらしい。唐辛子の量には注意が必要だが。
箱入り娘のシャオミンも、今では兄の分の食事まで用意しているという。
ツトムも、マコが短期の出張で良く家を開けていたので、簡単なものならなんとかなる。ナガトも海自で色々、実戦ならぬ実践を積んでいたようだ。
問題はシャオウェンだ。包丁どころか、フライパンすら触ったことがないと言う。
「担当は朝食だから、トースト焼いてゆで卵で十分だよ」
ツトムのアドバイスに、笑顔で答える。
「そうだな。ゆで卵なら、そのまま電子レンジで作れるし」
……ちょっと待った。
「シャオウェン、卵をそのまま電子レンジで加熱したら、爆発するよ」
海中でチャイナボカンはシャレにならない。主に掃除とかの意味で。
「そうか。じゃ、卵を割って器に入れて」
「それ、ゆで卵じゃないし」
心配なので、明日の朝は一緒に作ることにした。
* * *
夜。ツトムとシャオウェンとナガトは操縦室、マコ以下女子組はキャビンに分かれ、就寝。
正副の操縦席はリクライニングできるので、結構足を延ばして寝られた。おかげで背もたれのリュックは床の上に降りていたので、”くもすけ”が這い出すのは楽だった。
そのまま、中央の長椅子に寝ているシャオウェンを起こさぬよう、正操縦席まで歩いていく。
「ナガトはん、ちとええかの?」
ツトムたちに背を向けて横になっていたいたナガトは、目の前のウサ耳センサの下のカメラアイを覗きこんだ。
「ここでかな? 場所を移すか?」
「できたらその方がええかの」
ナガトは座席から起き上がり、キャビンへのハッチをそっと開いた。引きだした寝台には女子の四人が、真ん中の床ではラグの上にマコが寝ていた。
マコを踏まないようにナガトは注意して後部へと向かったが、うっかり髪の毛の端をちょっとだけ踏んでしまった。
「ふがっ?」
乙女とは思えない声だが、ナガトはそっと答えた。
「すまんなマコ、トイレだ」
”のちるうす”では、潜水作業室の一角がトイレになっている。
「むにゃむにゃ」
そのまま夢の国へ戻るマコに、”くもすけ”が囁く。
「すんまへんの、わてもトイレや」
AIは専門外なので、あえて突っ込まないナガトだった。
潜水作業室に入りハッチを閉じると、ナガトは”くもすけ”の視線を合わせるため、その場にどっかりと腰を下ろした。
「さて、聞かせてもらおうか」
「すんまへんなぁ」
ナガトの前に”くもすけ”はうずくまった。
「話っちゅうのは他でもない、ツトムのことや」
「まぁ、それ以外はないだろうな、君の場合」
ツトムの父セイジが作ったAIだ。
「この前、マコはんと話して気づいたんや。わてのアーキテクチャの根幹には、最優先の評価関数がありよる」
”くもすけ”は、自分の胸のあたりを指し示した。
「言ってみれば絶対的な価値観、セントラルドグマや。せやからわては、ツトムを生かすためなら、ためらわずに世界を滅ぼせる……まぁ、手段は別としてやけどな」
「さらりととんでもないことを言うAIだな」
ナガトの正直な感想だ。
「せやろ? わてもこれはおかしいんちゃう、と思うんや。ツトムを助けるために、あんさんやマコはんやツトムの友達を皆殺しにしたら、ツトムがどれだけ苦しむか。ツトムならむしろ、自分を殺せと言うやろ。わてにもそれは分かる。でも、わては他の選択肢が選べんのや。何億回、シミュレートしても」
ある意味、AIにとっての呪いとも言えるかもしれない。
「わては、ツトムにとっての怪物にだけは、なりとうない」
うつむく”くもすけ”。
「せやから」
ナガトの目にカメラアイを剥けて、訴える。
「ナガトはん。あんさんは、マコはんと並んで、ツトムが一番信頼している大人や。先日の孫兄妹の件でも、色々助けてくれたやろ。せやから、あんさんを信頼してこれを預けとくやさかい」
ナガトの胸ポケットから、スマホの着信音がした。
「わてがツトムに、死ぬより辛い未来しか残せんようなったら、それを使いなはれ」
ナガトはスマホの画面に表示されたものを見て、”くもすけ”に聞いた。
「これを使ったら、君はどうなる?」
”くもすけ”はウサ耳センサを何度かひらひらさせた後、答えた。
「世界中のクラウドサーバにあるわてのプロセスが、全部凍結されよる。解凍と再起動には、ツトムの肉声によるコマンド入力しかあらへん」
「そのコマンドは?」
”くもすけ”は肩をすくめて見せた。
「それは特記事項や。ツトムならすぐにわかるやろうけどな」
停めるのはナガトの意思。再起動するのはツトムの意思。
なるほど、旨く考えている。
「分かった。その大任、引き受けよう」
ナガトは確約した。
「しかし、そんな自体が本当に起こるのか?」
ツトムと全世界が天秤にかけられるような事態だ。普通に考えれば、あり得ない。
「そう思うやろ?」
”くもすけ”はためらった上で、それでも話した。
「ここ数日で見聞きしたことから、そんな予測が出てきてしもうたんや」
海中の怪獣が誕生した瞬間だった。
* * *
翌朝、ツトムは忙しかった。
「ちょ、シャオウェン。パンを焼くのはオーブントースターだよ」
「そうなのか?」
食パンのかわりに、生卵を丸ごとフライパンの上に置く。
「ゆで卵は卵の丸焼きじゃないよ。鍋に水を入れて沸かすんだよ」
「わかった」
卵の上からフライパンに水を入れる。
「いや、それじゃ卵が
不安が募る一同は、キャビンから逃げ出して後ろの潜水作業室から恐る恐る覗きこんでいる。一人残ったシャオミンは、寝台の上に正座してツトムに向かって手を合わせていた。
……ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。
シャオウェンが兄の威厳がどうとか言って妹が手伝うのを拒んでるので、見守ることしかできないのだった。
* * *
それでも何とか、朝食はマトモに食べられるものができたので、一同はツトムを褒め称え、感謝していただいた。
コーヒーもツトムが淹れたので安心して飲めた。本当はシャオウェンがやると言ったのだが、いきなりコーヒーミルの蓋を閉めずにスイッチを入れようとしたので、危うく大惨事となるところだった。
「今朝は色々有意義なことを学んだ。ツトム、ありがとう」
「うん……良かったね」
本人が喜んでるんだから、それでいいか。
無理やり自分を納得させるツトム。
普通、男子でも小学校では家庭科で調理実習とかやるはずなんだけど。よその国ではやらないんだろうか?
シャオミンに聞くと、中国本土でもアメリカでも、そんな授業は受けなかったという。
「日本だけなのかな?」
ジュヒに聞いても、韓国の小学校に調理実習室はなく、本格的な実習もなかったらしい。
「それでも、家から卵を持ってきて、教室で携帯コンロでゆで卵にする授業はありましたです」
年に一度くらいの頻度らしい。
「まぁ……俺たちの生まれるちょっと前までは一人っ子政策のせいで、”小皇帝”なんて呼ばれてたからな」
シャオウェンがつぶやく。
小さなころから過保護で甘やかされていれば、自分で調理する機会が無いのも分る。ツトムはマコの放任主義(育児放棄?)のおかげで、一通り自分でやれるようになったのだが。
「あ、そうか。その一人っ子政策が続いてたら、シャオミンは生まれてなかったんだ」
ツトムの言葉にシャオミンはうなずいた。
「もし私たちが、あと何年か早く生まれてたら、私は
「へいはいず?」
聞き返すツトムに、シャオウェンが答えた。
「二人目以降に生まれて、役場に届けない子供だよ。国からはいないことにされてる。学校にも行けないし、病気になっても医者にかかれない」
「届け出ないなんて、ひどい話だね」
だが、ツトムの言葉にシャオミンは首を振った。
「当時は、二人目の子が生れると、両親の昇進や昇給が禁止されるとか、色々罰が与えられたんです」
本当にひどいのは国の方だった。
「黒孩子の人数は、何しろ登録されてないから分らないんだ。数千万人から数億とも言われている」
「数億って……中国の人口ってどのくらい?」
「発表されてるのは十五億だよ」
……それでもし、五億人の黒孩子がいたとしたら……。
シャオウェンが自嘲気味に言った。
「正確な人口すら分からないんだから、まともな政治ができるわけないだろ?」
さすがにそうなると、政治に興味がないでは済まなくなりそうだ。
ちょっと神妙になってしまうツトムだった。
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