第43話 ヒーローを披露して疲労?
前回のあらすじ
・シャオウェン、料理の腕を
・シャオミン、生まれてなかったかも
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そんな少年二人へ、マコが声をかけた。
「ほらほら、朝っぱらから辛気臭いわよ。今日はここで三本潜っちゃうからね」
マコに言われて、ツトムは気を取り直した。
「そうだね、じゃあ片付けちゃおう」
答えるツトムの肩に、シャオウェンが手を置いた。
「それは俺に任せてくれ。ツトムは着替えて、みんなの準備を手伝ってあげるといいよ」
頼もしい限りだが、トーストを載せた紙皿と卵の殻を捨てて、珈琲のマグカップを洗うだけだ。マグカップはステンレス製だから、落としても割れない。任せて問題ないだろう。
「わかった。じゃ、操縦室で着替えちゃうね」
ところが、海パンを履こうとした時だった。
「大変だツトム、水が止まらない!」
シャオウェンに腕を掴まれ、キャビンに強制連行された。
「ねぇ……蛇口のレバーが無いんだけど」
「ここにある」
……なんでキミが持ってるのかな?
「水を止めようと何度も引いたら止まらなくて、そのうちに取れた」
ツトムは頭を抱えた。
「この蛇口、レバーを引くと一定量だけ流れるようになってるんだよ」
流しの下の扉を開け、水道の元栓を閉じる。
「とりあえず、これで良し。レバーは後で何とかしよう」
そう言って立ちあがったところに、奥のハッチが開いてメイリンが首だけ突っ込んで来た。
「みんな着替え終わったわよ。ツトムは……キャッ!?」
何やら驚いた拍子に、ハッチが全開になる。女子全員がこっちを見て凍り付いていた。
その視線をたどるツトム。海パンを履きそこねたので、下半身が丸出しだった。
「うわっ! あわわっ!!」
慌てて前を隠して操縦室に逃げ込む。
半べそかきながら海パンを履いていると、シャオウェンが頭を掻きながらやってきた。
「ツトム、色々ゴメンな」
「……いいよ、見られたって減るもんじゃないし」
かなり強がりで言ってる。イチモツの方は減らないが、ツトムの精神力はガッツリ減っていた。
* * *
その日の一本目は昨日と同じ場所で、今度は命綱なしのダイビングだった。
昨日はほとんどマコに引っ張ってもらっていたジュヒやシャオミンも、今日は自力で泳がないといけない。
「いい? 復習よ。スキューバでの一番のタブーは、急に浮上すること。浅い深度だからって油断しないでね。水深十メートルから海面までで、気圧が半分になるから。これ、百メートルから五十メートルになるのと一緒なの。急な減圧こそ、減圧症の原因なのよ」
マコ先生のレクチャーに、初心者たちは真剣な顔でうなずく。もう何度も聞かされているが、大事なことだから何度でも言うのだ。
「急な浮上はダイコンがバイブとアラームで教えてくれるから、そうなったらとにかくじっとして。自動的に浮力を調節してくれるから」
ここ数年の機材の進歩で、一番安全性が増した点だ。パニックさえ起こさなければ、重篤な事故はまず起こらない。
マコはスノコ円盤の上に立つ一同の顔を見回す。
「それじゃ行くわよ。レギュ咥えて。しっかりつかまって。GO!」
スノコ円盤が降下をはじめ、一同は海中へと潜って行った。
海中では”タロウ”が一同を待ち構えていた。スイスイとみんなの間を泳ぎ回り、撫でてもらったり体をこすりつけたり。時々、息継ぎのために海面と海底を往復していた。
そして、やはりジュヒは特にお気に入りらしく、執拗に体をすりつけてくる。
「モテモテね、ジュヒ」
マコがからかう。ジュヒは何か言いたげだが、残念ながら口はレギュレータのマウスピースで塞がってる。
やがてスキンシップに満足したのか、”タロウ”は泳ぎ去った。
「さて、では海中散歩よ。ゆっくり行くから、付いてきてね」
マコはその言葉の通り、フィンをゆったりと動かし泳ぎだす。それでも動きに無駄がないため、かなりの速度だった。とはいえ、初心者の子たちはそうもいかない。
ジュヒは小刻みに動かし過ぎで、水をかき回すわりに進まない。シャオミンは膝から先しか動いていない。これではすぐに疲れてしまうだろう。
しかし、ツトムが気になったのはシャオウェンだ。結構、上手く水を蹴れてはいるのだが……物凄い勢いでエアを吐いている。体格が良いとエアの消費量も増えるが、これではエア切れになりそうだ。
ツトムは小柄で筋肉も付いてないので、エアの消費はかなり少ない。前回のダイブでも、半分くらい残っていた。予備のレギュがあるから、もしもシャオウェンがエア切れしたら、分けてあげることにする。
ここのサンゴ礁は、環礁の内側に複雑な迷路を作り出している。確かに、水上船や水上機では座礁しまくりだろう。海底の様子を直接目視しながら航行できる”のちるうす”だからこそ、訪れることが出来たと言える。
波は静かだが、満潮になるとほとんどの岩礁が沈んでしまうので、上陸できる場所がない。また、その時に外界のやや冷たい海水が入って来るため、海水温上昇による白化現象を免れていると言う。
色々な要素が絡まって、手つかずの珊瑚礁は生き残っていた。
「はい、みんな注目。このイソギンチャクの中に、クマノミが沢山隠れてるわよ」
マコはプラ製の指先が先端に付いた指示棒を伸ばし、岩礁に生えた一抱えもあるイソギンチャクを指し示した。白とオレンジと黒で隈取りをされたような丸っこい魚が数匹、その触手の間に見え隠れしている。
「日本でも沖縄や小笠原には沢山いたんだけどねぇ……さすがにここは違うわぁ」
日本の珊瑚礁も、白化現象でかなりの地域がやられてしまった。ただ、温暖化のせいで、黒潮に乗った珊瑚の幼生が、より北の海域に定着し始めていると言う。しかし、珊瑚礁として形をなすのは何十年も何百年も先のことだろう。
「おっと、あっちでは熾烈な男と男の戦いが勃発!」
色鮮やかな魚が二匹、泳ぎながら激しくぶつかり合っていた。
「縄張り争いか、メスを取りあっての恋のさや当てか♡」
マコは経験豊富なだけに、次々と海中生物を見つけては教えてくれた。
ツトムは、シャオウェンのエア残量が気になったので、そばによってスマホに書いた文面を見せた。
”エア、どれぐらい?”
シャオウェンは腕のダイコンを見た。目が大きく見開かれ、レギュからは派手にエアが吹きだした。ダイコンの表示を見ると、半分よりかなり割り込んでいた。
”大丈夫。エア、分けるから。なくなったら教えて”
スマホを見せて、予備のレギュも示す。シャオウェンはうなずいた。
しばらくして、シャオウェンがツトムのところに来て自分の首を手刀で切るしぐさを三回行った。エア切れのハンドシグナルだ。OKのシグナルを返して、予備のレギュを差し出す。
そのまま、レギュを咥えたシャオウェンを連れてマコのところへ行き、スマホに書いた事情を見せる。
「わかったわ。ツトム、フォローありがとうね」
マコは腰の水中マイクのボタンを押した。電子音が海中に響く。
「はーい、そろそろエアが少なくなってきたから、”のちるうす”に戻るわよ。付いてきて」
全員が見える範囲にいることを確認し、マコはゆったりと帰路についた。
ツトムは最後尾に付いて、ウミヘビとの親交を深めたがってるメイリンを岩場から引きはがすなどしながら、エアを与えてるシャオウェンを連れて泳いで行くのだった。
* * *
「もうだめ。死ぬ」
お昼時。やっとのことで昼食の冷やし中華を供し終えたメイリンは、そのままキャビンの寝台に突っ伏してしまった。
ツトムが突っ込む。
「なんつーか、ウミヘビちゃんをボアちゃんのお嫁さんにするのは、流石に無理だと思うんだ」
種族的な意味で。
さらに、ウミヘビはほとんどが毒をもってる。おとなしいので滅多に噛まれることはないのだが。
「えー、でもでも、どっちもお互いに相手の生活圏には入れるから、付かず離れずで上手くいくかと」
……いや……距離感って確かに大事だけど、意味合いがかなり違う気がする。
「しっかし、ツトムとシャオウェンの大接近は特筆事項だねぇ」
マコがなにやらぶちあげる。
「母さんがタブロイド紙に見える件」
息子に限りなく薄い目でそう言われて、マコは涙目で周囲の女子に訴える。
「だってほら、みんなもそう思うでしょう? 潜る前のあの状況とか」
どの状況だよ! とツトムは突っ込みたかったが、言及したら負けな気がする。主に記憶の面で。
なので、ツトムは急いで冷やし中華を平らげると、マコに向かって言い放った。
「僕もすごーく疲れたから、二本目はキャンセルする。お休み」
そのまま操縦室に入り、副操縦席に横になる。
「ツトムも大変やのう」
まぜっかえす”くもすけ”に言い返す気力もないツトムだった。
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