第41話 海中で海獣と?

前回のあらすじ

・清く明るくたのしい航海。

・ツトムが可愛くて生きるのが辛いっす(誰?)

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「こちらナガトだ。これからその部屋の気圧を1.5気圧にする」


 スピーカーからナガトの声が流れると、天井のあたりからシューッという空気の吹きだす音がしてきた。


 マコが子供たちに解説する。

「気圧が上がると、耳が聞こえにくくなったり痛くなったりするから、耳が変だなと思ったら耳抜きをするようにね。こうやるのよ」

 マコは鼻をつまんで口を閉じ、そのまま息を吐くジェスチャをした。


「気圧を上げるのは、なんでですか?」

 ジュヒが手を上げて質問した。


「良い質問ね。これから海に入るために、この床下のハッチを開けるの。でも、ただ開くと水が入ってきちゃうでしょ? そこで、気圧を上げて外の水圧と同じにすれば、入ってこないで床の下に水面ができるのよ」


 うまくイメージできないのか、ジュヒは首をかしげた。と、両耳を押さえる。


「あ、耳が変? ほら、耳抜きよ」

 マコに言われてジュヒは耳抜きをした。ポン、と言う感じで違和感が消える。孫兄妹もそれに倣った。


 やがて空気の吹き出す音は止み、ナガトの声が響いた。

「加圧を完了した。船底のハッチを開くので、部屋の周辺に下がって」


 マコが部屋の中央に敷いてあったラグを畳むと、餅を焼く網のような円盤状のスノコが現れた。ハッチはこのスノコのさらに下にある。

 モーターの音がして、そのハッチが少しずつ外側に開いていく。すると周囲から海水がはいってきたが、スノコから十センチほどのところで水面は安定した。


「海中の海面とはねぇ」

 メイリンが興味津々で覗きこむ。ジュヒも目を丸くしていた。

 海水はとても澄んでいて、数メートル下の海底まではっきりと見えた。


「はい、それじゃあみんなフィンを履いて」


 そう言うとマコは、天井のクレーンを操作するボタンを押した。すると、ウィンチからケーブルが繰り出され、床の円盤状スノコまで降りてきた。

 マコはその先端のフックをスノコの中央に固定した。次に三脚のような器具を取り出し、三本脚の先端をスノコに、頂点をケーブルに固定する。

 やけに”のちるうす”の装備に詳しいマコだが、実はこちらに来てからずっと、ナガトに渡されたマニュアルを読みふけっていたのだった。


「フィンを履いたら、そのままこのスノコの上に乗って。フィンはつま先を上げるようにして歩くと良いわよ」

 皆、なんとなくペンギンを思わせる足取りで円盤スノコの上に乗った。


「じゃあ、みんな三脚のポールに捕まってね。では、レギュレータ咥えて。海中のお散歩へGO!」

 円盤スノコの周辺部の留め金が外れ、スノコはゆっくりと海中へと沈んで行った。


* * *


 海中から生で間近に見る珊瑚礁は、展望窓から眺めるよりもはるかに美しかった。

 波間からこぼれおちる陽光に照らされて、サンゴやアオヤギなどが赤やオレンジなど色彩を青い世界に咲かす。その間を泳ぐ多種多様な魚たち、岩の上や間に見え隠れするエビやカニなど。

 珊瑚礁は命に満ち溢れていた。


「はい、ではみんなこっちへ泳いでね。フィンはゆっくりバタ足で」

 マコの声が海中に響く。


 彼女だけは特殊な装備で、顔全体を覆う水中マスクに直接レギュレータが取り付けられており、通話用のマイクも仕込まれていた。マウスピースを咥えなくて済むので、水中でも喋ることができる。声は腰に下げた水中スピーカーから響いた。


 一同はマコを先頭に、ジュヒ、シャオミン、シャオウェン、メイリン、タリア、ツトムの順で命綱で結ばれていた。ツトムからはさらに”のちるうす”の船底にまで命綱は伸びており、彼が泳ぐのに合わせてリールから繰り出されている。


 マコから後ろは経験の低い順で並んでいて、子供らの中では一番多くの本数を潜っているツトムが、アシスタント・インストラクターのような位置づけで殿しんがりを務めていた。


「ええ眺めやのう。そう思わんかツトム?」

 腰のスマホから”くもすけ”の声が響く。ツトムはマウスピースを外して答えた。


ボコボコなんならガボガボガボ水中ドローンでもゴボゴボゴボ作ろうか?

 泡の音に混じってかろうじて声が聞こえる。


「よう聞きとれんわ。とりあえず、女の子たちのお尻でも堪能しとき」


 ……折角の珊瑚礁なのに、なんてことを。


 と思って改めて前を見ると、タリアのフィンにぶつかりそうになった。うっかり前に出過ぎたらしい。


 タリアはナガトに教わったのか、プロダイバーがよく使うフロッグキックで泳いでいた。ようするに平泳ぎのカエル足で、フラッターキック(バタ足)より疲れにくく、海底の泥や砂を撒き上げにくい泳法だ。


 しかし、すぐ前でビキニの股間が御開帳となるので、目のやり場に困る。ツトムは慌てて後ろに下がった。


「眼福やな~、ツトム」

 スマホから”くもすけ”突っ込む。


ゴボガボボゴ変なこと言うな!

「全然聞きとれんわ」


 その時、カンカンカン、と金属音が響いた。前を見ると、メイリンがダイバーナイフでタンクを叩いている。


「呼んでおるで、ツトム」

 ”くもすけ”に言われるまでもない。ツトムは命綱をタリアにひっかけないよう回りこんで、メイリンのところに行った。

 右手でOKのサインを作ってひらひらさせる。「大丈夫?」のハンドシグナルだ。


 メイリンは首を振ると、シャオミンの方を指差した。シャオウェンが抱きかかえるようにしている。

 二人に近づいて、スマホを取り出す。映ってた”くもすけ”のCGをタッチペンで弾いて叩きだす。


「ちょっと、乱暴にせんといてや」

 文句など無視して、手書きメモを起動し書き込む。


”どうしたの?”

 スマホを見て、シャオミンが自分の水中マスクを指差した。半分ほど海水が入っている。ツトムは手早くスマホに書いた。


”マスクの上の方を押して、鼻から息を吐いて”

 上を押さえると下の方が緩み、鼻から吐いた息で海水は押し出されていった。

 シャオミンに向かってOKのサインをひらひらさせる。しばらくして、シャオミンもOKサインを返してきた。


”水が入ってきたら、同じようにして”

 スマホに書いて見せる。シャオミンは何度もうなずいた。水が入った原因は、髪の毛がマスクに挟まっていたからだ。さりげなくそれも取り除いたので、大丈夫だろう。


 問題なし。ツトムは列の先頭で見守っていたマコにOKのハンドシグナルを送り、最後尾に戻った。


 海中散歩の続行だ。


* * *


「はぁ~、疲れたです」

 円形スノコに乗って船内に戻ると、ジュヒがその場にへたりこんだ。水中マスクを外して、顔にかかった髪の毛をかきのける。


「そりゃ、あんなに”タロウ”とはしゃぐからだよ」

 フィンを脱ぎながらツトムが言った。


 イルカの”タロウ”はジュヒが気に入ったのか、突然現れて何度も彼女の回りを泳ぎまわった。最後など、体をこすりつけてくるほどだ。


「あれはイルカの求愛行動だよー。”タロウ”、ジュヒちゃんに惚れちゃったんだねぇ」

 マコもからかってくる。


「えええ? そんな、私の彼氏はツトム兄さんだけです!」


 突然の宣言に、ツトムはBCDから外したタンクを抱えて床に這いつくばった。


「ジュヒ、いきなりそんなのは勘弁してよ」

 懇願するツトム。しかし、ジュヒはめげない。


「ツトム兄さんの求愛行動なら、いつでも大歓迎です」


 ……ああ。メイリンとタリアが龍虎のスタンドを出してきたよ。ジュヒは……熊だ。でっかいヒグマの幻影を背負ってる。


 そしてシャオミンはというと、こちらは朱雀だ。


 海獣イルカとの出会いが、四つ巴の海中怪獣大決戦となってしまった。


 ……決戦は、船底のハッチを閉じて室内が一気圧に戻るまで続いた。

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