第40話 ソコが変だよ海の底?
前回のあらすじ
・女子組大集合(父兄同伴)
・メイリン裸エプロン(水着着用)
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「母さん、最初のポイントだって。準備がいるかな?」
ツトムの言葉に、マコが寝台からパッと立ちあがった。
「アテンションプリーズ。本船はこれより、最初の目的地、トマレ環礁に入ります。速やかに水着へお着替えくださーい」
ジュヒがうろたえる。
「あ、あの、どこで着替えたらいいですか?」
キャビンには戻ってきたシャオウェンが居座ってる。操縦席はツトムとナガトがいる。
「はーい、着替える女子はこちらへ」
マコが後ろの潜水作業室へのハッチを開いた。
「周囲の機材には触らないでね。ラグを敷いておいたから、その上で着替えるのが吉よ」
ちなみに、こちらの室内はカメラが監視しているのは極秘事項だ。ツトムどころかナガトさえ忘れている。
世の中には、思い出してはならないこともある。
円形の床の真ん中に、敷物が敷いてあった。シャオミン、タリア、ジュヒが荷物を持ってそちらに移る。
最初から水着だったメイリンは、キャビンに残った。
「では野郎どもは適当に着替えなさい」
マコは男子二人に言った。あんまりな扱いだ。
「じゃあ、僕は操縦室で着替えるから。シャオウェンも来る?」
「えー、こっちで着替えましょうよツトム」
そんなメイリンには容赦なく、ハッチを閉めるツトムだった。
しばらくして、”のちるうす”は環礁の真ん中、深度十メートルに停止した。
海パンに着替えたツトムは、操縦室の展望窓から色鮮やかなサンゴ礁の光景に目を見張った。隣のシャオウェンも言葉を失っている。
ナガトが解説する。
「このトマレ環礁は、数少ない手つかずのサンゴ礁だ。周囲は暗礁だらけな上、大きな島が無く、環礁の外は波が荒いため、船でも水上機でも交通が不便なので、観光客もほとんど来ない」
……こんな場所が、まだあったんだ。
スキューバ歴が人生の半分を越すツトムでも、見たことが無いほどの色彩の宝庫だった。
「ここのサンゴ、白化現象おきてないね」
ツトムが指摘する。
温暖化の影響で海水温が上がると、珊瑚に同居している珪藻類が逃げ出してしまう。そうなると珪藻類から栄養をもらっている珊瑚虫が死滅し、白い石灰質の骨格だけが残る。これが白化現象で、世界中の珊瑚礁が絶滅の危機に瀕していた。
オーストラリアの東海岸にある、世界最大の珊瑚礁、グレートバリアリーフも、すでに三分の二が白化で死滅してしまった。
ナガトはツトムに答えた。
「うむ。この海域は、温暖化に伴って海流の流れが変わり、冷たい水を運んでくるようになったらしい」
偶然が生み出した、海中の楽園と言えた。
着替えを終えたタリアが、ハッチから顔を覗かせた。
「ツトム、シャオウェン。マコさんが後ろに集合しろって」
「わかった」
二人はハッチを抜けて、タリアに続いてキャビンの後ろに向かった。
副操縦席の背もたれにかけたリュックから、”くもすけ”が手を振って見送った。
「お待ちかねの海中散歩やな。どれ、スマホに移るかの」
”くもすけ”の額のLEDが光を失う。
同時に、ツトムの腰のホルスターに差した完全防水スマホに、”くもすけ”のCGが表示された。
「快調快調。海中やけどな」
ツトムはスマホをホルスターから引き抜くと、”くもすけ”に言った。
「今回は最初だから命綱付きだけど、次からはフリーだからね」
電波の届かない海中では、クラウドにいる”くもすけ”の行動範囲は制限される。”のちるうす”までは、海上のブイで電波を受信し、船内に繋ぐことができる。そこからなら、海中に出ても命綱の光ケーブルでリンクできる。
しかし、命綱なしのフリーダイビングでは、そうもいかない。完全に「お留守番」だ。
そのとき、マコが手を叩いてみんなの注意を集めた。
「はい、じゃあダイビングギアを装着して。初めての子は?」
ジュヒと孫兄妹が手を上げた。
「では、こっち来て。教えるから、きちんと理解してね。言われた通りやるだけだと、応用が効かないから」
マコが懇切丁寧に教えていく。
ツトムは装備の点検と組み上げに取り掛かった。空気を詰めるタンク以外は、工房の機材と一緒に送った自前のものだったりする。機械いじりが三度の飯より好きなだけあって、楽しげでもある。
「へぇ。ツトム、ダイビングやってたんだ」
メイリンが感心したように言う。
「半ば、母さんやおじいちゃんに、無理やりにね」
マコは熟練ダイバーで、インストラクターの資格まで持っていた。独身時代はそっちを本業にしようかと思ったらしいが、珊瑚礁が次々と白化現象で消えていくので、温暖化対策を進めている今の会社に残ったと言う。
加えて、海自の祖父の影響もあり、ツトムも六歳の時にジュニアダイバーのCカードを取得させられたのだった。以後、マコの休暇のたびにあちこちのダイビングスポットへ連れまわされた。
「あれ、でもツトム、この前泳げないって言ってなかった?」
先日のビーチバレー大会の後、メイリンたちに海に引っ張り込まれて散々な目にあったのだった。
「泳げないわけじゃないよ、カナヅチなんだ」
「それ、泳げないって意味じゃ?」
メイリンは首をひねった。
「体が水に浮かないんだ。泳げば泳げるけど、水をかくのをやめると沈んじゃうんだよ。やせっぽちだし、肺活量も体力もないから」
喋りながらも、手早くタンクにレギュレータを取り付け、BCDのハーネスにセットする。さんざん母に仕込まれたため、手際が良い。
「でも、スキューバなら
BCD(Buoyancy Control Device=浮力調節器)は、空気で膨らませる救命胴着のようなものだ。
ジャケットのように着込んでストラップを絞め、体に固定する。ここにタンクからの空気を出し入れすることで、浮きも沈みもしない中性浮力を保ち、一定の深度に留まれるようにする。
近年はダイブコンピュータ(略してダイコン)と連動して、自動調節されるようになったので、初心者でも扱いやすくなった。
左手首にダイコンをはめ、BCDから伸びたケーブルを腕に巻きつけてから差し込む。ダイコンは文字盤の大きな腕時計と言った形で、文字盤には時刻のほかに、深度・エア残量・方位などが表示される。
フィンを足に履くのは潜る直前なので、その前に水中マスクだ。ガラスの内側に曇り止めの薬剤を塗り、バケツに汲んである海水ですすぐ。メガネをはずして部屋の隅の棚に置き、振り返って髪の毛を後ろに寄せ、マスクに挟まないようにして被る。
ド近眼のツトムに合わせた度付きの水中マスクなので、被ればちゃんと見える。
「ん? どうしたの、メイリン?」
なぜか、こっちを見つめて口をポカンと開けてる。
「ツトム……今の、もう一回見せて」
「え? 何を?」
今度はツトムの方がポカンとする。
「マスク取って見て。ダメよ、目を閉じちゃ。そうそう、ちょっと大きめに見開いて」
裸眼だと鏡に映った自分の顔も見分けつかないツトムだが、なぜかあちこちからの視線が痛い。
「ツトム兄さん……目がおっきいです」
「やっぱりマコさんの息子さんですね……」
「男にしとくの、もったいないな」
「可愛い! ツトム可愛い!」
「……ちょっとショックなくらい」
わけが分からず、混乱するツトム。そこへフラッシュが焚かれた。
「っ、母さん、何撮ってるの?」
「はいはい、その辺でいいでしょ。ツトム、マスク被ってこれ見てごらん」
水中マスクを被ると、目の前に母のスマホが突きだされた。そこに移ってるのは裸眼の自分の顔。普段、度の強いメガネをかけているので分からないが、マコ譲りのツトムの目はかなり大きく、形も整っている。
「……なんだろう。小さいころと変わらな過ぎ」
ツトム自身としては、むしろがっかりだ。
視力が落ちる前の幼稚園の頃などは、確かに女の子によく間違われた。しかし、メガネをかけるようになってからはそんなこともなく、自分では少しは男の子らしくなったと思っていたのに。
「ツトム! コンタクト! コンタクトにしようよ!」
「ツトム兄さん、こんな可愛いお目々を隠したら罪ですよ!」
大はしゃぎのメイリンとジュヒ。シャオミンもタリアも、なぜか目をキラキラさせてるし。
「まいったなぁ。俺、そっちの趣味はないのに」
シャオウェン、君は何を言い出すんだ。
「ほーら、改めてみんな、ツトムの魅力にやられちゃってるよ~?」
「やめてよ母さん。それより、海中散歩はどうなったの? やめるの?」
「おっと、そうでした」
真面目モードに切り替わるマコ。
「はいはいみんな、ツトムちゃんは逃げも隠れもしないからね、まずは準備を終わらせましょう」
マコの指導の下、てきぱきと準備は進んだ。
それをぼんやり眺めるツトム。潜る前から、何気に気分は深度千メートルだ。
「まぁ、男らしい不細工な顔と、超可愛い女顔のどっちがいいか、ちゅう話やな」
腰のスマホから”くもすけ”の声。
本気で海の底に捨ててこようかと思うツトム。
そんなツトムの心象とは全く関わりなく、海中散歩は開始されるのだった。
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