第20話 彼氏彼女と彼の事情?(後編)
前回のあらすじ
・ツトム「ボクわるいハッカーじゃないよ」
・酷い国と、もっと酷い国。
----------------------------------------------------
「中国と日本は前からあまり仲が良くなかった。しかし、お前が産まれてすぐ、決定的にこじれてしまう事件が起きたんだ。尖閣諸島事変だ」
「ネットで何度か、名前を見たことあるよ」
興味のないツトムですら目にするほどだから、よほどの大事件だったのだろう。
「尖閣諸島は沖縄の西の方にあって、ずっと日本の領土だった島々だ。そこをある時、突然中国が自分の領土だと言いだした。何度か両国の船で小競り合いが起きたが、ついに日本の巡視艇が沈められてしまった」
ツトムは息を飲んだ。
「……乗ってた人たちは?」
「全員死亡だった。巡視艇はすぐに引き上げられ、遺留品のカメラの動画から、中国側が一方的に攻撃してきたことが明らかになった」
……そんなの酷い。
「これって、侵略じゃないの?」
祖父はうなずいた。
「これで日本は一気に態度を硬化させてね。Mg合金関連の技術は一切提供しないことになったんだ」
そして、Mg合金は鉄より軽くて丈夫で安い。
「じゃあ、中国で沢山作ってた鉄は?」
「一気に需要が減って、在庫が溜まりまくった」
日本の八倍も作っていた鉄が売れなくなった。代わりとなるMg合金は作れない。
「それで、中国は景気が悪くなっちゃったんだね」
「それ以上だ。財政破綻、国家が破産したんだ」
製鉄業から始まって、あらゆる業種で失業者が増え、各地でデモや暴動が起きたと言う。
「ところで、ちょっと話題は変わるが……」
そう前置きして、ナガトは続けた。
「日本や欧米などほとんどの国は資本主義だ。しかし、中国は共産主義だ。この違いはわかるか?」
言葉は聞いたことがあるが、関心がなかったのでツトムは首を振った。
「資本主義の国では、働いてお金を稼いだり、それで家や車を買えば自分のものだ。しかし、共産主義では、みんなで稼いだお金はみんなのもので、それで買ったものも原則、みんなのものなんだ」
「……なんだか、学校みたい」
教師たちが何かと言うと「みんなで」という言葉を繰り返すので。
ナガトは苦笑した。
「まぁ、ある意味、美しい理想ではあるんだがね」
真顔になって続ける。
「で、その『みんな』の意思は具体的に誰が現わすのかと言うと、中国では共産党になる。つまり、中国のものはお金も土地も何もかも、共産党のものなわけだ」
「……なんだか凄く、気持ち悪い」
ツトムの父が残した「工房」も、”くもすけ”も、取り上げられてしまうとしたら。
「しかし経済が破綻すると、ごく一握りの富裕層は、海外に移住して自分の財産を持ち逃げしたんだ」
ナガトの言葉が引っ掛かった。
「あれ? 持ち逃げしたって、それ自分の財産なんでしょ?」
自分が逃げる立場なら、持っていける財産ならそうするはずだ。
ナガトは、顎に手を当てて微笑んだ。
「やはりお前は賢いな。それこそが中国の根本的な問題だ」
すっかりぬるくなったお茶を飲むと、続けた。
「なら、国が破産したからと言って財産を国外に持ち出したらどうなる?」
「共産党から盗んだ、てことになるの?」
ナガトはうなずいた。
そこで、ツトムは思いだした。
「あ、この話、シャオウェンたちの事に関係するんだよね。じゃあ、シャオウェンの親って」
うなずくと、再びナガトはスマホを取りだした。
「”くもすけ”が探し出してくれた。やはり、お前が産まれてすぐの頃の記事だ」
中国の鉄鋼メーカーの幹部に関する記事で、幼い兄妹が写った家族の写真に、見知った名前が載っていた。その内容は、一年のうちに二人目の子供が生れたことを祝うものだった。
「今は、この幹部の一家は消息が分からなくなっている。おそらく国外に逃亡したのだろう」
なるほど、日本を事さらに憎む理由はわかった。
……だけど。
「じゃあ、なんでその日本が作ったフローティアに来たんだろう?」
理屈に合わない。
「思うに、ここが一番安全だからだな」
「安全?」
祖父はうなずいた。
「今世紀に入ってから、世界中でテロが横行している。そうしたテロ組織を潰すために、世界各国が手を結んでいて、不正な資金の流れなどの情報をやり取りしている。当然、中国もそこに参加しているわけだ」
「じゃあ、どこに逃げても捕まっちゃうわけ?」
「そうでもない。例外の一つがここだ。そもそも、日本と中国は犯罪者の引き渡しを行っていない。さらに、フローティアは難民を受け入れるための場所だから、そもそもチェックがゆるくなっている」
それが不法滞在者を排除できない理由の一つだった。
「てことは、シャオウェンたちは、大嫌いな日本のせいで国から逃げ出したあげく、大嫌いな日本に護ってもらうしかないのか」
なんとも複雑で屈折した感じだ。
「そうだな。だからお前もタリアも、あの子たちとはなるべく関わらない方が良い」
言われなくてもそうしたいけど、向こうから絡んで来るんだよねぇ。
「分かったよおじいちゃん。できるだけそうするよ」
話は終わりかと思って立ちあがろうとして、ふとツトムは気づいた。
「おじいちゃん、他のクラスメートにも何かあるの?」
話の初めで、「まずは孫兄妹」とナガトは言った。
「うむ。そっちはまた今度にしよう。夜も遅くなったからな」
自分のスマホの時計を見て、ツトムもうなずいた。
「わかった。おやすみなさい」
「おやすみ」
ツトムが階段を上がっていくのを見送るナガト。その姿が見えなくなると、傍らの観葉植物の方に向かって言った。
「さて、基本的な情報はつたえたぞ。この後はお前に任せるしかないかな、”くもすけ”」
鉢植えの後ろで、ウサ耳のセンサがピコンと動いた。
「ほいな、まかせとき」
ツトムの後を追って、四足で階段を駆け上がる。
この後の事……。
杞憂であってほしいと思いながらも、ナガトは考えずにはおれなかった。
中国共産党は、非公式な捜査員を海外に潜入させ、資産持ち出しを行った富裕層の摘発を行っている。このことは公然の秘密だった。一般に報道はされていないが、実際は各国で中国からの移民の失踪が増加している。みな富裕層ばかりなので、おそらく捜査員に拉致されたのであろう。
そうした手合いがこのフローティアに来ないと言う保証は、流石にないのだ。もしかしたら、手荒なことになるかも知れず、そんな事態に子供らが巻き込まれることだけは避けなければ。
かといって、自分が四六時中そばについてやるわけにはいかない。スマホに常駐できる”くもすけ”が頼りだった。
* * *
翌朝、ツトムとタリアはいつものように玄関を出て、花弁都市の内壁をぐるりと巡る道を、連絡橋へと歩いていた。漏斗のような斜面に階段状に並ぶ通路は、家々の玄関先に咲き乱れる南国の花に彩られていた。
そう、いつもの朝の光景だった。
「今日の午後って、部活動の説明会だったわね」
タリアが話しかけてくる。
「部活か……どうしようかな」
部活動への参加は強制ではないが、ほとんどの生徒が参加すると言う。ツトムとしては、工房にこもってあれこれ工作したり、完成したシェルスーツで祖父の仕事を手伝ったりしたいのだが。
「なんでも、科学部ってのもあって、ロボットコンテストに出場したりしてるんだって。これなんか、ツトム向きなんじゃない?」
「ロボコンかぁ」
みんなで一つのものを作るのは楽しそうだ。
ただ、ロボットやドローンのコンテスト自体は何度も参加していて、何度か賞を取ったこともある。フローティアに来なければ、この春休みにも出るはずだったのがあった。
とは言うものの、ツトムが父から受け継いだ機材が、そもそも子供や学生が扱えるレベルをかなり逸脱している。下手をするとレギュレーション違反とされるかもしれない。もしそうなったら、参加する前に敗退だ。
「僕はやっぱり、一人で気楽にやる方が合ってるな」
「そう。友達が増えると思うんだけど」
タリアも気遣ってくれているようだ。ツトムはクラスメートに大人気だが、友人と呼べるほど親しいのはクリスやメイリンなどほんの二、三人しかいない。ソ・ジュヒは……まぁ放置で。
なので、同じ趣味の生徒なら、もっと付き合いが広まる。そう思って勧めてくれたのだろう。
が、ツトムは返って同じ趣味の方が面倒なことを、経験上知っていた。コンテストで年下のツトムに敗れた参加者が激昂し、ツトムの作品を壊したことがあったのだ。
嫉妬という感情は本当に厄介だ。ましてや、部活となると先輩後輩の上下関係がある。
小学生時代、”くもすけ”が気を利かせて、そんな生徒同士の悩みを相談し合っている掲示板を見つけてくれたのだが、小一時間もたたずにツトムはうんざりしてしまった。「先輩より優秀な後輩は許さん!」って、何だよそれ。
連絡橋を渡って円錐状のコアタワーへ。中央エレベーターで五十階ほど下れば学校へ到着だ。ドアから出ると、隣の昇りエレベーターからメイリンが出てくるところだった。
「あらおはよう、お二人さん」
「「おはよう、メイリン」」
タリアと声が重なった。
教室へと三人並んで歩く。
「メイリンは部活どうするの?」
タリアに聞かれて、メイリンは考え込んだ。
「うーん。生物部とか考えたんだけどね」
なぜか科学部とは別に生物部があって、色々な動植物を育てたりしている。
「ヘビ、カメ、トカゲ。ヤモリとかイモリとか」
爬虫類ばかりだ。いや、イモリは両生類か。
「でも、キングコブラなんかはダメなんだって。残念だわ」
中学校で毒ヘビを飼ってたら大問題だ、と思うツトムだった。
そんな話をしていると教室に辿りついた。クリスがツトムに向かって手を振る。
「おはよう、ツトム」
「おはよう。クリスは部活、やっぱりラグビーにするの?」
今朝からの話題を振ってみる。ところが、クリスは顔を曇らせた。
「うん、それなんだけど……俺、ラグビーやめる」
まさかの返事に、ツトムは唖然とした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます