第21話 部活動とぶつかる度?

前回のあらすじ

・シャオウェンが日本を憎む理由。

・クリス、ラグビーをやめると決意。

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「どうして? ずっとやってきたのに」

 自己紹介の時に、傷だらけのラグビーボールを大事に抱えていたクリス。


「このままラグビーを続けて、プロになるのが夢なのだとばかり……」

 言ってから気がついた。クリスは自分の将来の事は一度も話したことが無かった。


「それなんだけど……次の休み時間に、ちょっと良いかな?」

「うん……」

 丁度その時、山口ミカ先生が入ってきて、HRホームルームになった。


 クリスの事が気になって、ツトムはミカ先生の話が全く耳に入らなかった。前を向いてぼんやりしていると、突然声がかかった。


「はいはい、ツトム君。お年頃だから先生の胸が気になるのはわかるけど、配ったプリントを保護者に見せるの、忘れないでね」

 爆笑するクラスメート。ツトムは真っ赤になるだけだった。


 そのまま、一時限目の授業は山口先生の社会科だった。いつも以上に授業に身が入らなかったのは言うまでもない。またもやいきなり当てられて、トンチンカンな答えをして笑いを提供する羽目に。


 そして、休み時間。トイレだとタリアを誤魔化して、クリスと共に教室を出る。めったに人が通らない階段の踊り場で、ツトムはクリスの事情を聴くことになった。


「俺ん家、結構、貧乏なんだ」

「……そうなんだ」


 なんとなくそんな気はしていた。

 放課後や休日に食事に誘っても「家で食べるから」と断るし、工房から自宅までかなりあるのに、いつも歩いて帰っている。とにかく、クリスがお金を使うところを、ついぞ見たことがない。


「でも、貧しくたってラグビーは……」

 ツトムの言葉をさえぎって、クリスは吐き捨てるように言った。


「出来ないんだよ。親善試合の旅費が出せないんだ」

「あ……」


 フローティア第一中学と名付けられているが、ここには他に中学はない。住所が「フローティア・ワン」なので、第二、第三のフローティアが建設されることになっているが、それらが完成するまでは、はるか海を越えて他の国に行くしかない。

 親善試合の参加はもちろん任意だが、参加しなければ実力も試せないし、何よりレギュラーになれない。


「旅費ぐらいなら――」

 ツトムの言葉をさえぎって、クリスは言った。


「頼むから、俺にお金を恵んでくれたりしないで。友達として、それは絶対だめだ」

 落ち込んではいても、クリスの瞳には強い意志が宿っていた。


「……ごめん」

 安易な解決を考えてしまった自分。ツトムは恥ずかしくなった。


「それに……親父がさ、俺の旅費を工面するために仕事先のものに手をつけないか心配なんだ」


 ……え?


「ここに来る前に一度、パクられた事があるんだ。ここでそんなことして捕まったら、もうここに住めなくなる」

 あまりの事に、ツトムは言葉が出てこない。


「捕まれば、ばれちゃうからな。俺の親父……」

 涙を浮かべて、クリスは告白した。

「不法滞在者なんだよ」


 昨夜の話。「他のクラスメート」とは、クリス・ターナーの事だった。


* * *


「ダメだ。やっぱり、納得できない」


 工房のPCの前に突っ伏して悩みぬいた結果だ。PCの画面でCGの”くもすけ”がこちらを向いた。スピーカーから、いつもの怪しい大阪弁が発せられる。


「ほな、どないすんや?」

「……クリスの家に行ってみる」


 あの後、放課後になるとツトムは学校を飛び出した。タリアには工房に用があるから、と言ってある。みんな、部活動の説明会に出るので、一人になるには都合が良かったのだが。


「クリスの家、知っとるんか?」

「……知らない」


 クリスは、これまで家や家族の事をツトムに話さなかった。

 今ならわかる。貧しさから引け目に感じていたのだろう。

 ツトムのように、花弁都市の、しかも一番上の階層に住めると言うのは、かなり裕福だと言う証拠だ。

 クリスの気持ちを考えると、色々思い当ってしまう。何も気づかなかった自分がもどかしい。


「知らずに行くのは無理っちゅうもんや。ほれ」

 スマホに着信音。メールを開くと、クリスの住所とそれが示すフローティアの地図だった。


「いつの間に……」

「暇こいてるAIを舐めたらあかんで」

 ”くもすけ”にとって、プライバシー保護法とかはどうでもいいらしい。


 その時、チャイムが鳴って、PCの画面にウィンドウが開いた。工房のあるナガト研究所の入口に取り付けたカメラの画像だ。


「ツトム、いる?」

 スピーカーからの声はメイリンだ。後ろにはタリアがいる。


 もう説明会が終わったのか。思った以上に時間を潰してしまったようだ。このまま居留守していれば二人とも諦めて帰るだろうけど、それでは悪い気がする。


「仕方ないな」

 ツトムはマイクに向かって「待ってて」と答えると、鞄を掴んで立ち上がり、入口へ向かう。


 事務所のドアを開けると、メイリンが満面の笑みで立っていた。二人とも、まだ制服のままだ。学校から直接来たのだろう。


「用事は終わった? なんだか急いでいたけど」

 屈託がない、てのはこういう時に使うんだな。そうツトムは思った。


「うん、まぁね」

 曖昧に答えると、タリアが両手で拝む格好で言った。


「ごめんね、ツトム。メイリンがどうしても行くって聞かなくて」


 詳しくは話していないが、タリアはツトムが一人になりたがっているのが分かっていたらしい。休み時間に「クリスとなにかあったの?」と聞かれて、「彼はラグビー部に入らないんだって」答えた。それだけで、ツトムがショックを受けて悩んでいるのだと悟ったのだ。


「ありがとう、タリア」

 どうやら、彼女に隠し事をするのは難しそうだ。


「ちょっと、これから出かけるんだ。せっかく来てくれたのに悪いんだけど」

 タリアに言ったのだがメイリンが割って入った。


「なに? どこに行くの? 一緒に行きましょ」

「いや、あの……」

「もしかして、女の子には言えないところ?」

「どんな場所だよ」

 さっぱりわからないよ。思春期前なんだから。


 下手に隠すとこじれそうだ。

「ええと……クリスの家に行くんだ」

「なんだ、そうなの。なら一緒に行くわ」

 メイリン。なんでそうなる?


「友達の家に遊びに行くのなら、一人より三人の方が楽しいでしょ?」

「いやあの……遊びにっていうか……」

 結局、追い払うわけにもいかないので、一緒にAIビークルの乗り場へ向かう。


「ちょっと、なんで二人乗りに?」

 メイリンはさっさと乗り込んでいる。


「四人乗りだと料金倍でしょ」

「三人いるのに」

「それなら、こうすればいいのよ」

 メイリンはツトムの腕を掴むと引きよせた。

「うわっぷ!」


「ほら、こうやってお姉さんの膝に乗れば大丈夫」

 細っこいツトムは、抱き寄せられると逃げられない。中一にしては発育の良い胸に顔をうずめてモガモガとなるが、なんとか顔を引きはがして抗議する。


「同級生なのにお姉さんってあり得ないでしょ!」

 ツトムは六月生まれだから、妹ならまだしも姉だと非常にややこしいことになる。

「大丈夫よ、叔母さんがいるくらいだから」

「ちょっと、メイリン」


 ……タリア、声が低いよ。


 このままではまたケンカになる。早くも二人の背後に、例の龍虎の幻影が。

 ツトムは必死にメイリンの抱擁から脱出し、隣の四人乗りに駆け込む。


「乗るのはこっち! 料金は僕が払うんだから文句なし!」

 しぶしぶ二人乗りから降りるメイリン。ツトムの隣のドアを開けようとドアノブに手を伸ばすが。


「それじゃ、どっちが隣かでケンカになるでしょ。二人とも後ろ」

「えー?」

 ツトムもいい加減うんざりなので冷たく睨むと、メイリンはすごすごと後ろに乗った。


「ほらタリアも」

 彼女も乗ったが、二人ともツンと顔をそむけてる。


 いい加減、ツトムの堪忍袋が破裂しそうだ。


「……まだケンカするなら、置いていくよ?」

「や、やだなぁツトム。ケンカなんてしてないわよね、タリア」

「そ、そうよ。メイリンとは大の仲良しだもの」

 わざとらしくハグし合う二人。まあいいか。


 胸ポケットのスマホから、”くもすけ”の声が流れた。

「ツトムも、おなごの扱いが上手くなったやないけ」


 ……なりたくてなったわけじゃないのに。


 理不尽だ! と思いながら、ツトムは車のAIにクリスの住所を指示した。

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