第22話 みんなで家庭訪問?(前編)

前回のあらすじ

・みんな、ビンボがわるいんや。

・ツトム、女の扱いが上手くなる。

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「……こっち側に来るの、初めてだな」

 AIビークルから降りて、ツトムはつぶやいた。


 クリスの家は、フローティアの外縁を取り巻く海浜区の中でも、工房とは反対側の地区にあった。


「やっぱり、魚臭いわね」

 思わず鼻にシワをよせるメイリン。

 ここは漁港なので、特有の臭いが漂うのは当然なのだが。


 こちら側の人工浅瀬は、海藻や藻類の養殖池と魚の生簀になっている。養殖池の方へは、海水温度差発電のために汲み上げた深層水が、川となって流れ込んでいる。

 深層水は栄養価の高い塩分を豊富に含むので、プランクトンが良く育ち、それを食べていけすの魚もどんどん増えるという。


 ”くもすけ”が調べたところ、クリスの父親は、その生簀で潜水夫として働いているらしい。体力的にかなりハードな仕事だが、実入りはそれほど多くないと言う。潜水器具も昔ながらのスキューバとウェットスーツだ。


 ちなみに、ナガトがシェルスーツで行うような作業は、高度な技術が必要なので収入が二桁くらい違う。外部委託で時々雇う潜水士も、かなりの高給取りだ。


「何だか、懐かしい感じ」

 タリアは生まれ育った島を思い出すらしい。


 漁港のほとんどがそうであるように、あたりにいるのは筋骨逞しい男たちばかりだ。おかげで、少女二人を連れた細っこいツトムは、どうにも悪目立ちしてしまう。


 ひとブロック手前でAIビークルを降りたので、三人はしばらく歩いた。

 あたりは民家に交じってやたらピンク色が目立つ看板の店もあるのだが、思春期前のツトムは何の興味もそそられなかった。そして飲食店が多数あり、歩道に席が設けられていた。呆れたことに、まだ日が高いのに酒を飲んでる姿が目立つ。


 その一人に声をかけられた。

「おい、そこのメガネの坊主。これから両手に華でお楽しみか?」


 いや、楽しいことなんて全然なんですけど。


「お嬢ちゃんたち、そんな貧相な坊やより、オジサンがイイコト教えてやるぜ!」

 タリアはすっかりおびえてしまったが、酔客に慣れてるメイリンは違った。違いすぎた。


「あーら、オジサマの”ピー”なんて”ピー”すぎて”ピー”にもならないわ。ごめんあそばせ」

 放送禁止以前に、ツトムにはさっぱり聞きとれない。

 しかし、男は酔い以上に顔を赤く染め、立ち上がると喚き始めた。


「なんだこのションベン臭い小娘が!」

「そんな小娘にマジギレするなんてサイテーね」


「ちょっとメイリン!」

 ツトムが止めに入る。


 なんでこう、面倒事を量産してくれるんだろう。生産性高すぎだよ。


 メイリンの腕を掴んで、ツトムは足早にその場を離れた。

 もう片方はタリアがしがみついていて、それを見たメイリンが自分も腕を絡めてくる。その結果、ますます目立つ羽目になってしまった。


 すれ違った体格のいい青年が、そんなツトムたちを見て口笛を吹く。


 ……なんなんだよ、もう!


 やっぱり一人で来るんだった、そう後悔するツトムだった。


* * *


 そんな二人を引き連れて、やってきたのは集合住宅だった。


「……フローティアって、完成したの四年前だよね?」

 建物をみあげて、つぶやくツトム。


 ――たった四年で、どうしてこうなった?


 そう言いたいくらいの建物だった。

 良く見ると、本来の建物に寄生するように増築部分がまとわりつき、その部分が異様に劣化している。元の部分がしっかりしているから崩れないだけだ。


 トタン板らしい波型の金属板で適当に囲っただけの部屋や、明らかに数がおかしいエアコンの室外機が外壁に張り付いてる。おそらく、屋内の間仕切りも細かく区切っているのだろう。

 そもそも、本来ならフローティアにはエアコンは必要ない。冷たい海洋深層水をくみ上げているので、正規の建物なら冷房は無料に近いはずなのだ。そういかないのは、届けを出せない不正規の住人達。

 花弁都市では想像もできないような、貧困の様相がそこにあった。何十年も前に香港にあったと言う、九龍城砦クーロンじょうさいを彷彿とさせる混沌だ。


「これ、住んでいる人数、倍じゃきかないな……」

 消費される食材の量で、海浜区には倍の人口がいるはずだ、と祖父が話していたのを思い出す。しかし、この集合住宅を見ると、三倍と言われても納得しそうだ。


 流石に、”くもすけ”の調べもここまでだ。どの部屋がクリスの家なのかまでは分からない。というか、部屋番号なんてもはや意味がなさそうだ。


 ツトムは、傍らを通り過ぎた女性――でっぷり太ったおばさん――に声をかけた。

「あの、すみません」

 女性は海水を張ったバケツに魚を入れて運んでいた。


「なんだい、坊や。この辺では見ない顔だね」

「えーと、あの、クリス・ターナーの家を探しているんです」

「ああ、クリスの友達かい? あの子の家なら、ここの三階だよ」


 振り仰ぐと、二階建の建物の屋上に、小屋が幾つか建っていた。あれが三階なのだろう。


「ありがとうございます」

 丁寧にお辞儀して、ツトムは建物の入り口……らしい開口部に踏み込んだ。


 陽光あふれる外から入ると、屋内は真っ暗だった。廊下の明かりとりの窓の向こうにまで、部屋が増築されているのだろう。さらに、何かが腐ったような異臭が漂ってる。


「パパが時々食べる『くさや』みたいな臭いね」

 タリアが顔をしかめて言う。


 しばらくすると、目が慣れてきた。団地の廊下のような通路だが、あちこちにゴミが塊を作っていた。


「きゃっ!」

 足元を何かが走り抜け、タリアが悲鳴を上げた。


「ネズミね。ここならボアちゃんの餌代が掛からなそう」

 メイリンが冷静すぎる。


「じゃあ、引っ越してくる?」

 ツトムが突っ込むと、メイリンは首を振った。

「流石に、私もこの臭いは願い下げだわ」


 ……でも、ここにクリスは暮らしているんだ。もう何年も。


 なんだか、同情すら許されない気持ちだ。


「行こう。きっとあそこが階段だ」

 指さした方向に、ツトムは歩きだした。


 通路に並ぶドアが切れたところに、うす暗い口が開いていた。階段を上ると、二階の通路も全く同じ様子だが、気のせいか臭いは弱まっていた。地面から離れたせいだろうか。

 この階に用はないので、そのまま屋上まで昇る。ドアを開けると、青空が広がっていた。


「ふぅ。なんか、助かった気分」

 思わず呟いてしまうツトム。手すりの向こうには中央タワーがそびえ立っていた。やけに遠く感じる。


 三人は、屋上に点在する小屋の戸口を、一つ一つ確認していった。日本の家のように表札などは出ていないが、戸口の横にウェットスーツが吊るしてある家があった。潜水夫が住む家なら、ここが一番それらしい。

 戸口には、呼び鈴のようなものはない。しばらくためらった後、ツトムはドアを叩いた。


 小屋の中で物音がした。続いて、空き缶が転がるような音。低くののしる声。

 いきなりドアが開き、浅黒い顔を怒りにゆがめた大男が怒鳴った。


「なんだってんだ! まだ月末じゃねぇぞ!!」


 タリアがツトムの背中にしがみつく。メイリンに掴まれた腕が痛い。そのツトムも、完全に固まってしまった。


「ん? 何だお前ら……」

 そこでツトムらの着ている制服に気づいたらしい。


「ひょっとして、うちのせがれの友達かい?」

「……はい」

 ツトムの返事に大男は破顔すると、打って変わった砕けた口調で言った。


「済まねぇな、てっきり借金取りかと……まぁ、上がってくれや。何もねえけどよ」

 その笑顔は、確かにクリスとよく似ていた。


 玄関に段差はない。どうやら、日本式の家屋ではないようだ。というか、床は屋上のままだ。

 仕方がないので、靴のまま上がらせてもらう。正直、素足になるのは勘弁してほしい状況だった。


 何もないと言うのは謙遜ではなく、床に散らばるビールの空き缶とゴミ以外、殆ど家具らしいものもない。部屋は一つだけのようで、一応、寝床らしい台が二つあった。ラグビー選手の写真が周りに貼ってある方が、おそらくクリスのなのだろう。その周りだけは、少し掃除されてる形跡があった。


「クリスの奴、いつもなら帰ってる頃なんだが。どこをほっつき歩いているやら」

 父親はぶつぶつとつぶやいた。


 クリスは歩いて通学しているはずなので、まだ途中なのだろう。もしかしたら、ラグビーに未練があって、部活を覗いているのかもしれない。

 そう、ツトムは推測した。


 父親のターナー氏は椅子を出してくれたが、二脚しかなかった。二人暮らしなら当然だ。


「僕はここでいいです」

 そう言うと、ツトムはクリスの寝床に腰を下ろした。

 父親も自分の寝床に座る。


「あと、今日来た目的ですが、クリスじゃなくて、お父さん、ターナーさんに用があって来ました」

 父親、ターナー氏の目が丸くなった。


「……俺にか?」

「はい」

 ツトムの言葉に、タリアもメイリンも驚いている。


 ……というか君たち、訪問の目的とか、何も気にして無かったの?


 逆に呆れるツトムだった。

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