第23話 みんなで家庭訪問?(後編)
前回のあらすじ
・メイリン、放送禁止用語連発。
・ツトム、呆れる。
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「今日、クリスと話したんです」
ツトムはターナー氏に向かって告げた。
「彼は、ラグビーをやめると言ってました。家が貧しくて、親善試合の旅費が払えないからと」
ツトムの言葉に、ターナー氏は固まってしまった。
息をするのも忘れていたようで、しばらくして深くため息をついた。
「あの野郎……。そんな金、俺がちょっと頑張れば――」
「それ、法に触れたりしませんよね?」
ツトムの言葉に、ターナーはぎょっとした。
「クリスはそれを心配してました。だからやめると決心したと」
ターナーはがっくりと肩を落とした。
「……息子にそんな心配かけちゃ、父親失格だな。全く、そんなところは死んだ母親そっくりだ。家計の助けにと働きに出て、体を壊して……」
クリスの家も色々あったようだ。
「……あのさ」
部屋に入ってから静かだったメイリンが、急に声をあげた。
「要するに、親善試合の旅費があればいいんでしょ?」
ツトムはうなずいた。
「でも、クリスはお金をもらうのも借りるのも嫌だって……」
「働けばいいのよ」
こともなげにメイリンは言う。
「でも、まだ中一だよ?」
戸惑うツトムに、メイリンは答えた。
「あたしは小学校の頃から店を手伝ってるわよ」
メイリンは椅子から立ち上がって、手を腰に当てて胸を張った。
「お小遣い貰ってる分くらいは働いているわ。まぁ、だからちょっとみんなより額が多いけど」
確かに、ヘビのボアちゃんの餌代だけでもかなりなものになるはずだ。加えて、あれだけアニメなどのグッズを買いあされるのだから。
「でね、うちの店で出前の配達をやってた人が、今月末でやめちゃうのよ。父さんが代わりを探してるんだけど人手不足でね」
へぇ、とツトムは意外に思った。
「ドローン配達、使わないの?」
東京では当たり前だったから、ツトムは当然、どこでも使っているものだとばかり思っていた。
「それじゃ、よそと差別化出来ないでしょ? 人が配達するからこそ、注文してくれるお客もいるのよ」
この「差別化」は「違いを出す」と言う意味だ。
「配達に何か問題があっても、ドローン相手に文句言ってもしようがないでしょ? AIがいくら謝ったって納得できる? それならむしろ、生身の人間が頭を下げた方が、よほど誠意が通るわけよ」
メイリンの言葉に、ツトムは感心した。
……なんか凄いな。経営者みたいだ。
どことなく、仕事に関して話している時の、母親のマコのような感じがした。
「でもね、もっと切実な問題もあるの」
腕組みして、メイリンは顔をしかめた。
「ドローンのレンタル料も高いけど、もし壊されたりしたら弁償しなきゃいけないから」
窓から外を眺める。
「ここはまだ、ましだけど。場所によっては、ドローンを襲って品物を盗む奴がいる。そう聞いてるわ」
ナガトが教えてくれた、治安のよろしくない地区の事だろう。
そこまで語って、メイリンはターナーに向き直って言った。
「クリスって、自転車は乗れる?」
虚を突かれて、ターナーの声は上ずった。
「あ……ああ、一応乗れるはずだ。こっちに来る時に売り払っちまったが……」
「なら問題ないわね」
メイリンは満足げにうなずいた。
その時、ドアが開いた。
「あれ……ツトム? どうして?」
まさに、そのクリス本人だった。
* * *
「はいよ、青椒肉絲にタンメン、この住所へ!」
「はい!」
高雄亭の店員の制服を来たクリスが、厨房から料理を受けとって自転車で出前に向かう。ラグビーで鍛えた脚力で、速度は電動バイクに引けを取らない。あっという間に、海浜区の環状道路を彼方に走り去る。
まだ試用期間だが、クリスはすっかりこの店の即戦力だった。
時速二十キロ近くは軽く出せるので、フローティアのどこでも十分程度で辿りつく。加えて、”くもすけ”謹製のナビシステムのおかげで、どこへでも最短距離で到着できる。特に、花弁都市や海浜区の雑居状態になっているところでも、迷わず出前が届くのだから、これはちょっとよそには真似のできないところだった。
味良し、料金良し、おまけに出前は迅速で正確。おかげで高雄亭では、今度は厨房職員を募集中だと言う。二号店の話すら出ている。
放課後、ラグビー部でしごかれた後でもこのスタミナだ。そして、親善試合の旅費の積み立ても順調。
「メイリンのおかげだな」
ツトムがつぶやいた。久しぶりに高雄亭へ、家族そろって夕飯を食べに来ていた所だった。
店の奥から、つーっと出てきたメイリンが返す。
「えへ。そうでしょ? もっと言って」
……遠慮がないのも、この子のキャラなんだろうな。
そう思うツトムだった。
メイリンが他の客に呼ばれて去ると、タリアが話しかけて来た。
「ツトムは良かったの? 結局、部活はどこにも入らなかったけど」
そう言うタリアは、調理部に決めたようだ。母サリアのように料理上手になりたいらしい。
一方、メイリンは悩んだ結果、飼いたい生き物のために貯金するのだと、帰宅部&店の手伝いにしたらしい。なぜか、年上の店員からも「
そんなことを思い起こしながら、ツトムは答えた。
「僕も帰宅部さ。放課後は工房であれこれ作るよ。丁度、今日はその一つが完成したところなんだ」
「そうなの? あのシェルスーツ?」
ツトムは
「あれはもう少しかかるよ。それとは別で、ちょっと便利な工具なんだ」
「へぇー」
タリアは今一つピンと来ないようだ。
「上手くすると、特許が取れるかも」
「特許? 凄いじゃないの!」
聞き覚えのある単語に、タリアは反応を示した。
「そうでもないよ。手続きをちゃんとやればね」
こともなげな口ぶりのツトムだが、その辺の面倒な手続きは”くもすけ”が片手間にやってくれている。
ちなみに、「何の」片手間なのかは、ツトムにも分からない。
* * *
「おはよう、ツトム、タリア」
エレベーターを降りたところで声をかけられ振り向くと、人混みの中に大柄なクリスが目についた。
「おはよう、クリス」
ツトムが挨拶すると、タニアも続いた。
「おはよう、クリスにメイリン」
人混みに埋もれてたメイリンを見つけたらしい。
メイリンも「おはよー!」と元気が良い。
「ツトム。今日は遅いのね」
メイリンに言われて、ツトムは頭を掻いた。
「うん。僕の部屋、朝日がよく入るから、それでいつも起きてたんだ」
「あー、日が昇るの、遅くなってるからね」
ツトムの弁明にメイリンがうなずく。
本来なら、今は春分から夏至の間。日の出はどんどん早くなるはずだが、ここはフローティアだ。赤道直下の海流に乗って、西へ東へと常に移動している。しかし、時間帯は常に東京と同じになっているので、移動するにつれて日の出や日没の時刻が大きく変わってしまうのだ。
「今は西へ向かう南赤道海流に乗ってるの。もうじきパラオの南に近づくから、今度は東へ向かう赤道反流に乗り換えるわ」
教室へ歩きながら、タリアが説明してくれる。
「へぇ、いつごろ?」
「あと一ヶ月くらい」
「詳しいんだね」
ツトムに褒められて、タリアは少し照れた。
「……パパの受け売りなんだけどね」
さすがは、海洋学者ナガトの娘である。
「それでね、その時赤道を超えるから、赤道祭ってのがあるの」
「赤道祭?」
「うん。学校は休みにならないけど、あちこちに出店が出たりするのよ」
「楽しみだね!」
お祭りと聞いて心が浮き立たない子供はいない。
「そう言えば、フローティアの祝日は日本と同じなんだっけ?」
「そうよ」
タリアの返事に、メイリンが重ねてくる。
「台湾やそのほかの出身地ごとのお祭りもあるわよ。休みにはならないけど」
「祝日だらけになっちゃうよね」
そこで、ツトムは思い出した。
「そう言えば、再来週の末からゴールデンウィークだね」
今年は前半が三連休、三日の平日を挟んで、後半は四日の連休だ。
「楽しみだね」
口々にそう言いながら、一同は教室へ入って行った。
「あ、ツトム兄さん! おはようです!」
喜色満面で、ソ・ジュヒが出迎えてくれた。
……そういや、この子の家に招かれてたなぁ。
ちょっと厄介な事を思い出してしまった。
そして季節は春から初夏へ。
あたかも、ゴールデンウィークを狙ったかのように、その事件は起こったのだった。
* * *
フローティアを訪れる船舶は膨大な数がある。そのうち、フローティアを取り巻く人工浅瀬に入れない大型船は、その外側の埠頭に停泊することになる。
一応、そのすべてを港湾当局はチェックしているのだが、万全とは言い難いのが実情だった。特に漁港の外側にある貨物港は、周辺部の治安の悪さもあって手薄となりがちだった。
その日に入港した中国からの貨物船は、職員によって一通りの臨検を受け、問題なしとされた。あくまでも見える範囲の事だけではあるが。
見えない部分、たとえば小麦の袋をぎっしりと積んだ船倉の奥に、隠し部屋があるなどとは、普通は気がつかない。
そこから音もなく忍び出た数名が、フローティアの夜の闇へと消えていく。
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