第24話 鉄人? Mg人?(前編)

前回のあらすじ

・経営者メイリン。

・何か起きたらしい。

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「よし、それじゃ着てみるね」


 ツトムはシェルスーツの前に立った。

 場所はおなじみの、スルガ海洋研究所。「工房」のある倉庫だ。


 先日行った装着テストで、体の動きを拾うセンサの改良が必要だと判明した。その修正がようやく終わって、再度挑戦となったのだ。


 周囲で見守るのは、いつものタリアとメイリンに加え、祖父のナガトにクリスとソ・ジュヒも加わっている。


 スーツは自走式の台車で工房から出され、ドックの床に置かれている。

 転倒防止のためにワイヤーで吊るされており、足首を床のフレームが固定しているが、基本は自力で立っている。


 ツトムは、ベルトのバックルがあるあたりの水密パネルを開いた。赤いボタンを押すと、スーツが腰のあたりで上下に分離し、背骨に当たる部分のジャッキで、上半身が一メートルほど上がっていった。

  このあたりの操作系は、既存のシェルスーツと同じにしてある。


 パネルを閉じて、シェルスーツの下半身をよじ登るツトム。スーツの足腰には、手がかり・足がかりになる突起が取りつけてあった。


 スーツの中に両足を突っ込み、立ってみる。そして、スーツ内面の青いボタンを押すと、すぐさま両手を上げてスーツの上半身に差し入れる。上半身が下がって来ると、その両肩の穴へと腕を差し入れる。

 カチリ、という音がして、スーツの上半身と下半身の結合が完了した。


 ツトムの顔前を覆う透明強化セラミックの半球形バイザーに、スーツ各所の状態が表示される。全て異常なし。

 足裏に機械式の足首があるため、身長が二十センチほど伸びたように感じる。

 口元のマイクに向かって、ツトムは告げた。


「よし、じゃあ”くもすけ”、スーツを解放して」

「よっしゃ、いくで」

 足首を固定していた、床のフレームが音を立てて解除された。

 そして、スーツの襟首に繋がれたケーブルが緩められ、まっすぐ立つための力が、足首やひざなどから、そのままツトムの四肢に伝わってきた。


「おっとっと」

 小さく一歩踏み出し、バランスを取る。


 前回はこの踏み出し幅が大きすぎ、逆にバランスが崩れてケーブルにぶら下がる形になってしまった。しかし、今回は適切な幅で、バランスは崩れなかった。


「いい感じだね。じゃぁ、歩いてみるよ」

 そう言って、ツトムは今踏み出したのとは反対側の脚を踏み出した。次にその反対側。さらに次。


 スーツの関節部に仕込んだダイレクトモーターがうなり、ツトムの四肢が動く通りに、スーツの四肢を動かしてくれる。スーツが移動するにつれて、天井のレールに沿ってクレーンも移動する。


 一歩一歩、重々しい音を立てて歩く。

 いい感じだ。今度は、何回か足踏みすることで、その場で方向を変えていく。


 今まできた道の――ほんの数メートルだが――を、今度は逆に戻って来る。

 ただそれだけのことだ。しかし、今まで陸上では全く動けなかったシェルスーツが、補助索付きとは言え、自力でこれだけ移動できたのだ。これは、利用範囲が大幅に広がったと言って良いだろう。上手くすれば、クレーンなどの設備がない場所でも運用できるはずだ。


 次は負荷テストだ。水の入った大きなポリ容器のそばに立ち、シェルスーツの手でその取っ手を握る。ペンチのような爪で挟むのではなく、五本の指で掴んだのだ。ポリ容器は二十リットル入り。ツトムの筋力では、到底持ちあがらない重さだ。


「いい感じ。感触もわかるよ」

 このあたりは、制作中の機械の腕でタリアと握手したりして確かめてはある。ただ、力を込めた時も大丈夫かどうかはテストする必要があった。

 シェルスーツの腕は、五本の指でポリ容器をしっかりと握っている。ゆっくりとその腕を引き上げた。重心が移動し、バランスを取るため片足を踏み出す。


「やった!」


 二十キロのポリタンクを、片手で軽々と掲げる。生身では発揮できないレベルの筋力。それを、このシェルスーツは与えてくれる。このスーツなら、クリスと腕相撲をしても負けないだろう。あたかも、自分がスーパーマンにでもなったかのようだ。


 ただ、制約はある。


「ツトム、電池の残量が三割を切ったで」

 ”くもすけ”が警告する。


 動けばそれだけ電池の消耗が激しくなり、活動限界が近づく。これはどうしようもない点だった。特に、今回はテスト用に小型の電池を背中にセットしている。バランスのとりやすさを考えての事だ。


 ツトムはポリ容器を地面に置くと、クレーンのレールの根元、その真下に戻った。


「じゃぁ”くもすけ”、吊り上げて固定して」


 クレーンのウィンチが巻き取られ、自重のほとんどを保持する。同時に、床の固定具が作動し、両足が固定される。


「固定完了」

 ”くもすけ”が報告する。こんな時は、流石にいつもの怪しい大阪弁は出番がない。


「オッケー、じゃスーツを脱ぐよ」


 スーツの指を操作するためのフレームから手首を引きぬき、袖口にあたる部分にあるボタンを押す。

 腰の部分のロックがカチリと外れ、上半身が押し上げられていく。同時に、ツトムは肩の部分から自分の両腕を引き抜く。


 下半身の足がかりを降り、ドックの床に降り立つと、腰のパネルを開け、青いボタンを押す。スーツの上半身が降りてきて、カチリと嵌った。それを確認し、パネルを閉じる。


「大成功だ!」

 満面の笑みでガッツポーズ。


 タリアもメイリンも、祖父のナガトも、クリスもソ・ジュヒも。みんな一斉に拍手してくれた。


「スゴイです、ツトム兄さん!」

 なぜか、ジュヒが一番盛り上がってる。


 ナガトがツトムの肩に手を置いて言った。

「まさか本当に作ってしまうとはな。大したもんだ」

「今度は耐圧試験をしなきゃね。”のちるうす”に乗せて」

 祖父はうなずいた。


「明日、また調査潜水に出るから、その時にやろう」

「やった! じゃあ、早速用意するね」


 背中の電池を、水中用のMg空気電池と液体酸素タンクのバックパックに交換する必要がある。加えて、各部の点検もだ。やるべきことは沢山あった。


* * *


「スーツの点検と装備変更も終わったし、あとは明日、潜るだけだね」

 かた焼きそばを食べながら、ツトムはナガトに言った。


 作業が終わると、おなじみの高雄亭でちょっと遅い夕食となった。

 ソ・ジュヒは遅くならないうちに帰ったし、クリスとメイリンは店のバイトだ。なので、席についているのは身内の三人。サリアはナリアが熱を出したので、家にいる。


 ナガトはビールを一口あおると、ツトムに答えた。

「うむ。シェルスーツが二機あれば、今まで受けられなかった仕事もできるようになるからな。大助かりだ」


 そこに、タリアが話に加わる。

「でも、車みたいに届け出とかは要らないの? 車検、て言うんだっけ」


 利発な娘の言葉に、ナガトは微笑んだ。

「まぁ、もっと普及して沢山の人が使うようになったら必要になるだろうね。自動車だって出来たばかりの頃は、免許すらなかったんだから」

「へぇ、そうなんだ」


 タリアはピンとこないらしいが、仕方がない。

 自動車が普及しだしたのは百年以上も前の話だし、人が運転する個人所有の車自体、フローティアにはほとんどない。


「車の運転だって、公道を走る時だけだよ、免許がいるのは」

 ツトムがタリアに説明する。

「道じゃない荒野とかなら、親が子供に運転させる事もあるし。サーキットで子供がバイクで走るレースもあるんだ」

 自分ではやらないにせよ、メカ好きのツトムはこの手のムダ知識を結構貯め込んでいる。


 その時、店のドアが勢い良く開いた。


「いらっしゃい!」

 メイリンが明るく声をかけるが、そのまま固まった。

 入口の方を向いて座っていたので、ツトムは店内を見回す男と目が合ってしまった。


 ゾッとするような冷たい目だった。


「どうした、ツトム」

 ナガトは入口に背を向けていたので、男の眼光に気づかなかったようだ。ツトムの視線をたどって振り返った時には、男はもう立ち去っていて、ドアが閉まるところだった。


 ツトムの隣にいたタリアは、店内の間仕切りで入口が見えなかった。それでも、ツトムの様子が変なのに気付いて、テーブルの上の手に自分の手を重ねる。

 ツトムの手は細かく震えていた。


「ツトム……」

 気遣って声をかけようとした時、入口からメイリンが猛スピードで下がってきた。


「見た? 今の男。めっちゃ睨んでたわ!」


 柄の悪い男なら海浜区にも沢山いるが、今のは全く異質だった。いかにもこう……人を平気で殺しそうな。


 ……嫌な感じ。こういうのは、調べておかないと。


 空いている方の手で、メガネのつるから小型マイクのアームを引き下ろす。

「”くもすけ”、今店を覗いて行った男の顔、出せる?」


 メガネについているカメラは常時作動していて、過去三十秒間を動画で再生できる。


「おう、これやな」

 メガネから網膜に投影され、画像が出た。


 スマホを取り出して、そちらに画像を映す。拡大して焦点位置を調節すると、目つきの鋭い男の顔がアップになった。


「誰だか分かる?」

「ちょいまち」

 ”くもすけ”がネット上の画像を検索する。


「公開されとる情報には該当があらへんな。つまり――」

「不法滞在者?」

 ツトムの言葉に、画面の隅で”くもすけ”のCGが首を振った。


「それでも学校や仕事に着いていれば、なんやかやあるもんや」

 クリスたちとも違う、というわけだ。


「ようするに、つい最近この島に来た、ということやな。それも、こっそりと」

 普通に船や”はまつばめ”で来れば監視カメラなどに映る。それが無いと言うことは、密航だ。


「随分と穏やかじゃないな」

 ナガトがつぶやいた。

 ツトムと”くもすけ”のやり取りから、彼は何か良からぬ事が動いていると察した。


「今夜はそろそろ帰宅した方が良さそうだ」

 家族を見回して、彼は言った。


 ツトムは食べかけのかた焼きそばを見た。食欲は失せている。


 ナガトが伝票カードを取り上げ、二人を連れてレジに行こうと立ち上がった時だった。


 再びドアが開いた。反射的にメイリンが声をかける。

「いらっしゃ……シャオミン?」


 入ってきたのは孫暁明ソン シャオミンだった。兄の暁文シャオウェンに肩を貸している。いつもは冷たい印象の少女が、今は疲れと恐怖で顔をこわばらせていた。


「お願い、メイリン……助けて。兄さんが」

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