第25話 鉄人? Mg人?(中編)
前回のあらすじ
・シェルスーツ、完成。
・シャオミンが「助けて」。
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店では迷惑になるので、ナガトは孫兄妹をAIビークルに乗せ、研究所に運んだ。心配してついてきたメイリンとツトムたちは、もう一台の車だ。
ナガトは事務室のソファにシャオウェンを横たえた。上着を脱がせ、具合を見る。元海自だけあって、緊急処置の訓練は受けていた。
「右足をくじいているな。折れてるかもしれんが単純骨折だ。あとは打撲が数か所。頭は打っていないようだ。ツトム、そこの棚から救急セットを」
「うん」
ツトムが持ってきた救急セットから湿布薬を取り出し、ナガトは手当を始めた。
兄の怪我が大したことがないとわかり、シャオミンは気が抜けたのかその場にへたり込んだ。
タリアが声をかける。
「シャオミン、こっちへ。今、お茶を入れるから」
テーブルを挟んだもう一つのソファに座らせる。
「これ、とっさに店から持ってきたの。良かったら食べて」
お土産用に箱に詰められた麻球だった。餡をピンポン玉くらいに丸め、胡麻で包んだものだ。ショックを受けた時は、甘いものと暖かいお茶に限る。
「ありがとう、タリア、メイリン。私……」
今まで決して仲が良いとは言えなかったのに、こんなに気遣ってくれる。シャオミンの頬に涙が伝った。
「いいのよ、何か酷い目に合っているみたいだし。放っておけなかったわ」
タリアがお茶の湯呑をテーブルに置きながら言う。
小さく礼を言って、シャオミンは湯飲みに口を着けた。
その隣に腰掛け、メイリンは尋ねた。
「落ち着いてからでいいから、何があったか教えてくれる?」
シャオミンはうなずいた。
「夕方、家にいきなり銃を構えた男たちが踏み込んで来たの」
その時の恐怖がよみがえったのか、シャオミンは両手で顔を覆った。
「無理に話さなくてもいいわよ」
タリアが反対側に腰掛け、シャオミンの肩に手を置く。
「それって、この男?」
救急処置の手伝いが終わったツトムが、画像を表示したスマホを差し出した。
それを見て、シャオミンが凍りつく。
「そう……男たちの先頭に立って、指示をしてたわ」
ツトムはふと疑問に思った。
「でも、君んちには、護衛みたいな人たちがいたよね?」
浜辺で最初にあった時、単なる荷物運びの使用人にしてはごつい体つきなので、そう見えた。
シャオミンは首を振ってうつむいた。さらに涙が滴る。
「グルだったんだわ。あいつらが男たちを家に入れたの」
膝の上の手が震える。メイリンが自分の手を重ねた。
「警察や先生には?」
メイリンが声をかけると、シャオミンは首を振った。
「真っ先にスマホを取り上げられたの。護衛のはずのあいつらに。それで、兄さんと私をバスルームに閉じ込めて、しばらく家の中に、物を壊したりひっくり返す音が響いたわ」
「良く逃げられたね」
ツトムもできるだけ優しい声で言った。
この兄妹にされたことは水に流そう。太平洋一杯の水に。
「兄さんが、配管スペースから逃げられるはずだって。パネルをはずして、そこから。真っ暗な中を何メートルも梯子を昇ったの。怖かった」
「昇った?」
ツトムの問いに、シャオミンはうなずいた。
「下へ行っても、外には出られないからって」
確かに、簡単にそんなところから出入りできたら、セキュリティも何もあったものじゃない。
「シャオウェン、よくそんなことを」
メイリンが感心したように言う。
治療が終わって、今、彼は向かいのソファに寝かされている。足には添え木代わりの定規が当てられ、テーピングされていた。その傍らで、ナガトは腕組みして子供らの話を聞いていた。
「兄さん……こうなることを予期していたみたい」
二人の家族が中国にいられなくなった理由は、ナガトに聞いてツトムも知っている。
シャオミンによると、かなり早い時期に父親だけを残して、母親と兄妹はアメリカに移住していたらしい。ちなみに、家族と資産を海外に逃がして、父親が裸一貫で国内に残って仕事を続けるため、「裸官」と呼ばれる。
しかし、ある日突然、その父親とも連絡が取れなくなった。危険を感じた母親は、同時期に脱出していた姉夫婦を頼って身を隠すことにしたが、逃亡生活を子供にさせたくなかったのだろう。あれこれ手を尽くし、二人をフローティアに移住させたのだ。
シャオウェンがそうした事情を理解していたなら、万が一のことを考えていてもおかしくはない。高圧的な態度だったのも、不安の裏返しだったのかも。
……ただの威張りんぼじゃなかったんだな。
少し見直した。
「屋上に出る出口は、内部からは簡単に開いたけど、兄さんが閉めたら取っ手も何もなくて開けようがなかったわ」
そこから泥棒が入って来ることはなさそうだ。少し安心するツトム。
シャオミンはポツポツと話し続ける。
「で、屋上をかなり走って、灯りの消えてる家のバルコニーをつたって道路に降りたんだけど、その時、兄さんが足を痛めてしまって……頼れる人もいなくて、ただメイリンのお店がここにあるのは知ってたから……」
ナガトが口を開いた。
「それでここまで来たのか。相当無理をしたな」
話の内容から、相手が非合法な連中なのは確かだ。本来なら警察に通報すべきだし、シャオウェンの脚は医者に見せた方が良いに決まってる。問題は、男たちが武装しているという点だ。
フローティアの警察は日本国内と同じだ。警官の拳銃は小口径で六発のリボルバー式しかない。予備の弾は持ってないから、撃ち尽くせば終わりだ。
「男たちは何人で、持っていた銃がどんな形かわかるかい?」
なるべく穏やかな声で尋ねるが、シャオミンは首を振るだけだった。
すると、その時。
「男は六人。持っていた銃はノリンコのNR-08と92式手槍」
傍らのソファから声が上がった。いつの間にかシャオウェンは目を覚ましていたようだ。
この少年は武器にも明るいようだ。やはり男の子だな、とナガト。
「しかし、それじゃまさに特殊部隊だな」
ノリンコは中国の武器メーカーで、NR-08はドイツ製のH&K MP5という短機関銃のコピーだ。装弾数は最大三十二発。92式手槍はオリジナルの半自動拳銃で二十発、こんなのを相手にしたら警官の殉職者が大量に出てしまう。
もちろん、今は単なる民間人でしかないナガトなどは、さらにひとたまりもない。先ほど高雄亭に現れた男の様子では、この一帯をしらみつぶしに探しているのだろう。ここに来るのも時間の問題だ。下手をすると、通報して警官隊が駆け付けるより早いかもしれない。
そんなことを考えていると、事務所のドアが激しく叩かれた。ナガトは眉をひそめ、ツトムは飛びあがった。
「外に物騒な連中がおりまっせ」
スマホから”くもすけ”が伝えてきた。
ナガトの事務机にあるPCのモニタに、ドアの外の男たちが映し出された。その中の一人は、確かにスマホに映し出された人相に間違いない。
「ツトム、みんなを連れて奥へ行ってくれ。ここは俺がなんとかする」
ナガトの指示に、ツトムはうなずいた。
「シャオウェン、立てる?」
体を起こすのに手を貸す。体格が良いだけあって重い。
……シャオミンはよく、こんな兄を支えて高雄亭まで来れたな。
ちょっと感心するツトムだった。
ツトムたちが奥のドアに消えるのを確認して、ナガトはインターホンに向かって話した。
「ああ、こんな時間に何の御用ですか? 営業時間はとっくに過ぎてまして――」
「人を探している。ここを開けろ」
単刀直入だな。しかし、そう易々と中に入れるわけにはいかない。
「済みませんが、名乗りもしない者を入れるほど不用心でもありませんので」
「怪しい者ではない。児童福祉課の職員だ。施設から逃げ出した子供を探している」
極限の怪しさだ。
「どんな子供ですか?」
なるべく間を持たせないと。
「十二、三歳くらいの男女の兄妹で、中国系だ。ここに連れ込まれたと言う証言を得ている」
「ふーむ。いや、心当たりはありませんな」
「なら強制執行に訴えるぞ」
ふぅ、とナガトはため息をついた。
児童虐待の嫌疑があれば強制執行もあるだろうが、目撃証言だけでいきなりはあり得ない。
「無茶も良いところですな。お引き取りください」
突然、ドアに閃光が走り、乱暴に開けられて男たちがなだれ込んで来た。
皆、銃を手にしており、先頭の男の銃口からは煙が出ている。サイレンサーを取り付けた短機関銃だ。
最後の一人はカメラを構えて室内を撮影している。
「いきなり発砲とは物騒ですな」
銃を突きつけられてもナガトは平然としている。
「おまえ、ただの民間人ではないな」
リーダー格の男の眉がつり上がる。
「昔、海自にいましたが、今は民間人です」
答えるナガト。その時、男たちの一人が声を上げた。
「隊長!」
もう正体を偽るつもりもないらしい。そうなると面倒だ。死人に口なしとなる。
「これを!」
男は応接セットのテーブルを指差していた。お茶の湯飲みと麻球の箱、そして救急キット。
隊長と呼ばれた男はナガトを問い詰めた。
「他にも誰かがいるのだろう。隠すな!」
「孫たちが遊びに来ていただけですよ」
隊長は食い下がる。
「この救急キットは?」
「孫が転んで膝を擦りむいたのでね」
湿布薬の包装紙などを片付けておいて良かった。
その時、ナガトのスマホに着信があった。ツトムからだ。戸口の監視カメラは工房のPCでも見れるから、こっちの状況は知っているはず。
「孫からです。出てもよろしいかな?」
しばし考えた後、男は答えた。
「スピーカーモードにしろ。余計なことは喋るなよ」
ナガトはスマホをタップした。
「ああ、ツトムか。どうしたね?」
スマホのスピーカーからツトムの声が響いた。
「あのね、おじいちゃん。明日の航海の準備、しちゃおうと思うんだけど、良いかな? 例の機材を積み込むから、クレーンを使うけど」
準備ならもう済んでいる。残るのは。
なるほど、とナガトは微笑んだ。やはり、賢い子だ。
「ああ、頼むよ」
「うん。十分ほどしたら来て。じゃあね」
通話は切れた。
十分だけ引きのばしてくれ、か。
隊長が詰め寄る。
「航海とはなんだ?」
「うちの業務で、フローティアの浮体構造の点検をしてます」
鋭い目つきが険しくなった。
「船があるのか?」
「なければ仕事になりませんから」
そらっとぼけるナガトに、隊長はなおさら険しい視線を向ける。
「見せてもらおう」
ナガトの目が細くなった。
「うちの孫たちに、そんな野蛮なものを向けて欲しくありませんね」
隊長が凶悪な笑みを浮かべた。
「お前を殺してから行っても良いのだぞ?」
「それでは困った事になるでしょう。あなたのボスが」
どうやらナガトの強気は、海自で鍛えた肝っ玉と言うだけではなさそうだ。
「……どういうことだ?」
あまりこの手は使いたくないのだが、とナガトはため息をついた。
「私の名は駿河ナガト。海自の潜水艦”はるしお”の元艦長だ。連絡がつくなら、すぐに問い合わせると良いだろう」
意外な成り行きに隊長は戸惑ったようだが、すぐにスマホを取り出してどこかにかけた。早口の中国語で言葉を交わすが、ナガトの名前と”はるしお”ははっきりと聞き取れた。
「……よろしい。武器はしまう。お前らに危害は加えないと約束しよう」
隊長が目くばせすると、男らは銃を背負った鞄に仕舞った。
ナガトは時計をチラリと見る。あれから十分は経っている。
「いいでしょう。では、こちらへ」
男たちを引き連れて、ナガトはドックへ続く扉を開いた。
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