第26話 鉄人? Mg人?(後編)
前回のあらすじ
・悪い奴ら来る
・おじいちゃん、何者?
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「おじいちゃん、その人たち誰?」
ツトムが目を丸くして見せた。ナガトも話を合わせる。
「ああ、港湾局の人たちだ。明日の航海の前に、”のちるうす”や設備を確認したいそうだ」
ナガトがツトムにしか見えないようにウィンクした。ツトムがにっこり笑う。
「へぇ、そうなんだ。でも、今は工房の中は見せたくないなぁ」
男の一人がツトムに近寄り問いただした。
「工房というのは?」
「あっちのパネルで囲ってある部屋です。僕の工作の機材が置いてあるんですけど、今はちょっと……」
「どうしたのかな?」
ナガトが聞くと、さっきの真似で、祖父にだけ見えるようにウィンクをしてきた。
「例の駆除剤をクレーンで積み込もうとしたら、一つ落としちゃって。ごめんなさい」
なるほど、床の一部が濡れていた。
「それでもって、メイリンが」
「メイリン? 中華系か?」
別な男の一人が割り込んだ。
「ああ、ええそうですけど、でもって蓋が弾けて――」
「見せてもらおう」
男は強引にドアを開けた。
中にいたのは、下着一枚のメイリンだった。その横でタオルで髪の毛を拭いてあげていたタリアが、そのまま固まってる。ツトムは顔をそむけて見ないようにしていた。
「――彼女が液体をまともに浴びちゃって、着替えてるんだってば」
「キャー! エッチ! ヘンタイ! ロリコン!」
ちょっと理不尽な罵倒と共に、メイリンはそばにあったカップの中の液体を、男の顔に浴びせかけた。
「うわぁぁあ! 目が! 目が!」
激しくムスカる男。
カップの中身はツトムが飲み残したレモネードだ。ラッキースケベで見開いた目に入れば、しみるのも当然。
「……こっちはいい。船の方を見せてもらおう」
うずくまる部下を放置して、隊長は”のちるうす”に向かった。
ドックに浮かぶ黄色く塗られた潜水艇は、船体中央部の機材搬入ハッチが開いていて、内部が見えるようになっていた。普段はシェルスーツが格納されるスペースだが、今はツトムが運び込んだ駆除剤のポリ容器が積まれている。
「中も見たいのだが」
隊長が告げる。
「はい、こっちです」
艇首の司令塔から下に降りる。そこからハッチをくぐって、操縦室、キャビン、作業室へ。
「この駆除剤というのは?」
「ダイオウイカが、この船を天敵のマッコウクジラと勘違いして襲ってくるんです。でも、これを撒けば逃げていくんで」
ツトムが説明役を務める。
「ふむ……」
隊長は部屋の奥にも小さなハッチがあるのに気付いた。
「この向こうは何があるのかね?」
「電池室です。Mg空気電池と液体酸素タンクがあります」
「ここもあけてくれ」
「えー?」
ツトムは祖父の方を向いた。
「明日、すぐ潜るから、もう加圧しちゃってるよ?」
「そうだったな」
ツトムに応えて、ナガトは男の方に向き直る。
「あー、この向こうは点検整備の時しか入らないので、百気圧になってます。耐圧殻になっていないので、それで潰されないわけです。空けるには時間をかけて圧力を下げる必要があります」
隊長はまだ疑惑が捨てきれないようだ。
「もう一度加圧するのも時間かかっちゃうよ。タリアも疲れてるし」
スマホで時刻を確認する。そろそろ十時になる。
「済みませんが、子供らはもう寝る時間なので」
ナガトの言葉にしばらく考えていると、機材搬入ハッチから部下の声が降って来た。
「隊長、港湾への出入口ですが」
ドックの奥には、船で貨物を運びこむための大きな扉がある。ツトムの”工房”も、そこから入れたのだった。
「どうした?」
「南京錠がかかってます」
「南京錠?」
意外にもローテクな言葉に、隊長は
ナガトが答える。
「内側から施錠すれば、外から破られる心配はないので。鍵は私だけが持ってますし」
ベルトのキーホルダーを見せると、一応、隊長はうなずいた。
「今、この船が出入りする水門は開くのか?」
ツトムは
「開かないよ。荷物を積むためにドックの水位を下げてるから」
外の海面からの水圧がかかるため、出航時のように満水にしないと開かないのだ。水位を上げるのなら外の海水を入れるだけで済むが、下げるためにはポンプで汲みだす必要があり、かなりの時間がかかる。
しばらく考えたのち、隊長はうなずいた。
つまり、この建物自体が密室だ。自分たちが押し入った玄関以外に出口は無い。
「良いだろう。これで引き上げる」
「お仕事、ご苦労様」
ツトムが微笑みかける。
隊長は何とも言えない微妙な表情だった。
* * *
男たちが引き上げると、ナガトは入口のドアを眺めてため息をついた。
「このドアの修理代は、誰に請求すればいいやら」
とりあえず閉めておき、ツトムたちの待つドックに引き返す。
「で、あの子らをどこに匿ったのかな?」
メイリンの着替えが終わって、工房のドアは開いている。タリアも出てきたので、中には誰もいない。
「こっちだよ」
ツトムは”のちるうす”の作業室へ向かう。
「”くもすけ”、まずこの駆除剤をどかしてくれる?」
「了解や」
船外のクレーンが作動し、ウィンチが巻き上げられた。パレットに載った駆除剤のポリタンクが引き上げられていく。そして、ドックの床へ降ろされる。
「あれ、臭いはなかったけど、酷い味がするわ」
メイリンがツトムを睨む。
「ゴメンよ。積んだのは”くもすけ”だけどさぁ」
祖父に向かっても。
「あれ、あとで片付けるからね」
祖父にそう言うと、続けて”くもすけ”に指示を出す。
「じゃあ、床を開いて」
作業室の床が左右に割れ、船外へのハッチが見えてきた。
「次はハッチを――」
「ちょいまち」
”くもすけ”が遮った。
「他のハッチを閉じて加圧せんと、水没してまうで」
「あ、そうだった」
自分の頭をコツンと叩き、てへへペロする。
全員でキャビンに移動し、ハッチを閉じる。
「資材搬入ハッチ、閉じてくれる?」
「閉じたで」
……いつの間にか、”くもすけ”が船を自由に操っとるな。
セキュリティ的に不味い気もするが、なぜか不安は感じないナガトだった。
「じゃ、加圧しよう」
ツトムの言葉に応じて、ポンプの音が響いて来る。
浮上中なので、船底の深度は三メートル程度だ。一・三気圧なら、すぐに加圧も終わる。
「”くもすけ”、頼むね」
「任せとき」
壁のモニターに画像が映し出される。
作業室のクレーンが、船尾側に退避した位置から中央へ戻り、ウィンチがフックの着いたワイヤーを床のハッチの中に垂らした。
しばらくすると、再びウィンチが巻き上げられ、ナガトのシェルスーツが引き上げられてきた。
それが壁際に下がると、もう一台のクレーンが作動し、次のシェルスーツ、ツトムが制作した方が引き上げられた。
そして船底のハッチが閉じ、床が閉じる。シューっと音がしてエアが抜かれ、作業室は1気圧に戻った。
「ありがと、”くもすけ”。じゃあ、中に入ろうか」
皆、ハッチをくぐって作業室へ戻る。
「まず、シャオウェンの方から出してあげて」
”くもすけ”に命じると、ツトムのシェルスーツが”くもすけ”の遠隔操作で動きだした。
”くもすけ”スーツは、もう一体のナガトのスーツに歩み寄った。こちらは腰のところで分離し、上半身が引き上げられていった。
中から現れたのはシャオウェン。ぐったりとしてはいるが、意識はちゃんとあるようだ。
「ほな、シャオウェン出るで」
”くもすけ”スーツがシャオウェンの体を抱き上げる。
……やっぱり、五本指にして良かったな。
さすがに、二本の爪で挟まれるのは痛すぎる。
同時に、天井の資材搬入ハッチが再び開き、フックの着いたワイヤーが降りてきた。
「ナガトはん、ここだけ頼むわ」
流石に、両手にシャオウェンを抱えていては、フックを固定することはできない。
「いいとも。ご用命のままに」
長身のナガトなら、脚立などなくても十分に届いた。
「おおきに。ほな、先に陸に上がっとるやさかい」
シャオウェンを抱えたスーツが、資材搬入ハッチから外へと引き上げられていく。
「じゃ、僕らも行こう」
司令塔のハッチから外へ出ると、”くもすけ”シェルスーツはシャオウェンをドッグの床におろしたところだった。
「さあて、お嬢はんも出なはれや」
”くもすけ”の言葉と共にスーツが腰のところで分離し、シャオミンが現れた。疲れた様子ではあったが、穏やかな表情だ。
スーツから出るのに手間取っているので、ナガトが抱き上げて降ろしてやる。
「……ありがとうございます」
ナガトに例を言うと、今度はツトムに向かって深々と頭を下げた。
「ツトム、本当にありがとう。助かりました」
「まぁ……できることをしたまでさ」
ちょっと照れるツトム。
「ツトム……」
足元からも声がした。
「ありがとう。……俺は……今まで……」
ツトムはしゃがみこんで言った。
「色々、辛かったみたいだね」
シャオウェンの双眸から涙が溢れた。
「……一人で、妹を守っていかなきゃ、と思ってたんだ。なのに」
「シャオウェンは立派だよ。シャオミンを連れて脱出したじゃん」
ツトムの言葉に、シャオウェンの嗚咽が重なった。
そのツトムの肩に手を置き、ナガトは言った。
「ツトムも良くやったな。俺の自慢の孫だ」
満面の笑みのツトム。
そこへ、”くもすけ”が。
「お取り込み中悪いんやけど。そろそろ電池が切れそうやで」
「あれ? 今はケーブルで給電してるよね?」
分割したままのシェルスーツを見上げる。
「わてやないで。後ろのお二人さんや」
ベンチで、メイリンとタリアが肩を寄せ合ってうつらうつらとしていた。無理もない。もう十一時近いし、今日は色々ありすぎた。
「おじいちゃん、これからなんだけど」
「うむ、そうだな。まず、メイリンを家まで送って、お前たちも帰ると良い。俺は今夜、こっちに泊まろう」
ナガトの言葉にうなずいて、ツトムは言った。
「でさ、いっその事、明日の航海に連れ行こうかと思って」
「ほう」
確かに、潜水艇の中は一番の隠れ家だ。寝台を引きだせば、歩けないシャオウェンも問題ない。
「良いだろう。なんなら、連中がここから引き上げるまで隠れていればいい」
「……本当に、よろしいのですか?」
シャオミンが瞳を潤ませて言った。
ナガトもツトムもうなずく。
「ほな、にーちゃんの方はわいが運んだろ」
シェルスーツの上下が合わさり、体をかがめるとシャオウェンを抱き上げた。そのままクレーンで”のちるうす”へ向かう。
「じゃあ、僕らは帰るね」
タリアとメイリンを抱き寄せて、ツトムは言った。それこそ両手に華だが、二人とも眠くてぐにゃぐにゃな上に、ツトムは思春期前だ。
「ツトム、ありがとう」
シャオミンがパッと駆け寄ったかと思うと、顔を寄せてきた。
むちゅ。
唇に、暖かくて柔らかい感触。
……え、え、これって?
シャオミンはそのまま、”のちるうす”の中に消えていった。
「……じゃあな、ツトム。お休み」
……おじいちゃん。何なの、その生温かい笑みは。
両手に抱えた二人は、既に半分以上、夢の世界だ。
もし起きてたらと思うと、戦慄するツトムだった。
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