第19話 彼氏彼女と彼の事情?(前編)

前回のあらすじ

・深度三百メートルの閉じ込め事案発生

・地球温暖化対策にはならなそうな視線

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「こんなこともあろうかと!」


 技術屋なら、一度は吐いてみたいセリフ。

 いつも身に着けている腰のポーチから、愛用の工具一式を取り出す。ついでに、スマホに繋ぐ有線高速ネット用の接続アダプタも。

 そして白い息を吐きかけ、かじかんだ両手をワキワキ動かして血を通わす。


 まず、潰れた制御卓の金属板を切り取り、ケーブルを固定するための金具を手早く作る。

 次に、プラグの根元で光ケーブルを切断し、断面を磨いて接続アダプタの端子に直付けした。


 ……よし、疎通テストだ。


 スマホの接続端子の蓋を取り、接続アダプタをつなぐ。コンソールアプリを起動し、コマンドを打ち込んでみる。スマホの画面にコマンドの実行結果が流れていく。


「やった!」

 思わず声が出る。


「なななに、どうしたの?」

 背中のタリアが震えながら問いかけてきた。

「ようやくネットにつながった」

「ほんと? じゃあ、助けを呼びましょ!」

 喜ぶタリアだが、ツトムはいま一つ浮かない表情だ。


「……どうやら、閉鎖クローズドネットらしい」

 つまり、このネットは外に繋がっておらず、助けは呼べない。

 一気にしおれてしまうタリア。


 ツトムが接続先一覧を見た限りでは、この施設の機器制御だけを目的に、それらを繋いだだけの物のようだった。いくつか外部のネットと中継しているらしい機器も出たが、当然それらは高度なセキュリティでガードされている。ガードを破れないわけではないが、その前にタリアが寒さで限界だ。


 ……だったら、一般の機器は……


 ノーガードと言うわけだ。

 要するにハッキングだが、手段を選んではいられない。


 いくつか試したところ、この竪穴空間の天井にあるLED照明を見つけた。コマンドを送ってみると、頭上百メートル以上で小さな明かりが点った。この距離では気休め程度の明るさだが、真暗闇よりはずっとましだ。


 ……よし、それならば。


 さらに探すと、エレベータの制御機器が特定できた。探り当てたコマンドを送信する。

 ガクン、と床が動きだした。


「な、なに? エエエレベータ?」

「うん、これで出られるね」

 まだまともに喋れないが、それでも徐々に気温も上がってきている。


「やったね、ツトム!」

 タリアが力いっぱい抱きついて来た。ツトムの貧弱な骨格がギシギシ悲鳴を上げる。

「タ、タリア! ギブギブ!」

 やがて、エレベータは天井近くまで来て停止した。


「あとはドアの鍵か」

 制御ネットにはそれらしい機器が無い。どうやら、ごく普通の機械的な錠前らしい。


 ツトムは立ちあがった。

 タリアも一緒だが、この時ようやく、彼の背中にしがみついていたことに気が付いた。慌てて、真っ赤になって離れる。


「ピッキングの真似事なんてしたら、叱られるかな」

 誰にかは、あえて言わなかった。


 今度はドアの前にひざまずき、腰のポーチからファイバースコープのユニットを取り出すと、スマホのレンズにセットした。次にドリルを取り出し、錠前のあるはずのドアの表面に穴を穿った。

 ファイバースコープの先端を穴に刺しこみ、スマホのカメラ機能をONにする。

 そろそろとファイバーを送り出す。画面には内部の複雑な機構が映し出される。


「磁石を併用した奴か。面倒だな」

「……そんなの、どこで覚えたの?」

 さすがにタリアも、若干引き気味だ。


「どこって……普通、そこに機械があれば分解してみるだろ?」

 男の子とはそう言うものだ。

 などとつぶやきながら、ファイバースコープの先端についている超小型マニピュレーターで錠前を固定している仕掛けを外していく。


「よし、開いた」

 ファイバーを引き抜くとポーチにしまい、取っ手を捻る。ガチャリ、とドアはあっさり開いた。

「行こう、タリア。みんな待ってるよ」


 ……若干、二名を除いてだけどね。


 少女の手を引いて、ツトムは通路を駆けだした。


* * *


「ツトム! タリア! どこ行ってたの? みんな心配してたのよ!」

 メイリンが二人の手を掴んでブンブン振りながら言う。


 その隣でソ・ジュヒもウルウルだ。

「もう、ツトム兄さん居なくなっちゃうから、心配で心配で……」

 色々あったが、基本は優しい子らしい。


「ごめんよ、施設の説明文を読んでたら遅れちゃって」

 半分くらいは嘘な言いわけ。しかし、ミカ先生も含めて、大多数は納得してくれた。その方がはるかにありがたい。


 もちろん、若干二名は別だ。あの閉鎖空間もかくや、と言うくらいの冷たい視線を送ってくれる。


 ……これって、地球温暖化対策にならないのかな。


 つい、そう思ってしまうツトムだった。


* * *


「おじいちゃん、ちょっといいかな?」

 夕食の後、ツトムは祖父のナガトに話しかけた。


「学校のクラスメートのことなんだけど」

 食後の日本茶を飲んでたナガトは、湯飲みをテーブルに置いて答えた。

「うむ。”くもすけ”から聞いている。あっちで話そうか」


 ……一体、いつの間に”くもすけ”の奴。


 リビングから二階に上がる階段の奥は、椅子と小さなテーブルがあるスペースとなっていた。観葉植物が眼隠しとなるので、こんな話をするのに向いている。


 二人がそこに座ると、サリアが入れ直したお茶をテーブルに置いて、すぐに下がった。


 ツトムが座ったのは窓側の席だったが、振り返るとすぐに窓で、千メートルの下界が広がってる。既に日が落ちて真っ暗だが、海浜区の明かりが弧を描いていた。

 高所恐怖症でなくても、ちょっとゾクッとする。


「さて、どこから話すかな」

 ナガトはしばし言い淀んだ。


「シャオウェンたちのことだよね?」

 ツトムの言葉にうなずくナガトだが。


「まずは孫兄妹だな」

 と言うことは、他にも何かあるんだろうか。


「あの二人は随分とお前のことを……というか、日本を敵視しているようだが」

「うん。昔の戦争のこととかでしょ?」

「それもあるが、もっと最近のことだろう」

 意外だった。


「日本って、戦争はしてないよね?」

 いくら興味がないとは行っても、そのくらいは分かる。


「経済戦争というやつだ」

 ナガトは続けた。

「かつて中国は、世界の工場とか、世界経済の牽引車とかもてはやされていた。お前が産まれる少し前のことだ」


 日本にも中国からの旅行客が大ぜい訪れ、家電をはじめ大量に買い物をしていた時期があった。いわゆる「爆買い」である。


「だが、それも長続きしなかった。経済を回すために無理な政策を進めたため、貧富の格差は広がり、環境汚染が進み、石油や石炭も大量に消費していたので、温暖化の元凶などと世界中から批判が高まった」


 そこでナガトは言葉を切り、問いかけた。


「酷い国だと思うかい?」

「……うん」

 ツトムはうなずいたが、続いたナガトの言葉に絶句した。


「だが、程度の差はあれ、日本も似たようなものだったんだ」

「え?」


 ……日本も?


「日本は長いこと不況にあえいでいた。そのため、かなり無茶な政策を行い、格差の拡大も温暖化も止められずにいた。違いと言えば、大気や河川などの汚染が悪化しなかったくらいだな」

「……」

 ツトムがまるで知らなかったのは、必ずしも授業を聞いてなかっただけでもない。この手の現代史は、なかなか授業で取り上げてくれないのだった。


「だが日本では、以前から海外からの批判は聞き入れて来た。いわゆる『外圧』という奴だな。そのためある時、様々な研究が一気に進められ、ついに画期的な技術が実用化された」

 時期的に、ツトムが生まれてすぐのころだ。そう、技術の話なら分かる。


「それって、Mgマグネシウム電池?」

 ツトムの言葉にナガトはうなずいた。

「それも含めた、マグネシウムの精錬とリサイクルの技術全般だ。その集大成が、このフローティアだと言える」


 太陽光を使って海水からマグネシウムを作れるようになったため、価格が一気に下がり、鉄よりも安価になった。燃えやすく腐食しやすいという点を克服した合金も開発された。

 そしてMg空気電池である。太陽エネルギーをマグネシウムの形で缶詰にし、安定した電力として取り出せる。これのおかげで化石燃料はほとんど不要となった。


「海水からマグネシウムを生産するとき、副産物として真水もできる。物凄く大量にな。これが、温暖化で乾燥が進む国々、たとえばオーストラリアに受け入れられた。国土の大半が荒れ地なので、太陽光もふんだんにあるしね。そのため、Mg合金はどんどん作られた。このフローティアが建設されるくらいに」


 気になったので、ツトムは聞いてみた。


「フローティアには、どれくらい使われたの?」

「そうだな。ちょっと待てよ」

 胸ポケットからスマホを取り出し、電卓にして計算する。

「基礎だけでざっと千五百万トンだな。中央タワーとかを含めるとその倍かな」


 途方もない数字にツトムが呆然としていると、ナガトは苦笑した。


「それでも、鉄の生産量はツトムが産まれたころの日本だけで一億トンを超えていた。中国などはその八倍だな」

 スマホで検索しながらナガトは話した。


「それが今、Mg合金に切り替わったんだね。……あれ?」

 話していて、気がついた。


「おじいちゃん、中国で今、Mg合金を生産してる?」

 ナガトは微笑んだ。

「ツトムは賢いな。まさにそこなんだ」


 スマホをしまうと、ナガトは話を続けた。



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