第9話 ビーチでビッチがブッチ?

前回のあらすじ

・おじいちゃん無双。

・ツトムの春休み工作が決定。

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 ツトムは、シェルスーツを脱いで操縦席に戻った。


 真ん中のシートにタリアが寝そべって、次第に明るくなって来る海中を眺めていたが、体を起こして話しかけて来た。


「ツトム、もう見学は良いの? お茶にする?」

「うーん。今はいいや」

「そう……」

 残念そうなタリアに、ツトムはなんだか済まない気がした。


「ごめんね、ちょっとやりたいことがあって」

 そう言うと、ツトムはスマホを取り出して描画ソフトを起動し、ラフスケッチを描き始めた。


* * *


 しばらくして、”のちるうす”は浮上した。

 すると、デイバッグから”くもすけ”の大阪弁が流れて来た。


「今度こそお帰りやな。海の中の旅はどうやった?」


 ツトムは居住船殻の寝台に座り、折り畳みテーブルに向かってスマホを弄ってた。デイバッグはその背もたれに吊るされている。ツトムの向かいにはタリアが座っていた。

 スマホの画面だけでは手狭なので、紙にもスケッチを描きたくなったので、こっちへ移動してきたのだ。


「うん、死ぬかと思った」

 ツトムの返事に、ウサギの耳のようなセンサが、二三度振られた。


「なんや、穏やかやないな」

「ダイオウイカに襲われたけど、おじいちゃんが撃退してくれた」

 耳センサがピッとツトムの方を向いた。


「ほな、ナガトはん男を上げなはったな」

「うん。シェルスーツで出撃してね。でも、僕が着ると腕一本動かせないんだ」

 少々、ツトムは意固地だ。


「ツトムはまだ子供やから」

「だから、僕でも動けるスーツが欲しいんだ」

 スマホで描いていたラフスケッチを、”くもすけ”に送信する。

 しばらくして、”くもすけ”は喋り出した。


「こりゃまた剛毅やのう。こんだけの資材と部品、オヤジはんの遺産も消し飛ぶで」


 分厚いMg合金殻で覆われるシェルスーツだ。材料費だけでかなりの額になる。加えて、関節部のロータリージョイントなどの自作が難しい部品も、このサイズとなるとかなり値が張る。


「だって、欲しいんだもの」

 ツトムは言い出したら聞かない性分だ。

 実現できる技量と知識。加えて、亡き父が残してくれた貯金。意志と能力と資金があれば、不可能はない。


「……まぁ、いいんとちゃう? オヤジはんも言っとったしのう」


 人に迷惑かけなければ、何でもやってみろ。

 人に喜ばれることなら、ためらうな。

 病床の父が、ツトムに遺した言葉だ。


「あのスーツがあれば、僕もおじいちゃんの仕事を手伝える。」

 そんな二人の会話を、タリアは飽かず眺めていた。


* * *


 さて、夏である。季節は春だが、赤道直下は年中無休で真夏だった。

 ツトムが浜辺のビーチパラソルの下で横になっていると、タリアが近づいてきた。


「ツトム、サンオイル塗ってあげる」


 浜辺には色とりどりの水着姿が溢れかえっていたが、タリアが来ているのは濃紺のスク水だ。卒業した小学校の物らしく、胸のところには「6―2タリア」と名札が縫い付けてある。


 ……それはまだいいんだけど、なんで両手をワキワキさせてるんですか、タリアさん?


 そもそも、なんでビーチにいるかと言うと――。


 あれからツトムは二度ばかり祖父の調査航海に同行した。シェルスーツが実際に使われる場面をその目で見、研究所に帰ってきてからはそれを弄り倒し、分解できるところは徹底的にばらして、スマホで写真を撮りまくった。

 来週、船便で送った「工房」の機材が届けば、すぐにでも製作に取り掛かれるほどだ。既に材料や部品も発注済みだ。


 タリアの方は、あのダイオウイカの件がこたえたのか、その間はお留守番だった。

 一方、ツトムは返ってきても自室に引きこもってばかりで、タリアはなかなかかまってもらえない。


 そうして不満を溜めこんだ彼女は、遂に妹のナリアを味方につけ、連合軍を結成したのだった。


「ツトム、うみいこう! うみ!」


 幼女パワー全開でナリアが領海膝の上侵犯するに乗る。こうなると交戦権のないツトムは手も足も出ない。


「ああ、ナリア、その画面に触っちゃ駄目ぇ!」

 ナリアにペチペチされて、タブレットの設計データがいくつかお亡くなりになった。


「なんとかしてよ”くもすけ”!」

 安保条約の発動を依頼するも、”くもすけ”は馬耳東風と聞き流した。いや、こいつの場合はウサ耳か。


 ……まったく、元は子守ロボだろうが。子供のいたずらを止めるのも役目だろうに。


 それを魔改造したのはツトム本人なのだが。


 そこへ、タリアが入ってきた。主力部隊の到着だ。


「部屋にこもってばかりじゃ不健康よ。外で体を動かさないと」


 折角すぐそこに海があるのに、ビーチで遊ばないとはもったいなすぎる。反論の余地のない正論に、ツトムはしぶしぶ同意したのだった。


 が、「水着なんて持ってないよ」と断ろうとしたのだが、どうしたことかひっくり返したデイバックの底から海パンが一枚出てきたではないか。ちなみに、ひっくり返したのは”くもすけ”だ。


「こんなん一緒にあったで」

 と差し出したのはメモ用紙。

 母マコの字で「楽しんでね♡」と書かれてた。下手人はオマエか。


 海パンは去年の夏に水泳の授業で使ったものだ。濃紺で「6―4ツトム」と名札が縫い付けてある。これを見てタリアが「お揃いね!」とはしゃいで、自分のスク水を引っ張りだした。


「ナリアもー!」

 母のサリアにせがんで、黄色いフリルのついた水着に「1―1なりあ」と縫い付けてもらった。ナリアは三歳だから年齢詐称が甚だしいが、「可愛いは正義」という愛娘無罪に守られている。


 さらに、今度はサリアまで戦線に参加してきた。真っ白でシンプルなビキニが小麦色の肌に映える。メリハリのついたボディーラインと比べるのは、タリアたちが気の毒なほどだ。


 仕事中のナガトを除くと、一家総出でやってきたビーチ。フローティアの外縁を幅五百メートルで取り巻く、人工の浅瀬だ。

 海水浴日和ではあるが、毎日がそうなので、人出はそれほどでもない。あちこちにビーチパラソルの花がまばらに咲いている。


 この浅瀬は、人工島の基部から伸びたフレームに弾力性のある膜を張ることで作られており、さらに外海の海面から十メートル持ちあげられている。この水圧によって、押し寄せる波の力を吸収すると言う役割も持っているのだった。


 その砂浜でツトムは今、常夏の太陽の下、タリアとナリアにうつ伏せに組み伏せられていた。背中全面にはサンオイルが塗りたくられている。


「あっ、ちょ、ちょっと。海パンの中まで塗らなくていいから!」

 そこへ、サリアまで参戦してきた。

「だめよぉ、紫外線は意外としみこむのよ」

 それなら、濃紺の海パンより白や黄色のサリアやナリアの水着の方が問題なはずだが。いくらUV対応とは言え。


「はい、今度は前の方を塗りましょうね」

「ま、前は、自分でやるから!」

 ツトムの抗議も空しく、サリアに両手を押さえられ、タリアに馬乗りにされてヌリヌリされる。


「ダメだってナリア! そこは引っ張っちゃだめ~」


* * *


 ツトムの体を後ろも前もテカテカにした挙句、ナリアがスイカ割りをしたいと言うので、女性陣は準備のため離れてくれた。


 しばらく魂が抜けて「もうお嫁にいけない」などと意味のわからないことをつぶやいていたツトムだが、正気を取り戻すと相棒に文句を言った。


「”くもすけ”酷いや。少しは助けてくれよ」

 返事がない。おや、と思って良く見ると、頭部のLEDが赤く点滅していた。


「まさか、熱暴走?」

 ”くもすけ”のボディは防水ではないので、朝、家を出る前に、ビニール袋を接着剤でつないだカバーでくるんでおいた。”くもすけ”用の水着みたいなものだ。しぶきがかかった程度なら大丈夫と思ったが、中に熱がこもってしまったらしい。


 やがて、もの凄く間延びした大阪弁が聞こえて来た。

「ツトム……なんや……わての体、反応が……にぶいで」

 AIはクラウドにあるから、ボディの電子素子が熱暴走しても影響ない。しかし、通信がもの凄く遅くなっているようだ。


「まってて。ビニールのカバーを外すから」

 手早く剥ぎ取って行く。CPUのある背中は、触れないほど熱くなっていた。もう少し遅れたら、ビニールが焦げ付いていたかもしれない。


「あー、ツトムが”くもすけ”をおそってる~」

 ナリアの声に四つん這いで突っ伏すツトム。


 ……一体、どこでそんな言葉を?


 幼児向けのネット規制を強化すべし。ネタとして流れていた「非実在青少年の人権」とやらに、今なら賛成してしまいそうだ。

 視線を感じて顔をあげると、ナリアの横でタリアがジト目になっていた。


「違うよ、”くもすけ”が熱ダレしたから、風を当ててるんだ」

 精一杯抗議するが、柳に風と流された。


「まぁ、いいわ。スイカ割りの準備できたから、来て」

 タリアとナリアに両手を引かれ、ツトムは砂浜を連行されて行った。その後ろを”くもすけ”がひょこひょことついて行く。


「ちょいまち~な。砂の上やから上手く歩けへんのや~」

 たちまち離されてしまう。


 砂浜の上にビニールシートが敷かれ、その上に良く冷えたスイカが置かれていた。これは、砂浜の入り口の木陰に、クーラーボックスに入れておいたものだ。叩く棒は野球バット。別名は「粉砕バット」だ。

 目隠しをして一番乗りなのは、もちろん、やりたがってたナリアだ。バットはちょっと重いらしく、それだけでふらふらする。


「はい、回すわよ~」

 サリアが娘の肩を掴んでくるくる回す。

「うわぁ、目が回る~」


 小さい頃はこの手の好きなんだよね。と、ちょっとツトムは遠い目に。最後に親子三人で海水浴をしたのは、父が病魔に倒れる前だった。もう五年以上たつ。


「こらこら、わてはスイカやないで~!」

 ”くもすけ”が悲鳴を上げて逃げるが、砂に足が潜ってうまく進めない。その後ろをフラフラとナリアが追いかける。


 バス! と、くもぐった音を立ててバットが砂に打ちおろされる。かろうじて”くもすけ”はかわした。

「ひ~、ツトム助けて~な~」


 ツトムは傍らのタリアに向かって囁いた。

「ナリアのスイング、あれ絶対わざとやってるよね?」

 モナ・リザ並みの謎の頬笑みで返すタリア。


 しかし、あのバットが直撃すると、”くもすけ”のボディはひとたまりもない。修理と言うより、ゼロから作り直した方がマシなくらいに。仕方ないので、ツトムはナリアに駆け寄った。


「ナリア、スイカはこっちだよ」

 と、後ろから近づいたその時。ナリアが目いっぱい、バットを振りかぶった。

 そして重さで後ろによろめき、バットはツトムの脳天を直撃した。


「うが~!」

 頭を抱えてうずくまるツトム。

「あれ~? ツトムどうしたの~?」

 まわれ右して、ナリアは今度はツトムを追いかけだした。


「ふぅ、あやうくスクラップになるところやったわ」

 その後ろからついていく”くもすけ”であった。ツトムを助ける気は、相変わらず無いらしい。

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