第10話 くもすけ大活躍?
前回のあらすじ
・美女連合の勝利。
・ツトム、お嫁に行けなくなる。
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なんとかナリアをスイカまで誘導し、粉砕させることに成功。
へとへとになりながら、ツトムは砕けたスイカにかぶりついた。冷たくて美味しい。思いがけず走り回って、喉も乾いていた。
ふと気がついて、サリアに聞く。
「このスイカも、フローティアの畑で栽培したもの?」
さし渡し二キロの人工の大地は、大半が農地となっていた。内訳は、水田と畑が半々。常夏と言うだけあって、三毛作も可能だと言う。その畑には様々な作物が育てられており、スイカもあったはずだ。
「そうね。でも、おいしいのはやっぱり植物工場の作物ね」
中央タワーの花弁都市より下の部分は、何層にも重なる水耕栽培の植物工場で構成されている。海洋温度差発電の副産物で生じる、大量の淡水をくみ上げ、都市で生じた生ゴミや汚水を肥料に変え、ほぼ無菌状態・害虫の存在しない環境で作物を育てている。降り注ぐ日光は、光ファイバなどで取り込んだものだ。平野の自然農場に比べるとやや値が張るが、品質は断トツ。
食べ終わった後は、子供らは波打ち際で水かけっこ。濡れたらアウトな”くもすけ”は、ビーチパラソルの下からサリアと見守る。
「平和やのう」
さっきまで熱暴走やナリア暴走にやられていたのに。
「”くもすけ”さんは、AIなんですよね」
サリアの問いに、”くもすけ”はしばしその顔をじっと見つめてから答えた。
「そうや。ツトムのお父はん、セイジが作りはったんや」
サリアの手が、”くもすけ”の背中をなでた。
「ああ、そこ……触感センサがついてるんや」
気持ちいらしい。兎の耳のような頭部のセンサがだらんと下がった。
「セイジさんって、どんな方だったんです?」
「どうっていうても、わてが目覚める前やからな、亡くのうたの」
セイジの死後、ツトムが受け継いだクラウドのアカウントで”くもすけ”を起動したのだから、当然だった。
「残された記録を見る限り、学者としては優秀やったようやな。ツトムの話しぶりからも、良きお父はんやったようや」
「そうですか……」
つぶやくサリアを見上げて、”くもすけ”は言った。
「そう言えば、セイジはおはんの義理の息子になるんやなぁ」
サリアがツトムの祖父ナガトと再婚したのは四年前。五年前に他界したセイジとの接点は無い。かなり晩婚だったセイジは、ナガトから見ても弟という感じだった。もし今生きていたら、自分より年下の義理の母に何を思うだろう。
そうした考察は、”くもすけ”のAIに人間存在に関する
* * *
やがて陽は傾き、ツトムたちは荷物をまとめてゴミを拾い集め、家路をたどる。
そして、いつものようにAIビークルをスマホで呼び、乗ろうとした時だった。
「それはこっちが呼んだクルマだ。どけ!」
いきなりの怒声。声変わり前の甲高い少年の声だった。
びっくりしてツトムが振りかえると、海パンの上にアロハシャツをまとった少年が仁王立ちしていた。
容姿はアジア系で、歳の頃はツトムやタリアと同じくらいだが、背は比較的高い。体重はさらに増量だ。その傍らには、やはり同い年くらいで顔立ちの似た少女が立っていた。こちらはずっとスリムで、紅色のビキニに黄色いパレオを巻いている。
その二人の背後には、三人の成人男性が立っていて、足元には大量の荷物があった。
「シャオウェン! これを呼んだのはツトムよ!」
スマホを持ったツトムの腕を掴み、タリアが少年に付きつけた。
「知るか! 戦犯国の家族が何を偉そうに!」
タリアにシャオウェンと呼ばれた少年は、構わずにツトムたちを押しのけて車に歩み寄る。突き飛ばされたナリアが歩道に尻餅をついた。
「ナリア!」
ツトムが抱き上げると、怪我はないようだが、びっくりしたのか泣きだした。
「おい、さっさと荷物を運びこめ」
背後の男たちに命じる少年に、つかつかと歩み寄るサリア。
バシッ。
炎天下なのに、その場が凍りつく。
平手打ちされた頬を押さえ、シャオウェンは目を見開いてその女性を凝視した。実の母親にも殴られたことがないのに、こんな……こんな。
「この土人女!」
拳を振り上げた時、どすの利いた大阪弁が響いた。
「やめんかこのクソガキ!」
声は足元から。”くもすけ”だ。
「……なんだこんなガラクタが!」
蹴飛ばそうとしてヒラリとかわされ、今度はシャオウェンが尻餅をついた。そのそばに”くもすけ”が近寄り、さらに追い打ちをかける。
「ざまないのう。いいか、あんさんの行いは全部録画してるで。これ以上おイタするなら、ネットで公開したる。名前から住所も何も丸わかりや」
少年の目が激しい怒りに燃える。しかし、何も言わずに立ち上がると、吐き捨てるように言った。
「こんなところにいられるか! おい、行くぞ」
後半は背後の少女と男たちに向けてだった。
足早に立ち去る少年の後を少女が追い、その後を大量の荷物を抱えた男三人がついていく。
ぐずるナリアをサリアに渡すと、ツトムはタリアに訪ねた。
「誰? あいつ。知ってるの?」
タリアはうなずいた。
「男の子は
……中国か。なんか知らないけど、昔っから日本や日本人を目の敵にしてるよね。
ネットでもそんな話題が良く流れているみたいだった。さっぱり関心がないツトムでも知っているくらいだから、相当なものだ。
「いつもあんな風に威張り散らしてて、本当に嫌んなっちゃう」
タリアは憤懣やる方なしだ。その様子では、クラスでもかなり嫌われていたようだ。
「それにしても、サリアの平手打ちにはびっくりしたなぁ」
幼い娘を突き飛ばされたのだから、あれぐらい怒っても当然だ。それでも、普段のほほんとしているサリアからは想像できないような激しさだった。泣き疲れて眠ってしまったナリアを抱いて、今は微笑んでいる。
母は強し、だな。そうツトムは思った。自分の母も、自分のためにあんな風に怒ってくれるだろうか。
一同は、騒動の間も辛抱強く待ち続けたAIビークルに乗り込み、今度こそ家路を辿る。
その車内で、ツトムは腕に抱えた”くもすけ”について考えていた。
あの時、”くもすけ”は機転を利かせてその場を収めてくれた。しかし、それはもうAIの範疇を超えていないだろうか? 今回は、間違いなくツトムたちのためにしたことだが、あんな風にAIが人間を脅迫したりしたら、果たして止めることはできるだろうか?
膝の上の”くもすけ”を見る。一日駆け回ったので、電池が残り少なくなって節電モード、つまり居眠りしている。
しかし、クラウド上の”くもすけ”は眠ることがない。そのAIを構成するプログラムやデータは、他のシステムと同様、クラウド上のサーバに分散され、常に移動しバックアップも作られている。スイッチ一つで停めるなんてことは無理だ。
つまり。”くもすけ”を強制停止させたければ、全世界のネットを同時に落とすしかない。
……お父さんは、何のために”くもすけ”を、このAIを作ったんだろう?
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