第11話 工房は筆を選ぶ?
前回のあらすじ
・天敵あらわる。
・誰がために”くもすけ”はある?
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翌週、ツトムの「工房」がようやくフローティアに着いた。
祖父ナガトが研究所にしている倉庫の一角を、潮風を防ぐパネルで囲み、大容量の電力線を引いて機器を設置する。ナガトに手伝ってもらって丸一日の重労働だったが、ツトムは大満足だった。
早速、PCを立ち上げてタブレットから設計データを送り込む。モノは当然、シェルスーツだ。ツトム専用のカスタマイズ品となる。
「うーん、やっぱり画面が大きい方がはかどるな」
CADにしても、一度に複数の方向から見た図を出せるから、効率が段違いだ。
注文しておいた材料も一部届いているので、早速、3Dプリンタにかけてみた。何本ものレーザービームがプリンタの筺体内をスキャンし、吹きつけられた金属粉を溶着させる。次第に複雑な形状の部品が造形されていった。
ひとたび造形が始まると、しばらくやることが無くなる。久しぶりにメカマニアのSNSでも覗こうかと思った時に、工房のドアがノックされた。
タリアだった。
「うわぁ、凄いわね、ここ」
十畳ほどのスペースに所狭しと置かれた機材に、タリアは目を丸くした。
「あ、そこは直接覗いちゃダメだよ。目がつぶれる」
3Dプリンタに近づこうとしたので、ツトムが警告した。レーザーが当たったところは高温になるため、強い光を放つのだ。ツトムから渡された黒ガラスの保護バイザーをかけて、タリアは中を覗いた。
「へぇー、どんどん形が出来てくるのね」
「普通の3Dプリンターは一本のレーザーでやるんだけど、こいつは五本同時で造形出来るんだ」
生前の父が、大枚はたいて特注した機材だ。よく「弘法は筆を選ばず」と言うが、実際には道具が良ければ作業も早まる。
「通常の三倍のスピードだよ。赤くないけど」
タリアには色とスピードの関係が分からなかったが、そんなものなんだと流すことにした。
「お、やってるな」
ナガトが戸口から覗きこんだ。事務仕事が溜まっていてサリアに連行されていたのだが、なんとか脱出できたようだ。サインが必要なところだけ、先に埋めてきたという。要するにメクラ判だ。
「パパ、ツトムのが凄いの。赤くないけど三倍だって!」
「……ああ、うん。それは凄いな」
娘の言ってることはさっぱり分からないが、なんとなく元ネタに心当たりが有るのは、きっと時代がそうさせるのだろう。
「ところで夕食なんだが、サリアがまだ書類の山と格闘しているんで、ナリアを連れて外食して欲しいそうだ」
どうやら、サリアは今日は遅くまで缶詰となるようだった。誰かさんの身代わりに。
「パパ、そんなに書類を溜めちゃダメでしょ!」
「いやホント、面目ない」
娘にまで叱られてしまうナガト。なんだか物凄く共感してしまうツトムだった。
特に、夏休みの最後の週とか。泣きべそをかきながら、漢字書き取りをしたあの夜……。
興味があることには天才的な理解力を発揮するツトムだったが、興味が湧かない物はさっぱりだった。特に漢字。技術の解説書などを必要に迫られて読むため、結構難しい漢字があっても理解できるのだが、書く方はさっぱりだった。読むほうも、漢字を画像として認識して意味と結び付けているので、音読できないものすら沢山ある。
国語そのものも、説明や解説の文章ならいいが、文学作品などは大の苦手だった。「この場面での主人公の気持ちは?」なんて聞かれると、「作者に聞けよ」と言いたくなってしまう。
ツトムにしてみれば小学校の算数などタルい限りで、複雑な文章題、特に「つるかめ算」など連立方程式でさっさと解いてしまう。しかし、小学校で習わない解き方は不正解にするのが学校教育だったりする。
そんなわけで、学校の成績も非常にムラがあって、母親のマコは何度も学校に呼び出されたものだ。
しかし、マコはあっけらかんとして言い放った。
「今も将来も、やりたい事ができるアタマが有るなら、何の問題もないでしょ?」
とはいえ、母親からは宿題はきちんとやれ、と釘を刺された。「下らないと思っても、みんながやってることを一人だけサボるな」と言うわけだ。
「ツトム~! ごはんいこ~!」
ナリアの声に、一気に現実に引き戻される。入り口でナガトが抱き上げてくれたからいいが、あの子がここに入ってきたら危険が危なすぎる。
「よ、よしご飯だね。すぐ行こう、今行こう!」
「お、今度は人間の飯時かいな」
”くもすけ”が工房の隅の充電器から起き上がって、こちらに歩いてきた。
「満タンになったかい?」
「ぎょうさん溜まったでぇ。アンペアが多いとあっという間やな」
電力線を引く工事で、ついさっきまでここでは充電できなかったのだった。
ツトムはナガトとタリアに聞いた。
「この辺で食べるとなると、やっぱり高雄亭になる?」
ここへ来た初日に行って、危うく腹がはちきれそうになったことを思い出す。流石に、あそこまで食べるのは無茶だ。
「コスパは最高なんだがな。中華が嫌なら他にも色々あるぞ。少々歩くようだが」
ナガトは馴染の店の名前をいくつか挙げた。
食べ物の話をしていたらやたら腹が減ってきた。考えたら、昼は碌に食べて無かった。こうなれば、常識的な量ならどこでもいい。
「高雄亭にしよう。ただ、特盛りの裏メニューはナシで」
良く考えたら、食べきれなければ残せばいいのだし、ある程度残すのがあちらのマナーだったりする。が、母親の教えはそうそう覆せないのだった。「もったいないオバケ」に朝までうなされるのは真っ平だ。
相変わらず書類と格闘中のサリアを残して、一同は高雄亭へ。
今回はなんとかツトムも常識的に満腹の範囲で収まったが、帰りにサリアのためのテイクアウトを頼んだので、少し待つことに。そこへ、看板娘のメイリンがやってきた。
「まいどご贔屓に。料理はいかがでした?」
「うん。美味しかったし、量もちょうど良かったよ」
キミが特盛り裏メニューを発動しなかったからね、とは思っても言わぬが華だった。
「ねぇねぇ、メイリン。ツトムが凄いのよ!」
タリアはどうも、親友に自慢したいらしい。”工房”のことを話して聞かせる。
「へー、そんな凄い機材が揃ってるんだ」
タリアの話は半分も理解できなかったが、「凄い」と言うところだけはメイリンにも分かった。
……まぁ、タリアの理解も大差ないようだけどね。
「揃えたのはお父さんで、形見としてもらっただけどね」
ツトムの言葉に、メイリンは目を見開いた。
「え、じゃあツトムのお父さんって……」
「五年前に癌でね」
メイリンとタリアが、ちょっとお通夜ムードに突入。
「いや、気にしないでよ。お父さんは最期に『いつも一緒にいる』って約束してくれたんだ。泣いてたら、お父さん天国で立場無くなっちゃうから」
「セイジはんが、雲の上で落ち込んどるで」
ツトムの言葉に”くもすけ”が被せると、メイリンは思わず噴き出した。
「よく言うやろ? 『笑う門にはフクキたる』とな。別にそれまで裸だったわけやないで!」
誰もそんなことゆうておまへんがな、となぜか心の中で突っ込んでいるツトムだった。
* * *
翌朝のキッチンでは、タリアが奮闘していた。
サリアは結局、高雄亭のテイクアウトを食べた後も書類仕事が終わらず、徹夜になってしまったらしい。朝一番で役所に提出するので、今は仮眠中だ。当然と言うか、ナリアも一緒に母親と寝てる。
タリアの方も頑張った甲斐あって、トーストとスクランブルエッグとトマトの輪切り、なんとか真っ当な朝食が用意できたようだ。
「いただきまーす」
手伝いもせず食べるだけとなったツトムは、ちょっと肩身が狭い。となりで神妙な顔の祖父も一緒らしい。
「お味はいかが?」
黙々と食べる二人をテーブルの向こう側から眺めながら、タリアは言った。
「うん、美味しいよ」
ちょっと冷めてるのは、まだ手慣れてないからだろう。そう思って牛乳と一緒に飲みこんだ。
「それで、今日はどうするの?」
かまって光線を盛大に放射しながら、タリアが聞いてきた。
「う、うん。まずは”工房”に行って、次の部品の造形を仕掛けたいな。今日は細かい部品を沢山作るから、一日潰れちゃうと思う」
「……そうなんだ」
タリアは残念そうだ。
「春休みも今週で終わりだし。フローティアで行ってない場所、沢山あるでしょ?」
「うん……」
彼女の言う通りではある。
ただ、ツトム的に行きたい場所は、多分タリアとは違うメカメカしいところなのだが。
それに、シェルスーツも休み中に作っておきたいんだよなぁ。と思っても口にはしないツトムだった。結構、コミュスキルが上がってきたようだ。
さらにスキルを発揮してみる。
「じゃぁ、細かいのは明日に回して、今日はちょっと大きめのを仕掛けておくよ。そうすれば時間もできるし」
すると、タリアは満面の笑みで答えた。
「ほんと? じゃぁ、サイクリングとかどう? いろんなコースがあるのよ」
というわけでこの日の午後は、島の田畑や沿岸部のマングローブ林の中のサイクリングコースを、チャリチャリ走ることになった。ちなみに、チャリであってチャラチャラではない。思春期前だからして。
翌日。
以外に運動量が多くてツトムの脚は筋肉痛だったが、工房で細かいパーツを次々と造形させて行くのには問題なかった。親指の頭くらいのサイズが十個と、単三電池くらいが五個。そしてもう少し大きい平たいもの。
「よし。これで、とりあえず作りたい部分のパーツが全部そろった」
これからは楽しい楽しい組み立てタイムだ。
「ねぇ、これって何になるの?」
「まぁ見てなって」
タリアの問いを受け流して、部品同士をネジで留め、組み上げていく。やがて、タリアにもそれが何か分かったようだ。
「ツトム、これって……」
「そうだよ。やっぱり、スーツにはこれがなくちゃね」
組み上げた「それ」を、昨日造形させた直径二十センチほどの球体に取り付ける。その内部にも複雑なフレームが組み込まれていた。
「出来た!」
球体の開口部から電源のケーブルを差し込み、そのまま内部のフレームに手指を差し入れる。
球体の外側から生えているのは、金属製の手だった。ツトムが内部で手をひねると、金属の手首がひねられる。指を曲げ伸ばしすればその通りに動いた。いわゆるマスタースレーブ制御だ。
そのまま、そばのテーブルの上にある昼食のサンドイッチの残りに手を伸ばす。金属の手はサンドイッチを潰すことなくつまみあげた。掴んだ時の僅かな抵抗が、フレームを介して指先に伝わってきた。
「これだけ軟らかいものを掴んだ感触が分かれば、安心だね」
サンドイッチを皿に戻して、タリアに向けて金属の手を差し出す。
「タリア、握手だ」
恐る恐る手を差し出すタリア。金属の五本の指は当然ながら冷たかったが、意外にも優しく彼女の手を包んでくれた。
「次は強度だ。力を込めても大丈夫かな?」
もちろん、試すのはタリアの手ではない。テーブルの上にある、飲みほした炭酸飲料のアルミ缶だ。金属の手で掴み、ぐっと力を入れる。くしゃり、と軽い音を立てて缶は潰れた。
「今度はこっち。結構丈夫なんだけど、どうかな?」
コーヒーのボトル缶。比較的肉厚な金属製で、素手で潰すのはかなり厳しい。しかし、金属の手はあっさりと握りつぶした。
「おじいちゃんのシェルスーツ、手の部分がペンチみたいだったろ? あれじゃ、細かい作業は難しいよね。たとえば、紐を結ぶとか」
工作台の上からケーブルの切れ端をつまみあげ、金属の手ともう片方の生身の手で結び目を作った。
「指の動きをそのままトレースすれば、普段できることはそのままできるというわけさ」
「凄いわね、これって」
感心するタリアだが、ふと疑問に思った。
「じゃあ、なんでパパのスーツはそうなってないのかしら?」
当然の疑問だ。ツトムもそれは感じてた。
「多分、海の中だからなんだろうな。部品が増えれば故障も増える。しかも、深海での故障は命にかかわるから」
「……大丈夫なの? ツトムは」
心配そうなタリアだが、ツトムはあっけらかんとしていた。
「問題ないよ。そもそも、子供が一人で潜るわけにいかないから。必ずおじいちゃんが一緒だし。もし僕のスーツが故障しても、もう一台のスーツで助けに来れるさ」
実際、潜水士の免許の交付は十八歳だが、受験資格に年齢制限は無い。なので、有資格者の指導の下で訓練する、という名目なら、違法ではないわけだ。
その後、反対側の手や足首などの造形・組み立てをしてテストを行う内に、春休みはどんどん消化されていった。腕や脚、胴体などの大きなパーツの造形をしている間は、タリアたちに遊びへ連行されたが。
そして、いよいよ四月八日が訪れる。
ツトムがタリアと共に通う、フローティア第一中学の入学式だった。
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