第3話 家族が続々?

前回のあらすじ

・空と海のひとり旅。

・南国少女の登場。

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 ……孫じゃなくて娘? ……やっぱ、それって叔母さんって言うの? つか、おじいちゃん何してるんだよ、南の島で。


 いきなりの情報に考察が暴走。そんな隙を突かれて、ツトムは少女に手を握られた。


「こっちよ」

 タリアに手を引かれて(がっちり掴まれた。逃げられない)、炎天下を歩くことしばし。足が融けかけた”くもすけ”は、背中のデイバッグに退避だ。


「ほんでお嬢はん。いずこへ行かはるんや?」

 デイバッグの口から顔だけ出して、”くもすけ”が問いただす。近頃では、喋るロボットは珍しくない。それでも、”くもすけ”ほど人間臭い喋り方は珍しい。

 タリアの目がくりんとなった。


「はい、パパの……ツトムくんのおじいさんの仕事場です」

 思わず敬語になってしまったようだ。


 赤道直下だけに陽射しは強いが、歩道はどこもアーケードのように天蓋が被さり、影を落としている。見た感じ、天蓋は太陽光パネルなのだろう。この辺は東京でも見慣れた光景だ。


 それでも、広い車道を渡って来る風は熱風そのものだった。暑さにやられて、寝不足のツトムは少々、意識が怪しくなってきた。ちなみに、スニーカーのゴム底は何とか熱に耐えてくれてる。メイド・イン・ジャパン万歳。


 時間にすればほんの十五分程度だが、ずっとお日様のターン。

 「もうやめて! ツトムのライフはゼロよ!」な状態だった。元々細っこい体なので、このまま干物になりそうだ。


 そんな、限りなく冥土に近いブルーな空の下。

 ツトムは倉庫にしか見えない質素な建物に案内された。それでも一応、入り口のドアには看板らしい物がかかっている。


 スルガ海洋研究所。

 ツトムの祖父、駿河ナガトの仕事場だった。


「おお、ツトムか? 大きくなったなぁ」


 タリアにうながされてドアをくぐると、こじんまりとした事務所だった。その奥から立ち上がった男性が、ツトムに声をかけてきた。


 久しぶりに会う肉親の定型句だろうか。直接会うのは、ツトムの父親であるセイジの葬式以来だった。五年ぶりとなる。


 祖父のナガトは、日焼けした骨太の手で、ツトムの頭をワシャワシャと撫でた。髪の毛と一緒に、熱気にさらされた脳味噌までシャッフルされそうだ。


 駿河ナガト、六十歳。歳に似合わぬ、筋骨逞しい海の男だ。……男。


 ……男なんだな。


 傍らでニコニコしている少女を横目で見て、ツトムは何か悟った気がした。知らぬ間に大人へのステージが一段上がったみたいだ。


 娘を名乗る少女がいる以上、母親であり、妻を名乗る女性がいるわけだ。恐らく、ツトムの母、マコと同年代の。


「おじいちゃん、聞いてもいい?」

「うん、なんだね?」

「再婚したの?」

 お、冷房が効いて来たみたいだ。ツトムにとってはありがたいが、変な副作用があるようで、脇の下に冷たい汗が流れ出した。


「……それについては、きちんと説明しないとな」

 面倒なのは願い下げなんだけど、とツトムは内心つぶやいた。


「このフローティアは、地球温暖化対策の要なんだ」


 いきなりの宣言。


 ……それと再婚と、何の関係があるの?


 なんで大人って、こんなに大げさに構えるんだろう、というツトムの疑問をよそに、ナガトは話し続けた。


「日本をはじめとする先進国が、化石燃料を燃やし続けて炭酸ガスをばら撒き、地球温暖化をもたらした。その結果の海面上昇で国土を失った島嶼国を支援する義務を、日本も負っている。このフローティアが建設されたのは、住む土地を追われた人々を迎えるためでもある」


 娘のマコからの受け売りなのか、ツトムに母親の仕事をアッピールするが、どうも話題が政治の方に行くと、ツトムは関心を失う。


 ……沈んだ島のかわりに、日本は沈まない浮かぶ島を作りました。めでたしめでたし、チャンチャン、でしょ?


 ――ところが、そうはいかないらしい。


「しかし、難民をこのフローティアに迎えるにしても、自活できるかどうかは大きなハードルになるのだ」


 ハリケーンによる高潮の被害で、父を亡くしたタリアとその母親は、居住条件を得られるかどうかの瀬戸際だったらしい。そこで海自の救助活動で島々を巡っていたナガトと出会い、助けたい一心で結婚。これが四年前。


 うん。お祖父ちゃんパネェっす。

 その時ツトムの脳裏には、亡き父の愛唱歌が再生された。


 でも、俺は嫌なのさ。十二の夜……。


 いや、まだ明るいし。おまけに、盗んだバイクで走りだすには、半径1キロの人工島はちょっと狭い。数キロも走れば出発点に戻って来てしまう。

 そんな逃げ場のないツトムの前に、部屋の奥のドアから女性が現れた。


「あ、ママ。ツトムくんよ」

 タリアが女性に声をかけた。


 ……て事は、この人が……。


「あらあら。初めましてツトムさん。タリアの母のサリアです」

 思わず祖父の顔を見てしまった。サリアはどう見ても二十代の女性だ。実の娘より若い妻に、孫と同い年の娘。


「そしてこれが、下の娘のナリア」

 サリアの後ろから、よちよち歩きの幼女が現れた。母親のスカートをしっかりと掴んで、ツトムの方をまじまじと見ている。


 ひょっとしてお婆ちゃんとかに、アリアとかカリアとかいます?

 ――そんな質問は飲み込んで。


 ……このナリアって子の年齢って。


「おじいちゃん、この子って……」

「うむ。俺の娘だ。三歳になる」


 ……えーと、えーと。結婚したのが四年前だよね。


 ツトムの頭の中では、小学校の保健体育の授業内容がぐるぐる渦巻きしだした。

 オシベとメシベがフ〇ック・ユー。


「やったね”くもすけ”。家族が増えたよ」

 凄く棒読みの台詞を吐いたせいか、”くもすけ”は完全にスルーしてくれた。


* * *


 ……ただの麦茶がこんなにおいしいなんて。


 祖父の事務所にある簡素なソファーに座り、サリアが出してくれたグラスを一気にあおった。暑さにやられてたのもあるし、その後の色々な出来事でプチ臨死体験してたのもある。


「ツトムさん、おかわりは?」

 サリアが聞いて来る。


「あ、大丈夫です」

 既に何度かお代わりしていて、お腹がガボガボいいそうだ。


 しかし、この綺麗な南国のおねーさんが、自分の「お祖母ちゃん」だとは。


「ツトム、お昼ご飯がまだでしょ? 近くに台湾料理のお店があるの」

 すぐ隣に座ってお菓子とかサ~ビス・サ~ビスぅしてくれる、同じ年の女の子。自分から見ると一応「叔母さん」なんだよね。


「ツトム~」

 両膝をまたいでこちらを向いて座ってる幼女が、ツトムのほっぺたをペチペチ叩く。なぜか、これ以上なくなつかれている。


 この子も、九歳年下の、「叔母」だ。タリアは義理だからギリだが、ナリアはガチだ。何だかもう、親族を指す日本語がゲシュタルト崩壊しそう。


「一息ついたら、お昼にしよう。高雄亭こうゆうていでいいんだな?」

 祖父が、ツトムにとっての元凶が宣言した。どうしてこうなった?


 高雄亭は、祖父ナガトの仕事場のすぐそば、海浜区とかウォーターフロントと呼ばれる地域にあった。建物や看板など、日本のどこにでもありそうな雰囲気なのが、逆に面白い。


「いらっしゃいませ」

 出迎えてくれたのは、またもやツトムと同年代の少女だった。


 タリアに紹介された。

 王美玲ワン メイリン、この店のオーナーの一人娘だという。セミロングの黒髪をストレートに降ろし、店の制服をきちっと着こなしていた。

 先日卒業した小学校ではタリアの同級生で、一番の親友だという。


 学校ではかなり浮いていて、ほとんどボッチだったツトムには羨ましい限りだ。


 席に着くと、早速注文を……と思ったら、メイリンはタリアを店の隅に拉致していた。

(あの彼、タリアが言ってた子?)

(そう。パパの孫よ)


 その瞬間、メイリンが肉食的な笑みを浮かべ、ツトムは急に店の冷房が強くなったように感じた。

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