第2話 空と海とのAIだには?

前回のあらすじ

・母、いきなりの海外赴任。

・ハイテク運送屋。

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「はい、じゃあお母さんはここまでね。あとはがんばれ~」

 成田離婚ならぬ、成田子離れである。


 空港のラウンジで朝食を取ったあと、母親のマコはここから中東経由で北アフリカへ。息子のツトムはグアム経由で、赤道直下のフローティアへ。

 福島家の放任主義、ここに極まれりである。


「グアムでの乗り継ぎは、航空券のチップに刷り込んであるAIが案内してくれるから。フローティアについたら、お祖父ちゃんが何とでもしてくれるわ」


 アバウトである。「インドは西の方だよね」と船出した、コロンブス並みのいい加減さだ。とは言え、それでも何とかなってしまうのが、日本ジャパンクオリティ。

 何よりも、マコも搭乗ゲートまでは見送ってくれたのだ。母の愛情を疑ってはいけないのだ。


 ……日記にはそう書いておこう。


「ああ、そうそう。これ、機内で読むといいわよ」

 別れ際に手渡されたのは、パンフレットだった。

 カラフルな表紙に、「ようこそフローティア江」とタイトルが書かれてる。


 なんで最後が漢字? と思ったが、マコは既にずんずんと歩み去っていた。


 グアムまでのフライトは三時間ほど。早朝の第一便で飛べば、到着は昼前となる。南北の移動なので、時差もほぼ無し。


「四時間寝れば、少しはすっきりするかな」

 寝不足なまま、そうぼやきつつ。ツトムは機上の人となった。


「そう言えば僕、飛行機乗るの初めてだ」


 離陸後、水平飛行に入ってから、ツトムは気づいた。内側の座席なので、窓からの眺めも無い。エンジンの轟音以外、リニア新幹線とあまり違わなかった。


「せやな。可愛い子には旅をさせよ、とも言うで」

 まぜっかえす”くもすけ”。


 ……それ、何か違う。


 エンジンの轟音が耳について、眠れぬ機内。座席の画面で見られる映画は、どれも興味のないものばかり。

 仕方なく、母に渡されたパンフレットを取り出してみる。


「フローティアは、半径1キロの円形の人工島です、か」

 岩礁を埋め立てるのではなく、いわゆるメガフロートの大規模版で、比喩ではなく本当に海に浮いている海上都市だ。赤道の周囲を流れる海流に乗って、西へ東へとたゆたっているという。

 電子インクのアニメーションが、この洋上都市を色々な方向から描いていた。


「海に浮かぶフロンティアだから、フローティア……」

 なんとなく、名付け親が誰かわかってしまうツトムだった。


* * *


「やあ、グアムへようこそ」


 グアム国債空港に降り立つと、航空券チップ在住のAIが話しかけてきた。やたら愛そうがよくて、甲高い男の声だ。

 結局、エンジンの轟音で一睡もできなかったツトム。今度は寝不足で頭痛がしてきた。

 そこに、AIの声がキンキンと響く。


 とは言え、このAIは自動翻訳も兼ねていた。なので、英会話が苦手なツトムでも問題なく、空港を出ることができた。


「うわ、やっぱりこっちは暑いね」

 屋外へ出ると、ムッとする熱気が襲ってきた。ツトムが生れたころから本格的に騒がれていた、地球温暖化の影響だろう。


「気温は東京の真夏なみですので、ちょっと油断すると熱中症になります。お気を付けください」

 AIの方は、いたって涼しい声だ。


「真夏のグアムは、ここ数年、最高気温が五十℃を越え続けております」

 AIが快活に解説してくれたが、五十℃なんてサウナ並みだ。


「……乗り継ぎ、早く行こう」

 ツトムはチケットを握りしめて歩き出した。


 振り仰げば、抜けるような青空。ヤシの木の緑が映える。

 島の周囲はサンゴ礁、熱帯の観光地のグアムだ。本来なら、ダイビングに行きたいところだが、残念ながら次の便の搭乗時間が迫っていた。


* * *


「これ……飛行機? それとも船?」

 思わず声を上げるツトム。


 チケットのAIに導かれてたどり着いたのは、ビーチから伸びる桟橋だった。

 その桟橋の向こうには、船のように海に浮かぶ翼のある乗り物が、ツトムの搭乗を待っていた。


 チケット裏面のCG解説を見ると、海面上数メートルを飛翔する地面効果機というらしい。

 地面や海面すれすれに飛ぶと、翼との間の気圧が上がり、機体を支える力が増す。この地面効果を活かして、高空を飛ぶより多くの物資や旅客を運ぶのが、地面効果機だ。


 数年前から就航していたのだが、ツトムは興味対象以外には疎いので、知らなかった。


「”はまつばめ”、というのか」


 この便の名前らしい。プロペラ機だが、エンジンではなく電動モーターなので、音も低い。動力源は”くもすけ”にも使われているマグネシウム電池だ。


「では、わたくしはここでお別れです。またのご利用をお待ちしております」

 律儀に別れの言葉を述べるAI。

 そのチケットを係員に渡し、ツトムはタラップを上った。


 桟橋を離れた”はまつばめ”は、最初は船のように海面を移動し、やがて速度を上げて飛び立った。


 グアムから海上を南東へ千二百キロ。時速六百キロで二時間。ジェットの轟音がない分、機内は静かだった。おかげでツトムは、機内食も取らず爆睡。


「ツトム、起きいや。そろそろ着くで」

 胸に抱えたデイバッグの”くもすけ”に起こされた。


「ふわぁ……まだ寝足りないや」

 そんなツトムだが、窓から機外を覗くと一気に目が覚めた。


 水平線の向こうから、白銀色の蓮の花が咲き開くところだった。


「あれが、フローティアの中央タワーか……」

 思わず、つぶやきがこぼれた。

 別れ際に母から手渡されたパンフレット。その表紙にも描かれていた建造物だ。


 ”はまつばめ”は、ゆっくりと旋回しつつ、その塔の基部へと洋上を近づいて行った。


「きれいだな」

 文学的なボキャブラリは豊かと言えないツトム。月並みな表現だが、本心からのものだ。


 その塔は、南国の陽射しに輝く白銀の骨組みと、そこからこぼれんばかりの植物の緑で形作られていた。上に行くほど開いていく、双曲線を描くシルエット。天に向かって音楽を奏でる白銀のラッパか、蓮の花か。その建造物が、水平線の彼方から伸び上がっているところだった。


 ”はまつばめ”がフローティアの外縁に近づいた時、ツトムは身体を突きあげられるような感覚を感じた。まるで、先ほどの飛行機で離陸時に感じたような。

 その後、すぐに”はまつばめ”は高度を落とし、波静かな海面に着水した。そのままフローティアの港へ進むと、あのラッパのような中央タワーが存在感を誇示し始める。


「大きいなぁ……」

 機首の昇降口から降り立つと、思わずつぶやいてしまう。

 例のパンフレットによると、高さ千メートル、広がった頂部の半径は五百メートルだという。耐震規制が厳しい本土では、なかなか実現できない高さだ。地震などない洋上だからこそ、実現できたと言える。


 港の事務所で手続きを終えて、外に出ると……想像以上の炎天下だった。


「影がほとんどないや……」

 春分の日が数日前、時刻は正午。赤道直下の太陽は、まさに真上からジリジリと照り付けていた。影はほぼ、足元にしか落ちない。

 幸い、気温はそこまで高くない。海に囲まれた絶海の孤島なので、常に海風が流れ込むためだ。


「ツトムはん、やばいで。わてのあんよが融けそうや」

 イマイチ危機感にかける”くもすけ”の言葉だが、ツトムは慌ててその筐体を抱き上げた。


 自宅のフローリングを傷つけないよう、”くもすけ”の四肢は先端がゴムでコーティングされている。その接地面が、確かに融けかけていた。


「ここ、歩いても足を火傷しないかな……」

 スニーカーを見下ろす。そんな心配をしていると、初めて聞く少女の声が響いた。


「福島ツトムくんですか?」


 ツトムは振り返った。

 炎天下の通りの向こうから、小麦色の肌の少女が歩み寄ってきた。見たところ、ツトムと同い年くらい。


 くるりんとした瞳が愛らしい。豊かな黒髪は両耳の上でまとめられ、ツインテールとなっている。黄色い薄手のワンピースを着て、足元はサンダルだった。


 すこし硬い口調どおりに、少女の表情にも緊張がうかがわれた。


「え? ああ、はい……そうです」

 戸惑いながらも、そうツトムは答えた。


 すると、少女はパッと満面の笑みを浮かべ、一気に歩み寄るとツトムの両手を握りしめた。


「はじめまして。私は駿河するがタリア。あなたのおじいさんの娘です」

 少女、タリアの言葉に眩暈を覚えたのは、多分、陽射しの強さだけではなかったはずだ。


 ……今、なんておっしゃいました?

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