第28話 人生イロイロ?(後編)
前回のあらすじ
・ジュヒに迫られる。
・ツトム、ほうほうの体で逃げる。
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ツトムは”のちるうす”の司令塔からハッチをくぐると、梯子を両手と両つま先で挟んでスーッと下った。
最近、ようやくできるようになったのだ。一人前の船乗りみたいでカッコイイ、と自分では思ってる。
「あ、ツトム」
シャオミンが顔をほころばせ、キャビンからのハッチをくぐって来る。
本当に、彼女はあの事件以来変わった。表情が柔らかくなったし、親しみも感じる。
もっとも、気がつくと距離が近いのは困る。すっとツトムのすぐそばまで来る。ジュヒと一緒で、困る。
「ええと。この書類、二人に目を通してもらって、最後のページにサインして欲しいんだって」
鞄から出した書類を渡す。
「シャオウェン、起きてる?」
「ええ」
シャオミンはうなずいた。
「じゃ、ちょっと見てくるね」
キャビンへのハッチをくぐる。
「おう、ツトムか」
シャオウェンは、キャビンの寝台から体を起こすと声をかけてきた。
兄の方は、ぶっきらぼうな口調は変わらない。それでも尊大なそぶりはなくなったように思う。
「脚の具合はどう?」
「うん、時々痛むくらいだ」
あの後、ナガトが知り合いの外科医に往診を頼んで、シャオウェンの治療をしてもらった。幸い、骨はひびが入っただけで、きちんと固定しておけば安静にしているだけで完治するそうだ。
しかし、ナガトはどれだけ顔が広いのやら。
「痛かったら、無理に我慢しないで痛み止め飲んだ方が良いよ」
我慢強いというのか、痛みで寝られない時があるらしいと、シャオミンが言っていた。
「あの薬、胃くるんだよね……」
「ちゃんと食べなきゃ。胃が空っぽだからだよ」
シャオウェンは、にやりと笑うと腹をポンと叩いた。
「妹にも言われるんだ。食べないと痩せちゃうってね」
二人で大笑いする。
ほんとに、こんな風に二人で笑う日が来るなんて、あの事件以前では考えられなかった。
* * *
工房に入り、ドアを閉じる。
ある意味、ここが一番落ち着く。自分だけの空間だ。
PCモニタの前に座り、スリープから復帰させる。画面に”くもすけ”のCGが現れた。
「ツトム、ジュヒのこと、あないでええんか?」
しょっぱなから面倒なことを。
「どうしていいか分からないよ」
「シャオミンやて、ヘビの生殺しやぞ?」
面倒なことの追い打ちだ。
「タリアとメイリンだけでも手いっぱいだよ」
「そっちも進展あらへんやんか」
モニタの上にあるカメラを睨んだ。
「何をどう進めれば良いのさ? そんなの、十四歳でも十五歳でも一緒だろ?」
画面のCGが肩をすくめた。
「自分の気持ちや。ツトムは誰が一番好きなんや?」
モニタの前に突っ伏す。
「だから、それが一番分からないんだって」
好き、というならみんな好きだ。クリスやシャオウェンだって好きだ。友達だ。
可愛い、となると男子は除外だけど、そうなるとナリアも可愛いし。
思春期前だからなんだろうか?
と、モニタにウィンドウが開いた。研究所入口のカメラだ。
「タリアか」
もう部活が終わる時間か。
ため息をついて、ツトムは立ち上がった。
* * *
事務所に着くと、タリアが待っていた。
「帰宅したらまだ帰ってないんで、パパに電話したらこっちにいるって言うから」
制服から着替えていて、今日は水色のワンピースだった。いつものツインテールの髪に、大きな紫色の花を挿していた。ワンピースの色とあってるな、とツトムは思った。
「うん、僕もそろそろ帰ろうと思ってたんだ」
祖父に手を振って、タリアを伴って外へ出る。
空は見事なグラデーションの夕焼けだ。そこに天に向かって咲く花ような中央タワーのシルエットが映える。
ここにきてから毎日のように見る光景。見慣れていても、飽きることはない。
同じ夕焼けを見上げながら、タリアは言った。
「わたしね、思うの。フローティアに来れて、本当に良かったって」
こちらを見て微笑む。
「ツトムにも会えたし」
……それなら同じだ。
「僕も。来て良かったよ。タリアに……メイリンやクリス、ジュヒ、シャオウェンやシャオミン。みんなに会えたから」
タリアは吹きだした。
「いっぱい、いるわね」
「ナリアやサリアもね。久しぶりに会えたおじいちゃんも」
みんな大事な人たちだ。だから、その中の特別な一人に選んで欲しい、と願われるのが困る。
AIビークルに乗って、中央タワーへ。窓を開けると、心地よい夕暮れの風が入ってきた。どこかの家で夕食の支度でもしているのか、潮の香りに混ざって料理の匂いも漂ってきた。
傍らのタリアを見ると、髪に飾った花が飛ばないように、片手で押えている。
「やだ、何見てるの?」
恥ずかしそうなタリア。
「その花……」
「これ? さっき家を出る時、玄関先に咲いてたの」
「きれいだ」
「花が? それともわたしが?」
「両方」
素直な気持ちでそう思う。
タリアは顔を染めて恥じらう。
「今日、ジュヒの家に行ったんだ」
「……そうだったわね」
「ジュヒもきれいな子だと思うんだ」
「……そうね」
沈んだ表情になるタリア。
ツトムはため息をつくと、話を続けた。
「でも、僕はまだきっと子供なんだ。きれいだ、可愛いと思っても、それ以上、何かしたいって感じない」
「何かって……たとえば?」
……答えにくいことを聞いてくるな。ひょっとして狙ってる?
タリアの方を見たが、ちょうど夕陽が逆光になって、表情が分からない。
「たとえば……キスとか?」
シャオミンが一瞬思い浮かんだ。あれってやっぱり、それなんだろうか?
でも、びっくりしただけだった。
「ツトムは……それでいいと思う」
タリアがつぶやくように言った。
「わたしたちはこれから、少しずつ大人になっていくんだから」
そうだよね。きっとそうなんだ。
……でも、その時僕は、誰を選ぶんだろう。
そして、誰かを選ぶことは、他のみんなを捨てることになるの?
この先ずっと、一生、今のままでいちゃいけないんだろうか?
* * *
玄関を開けると、奥のリビングからナリアが飛んできた。
「ツトム~!」
フライング幼女アタックが直撃し、ツトムはナリアを抱えて尻餅をついた。
「た、ただいま、ナリア」
「ほら、ナリアもちゃんと挨拶しなきゃ」
タリアに言われて、ナリアはツトムの胸に頭をグリグリしながら言った。
「ツトム~おかえり~」
「はいはい、ちょっと降りてナリア。起き上がれないよ」
幼い子は成長が早い。ツトムも成長期のはずだが、どうもナリアの成長率には敗色濃厚だ。
「あらあら、ナリアったら。ツトムさんが潰れちゃうでしょ?」
エプロンで手を拭きながら、サリアがキッチンから出てきた。
「あ、おじいちゃんは少し遅れるって」
と、ツトム。
ようやくナリアが降りてくれたので、起き上がって靴を脱いだ。
「あの兄妹だけだと大変だから、あとで差し入れ持って行こうかしら」
気遣うサリアに、ツトムは伝えた。
「今夜は、高雄亭から二人のために出前を取るって。シャオウェンも怪我を治すために、食べないとね」
「そうなの、良かったわ。さ、食事できてるわよ」
ツトムはタリアと二人で両側からナリアの手をとり、ダイニングへ向かう。
* * *
食事の最中、ツトムはふと二人に聞いてみた。
「そう言えば、ここに来る前にいた島って、どんなところだったの?」
タリアが聞き返した。
「あら、話したことなかったかしら」
「うん」
タリアは目を閉じて思い描くように話しだした。
「小さなサンゴ礁の島なの。まっ青な海に囲まれてて、周りにも大きな島はなくて、ヤシの木が生えた小さな丘と、私たちの住む村があったの」
そんなタリアに続いて、サリアが懐かしそうに話し出した。
「それでも、そのうち外国の研究所ができて、ちょっと人が増えたのよね。私はその研究所に事務員として雇ってもらえて、そこで前の主人……タリアの父親、タリムと出会ったの」
「え、タリアのお父さんってミクロネシア系じゃなかったの?」
ツトムは声を上げた。
サリアは微笑んだ。
「ミクロネシア系よ、ハワイ出身だけど。苦労して向こうの大学を出たと言ってたわ。海が大好きで、学部もその関係で。ハワイの海も好きだけど、観光客が多すぎるから、手つかずのサンゴ礁を探してたんだ、って言ってたわ。で、私たちの島に来たの」
「へぇ……」
タリアが大事にしている貝殻を海で採ったと聞いたから、てっきり漁師みたいな仕事だと思ってたけど、学者なんだ。
「確か、ハリケーンだったよね、その……お父さんが亡くなったのは」
タリアは黙ってうなずいた。
「酷い被害があったわ」
サリアが続けた。
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