第6話 祖父とウエアハウス?
前回のあらすじ
・良い子の幼児は寝ている幼児だけ。
・アンラッキースケベ。
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翌朝、ツトムが洗面所から出ると。
「おはよう! 今日はどうする?」
タリアが元気よく話しかけてきた。
しかし、昨夜のこともあって、
おかげで、なぜかツトムも焦る。
「えーと、えーと、おじいちゃんの仕事場、もっと見てみたいかな」
昨日は着いたばかりで、どんな仕事なのか聞く余裕がなかった。何より、海洋調査というのが具体的にどんな仕事なのか、興味もあった。
が、単なる仕事場見学では済まなかったのは、もはや必然かもしれない。
朝食の後、祖父ナガトが出勤するのについて行くツトム。涼しい花弁都市から一気に千メートルを下ると、南国・熱帯・赤道直下だった。急な気温変化に、ちょっとクラッとする。
「こりゃ、慣れないとキツイでんな」
足元の”くもすけ”が突っ込むが、正直なところツトムにとっては空気だ。
なぜなら。
傍らではタリアがフル回転で何か話しかけているからだ。昨夜のアノ情景を思い出させまいとでも言うかの如くだ。黙っていた方が、いやむしろ家に残っててくれた方が、ツトムとしては思いださないで済んだと思うのだが……世の中には言わぬが花ということがある。
ちなみに、ナリアはママであるサリアとお留守番だ。駄々をこねそうだったが、「ママはお掃除とか洗濯があるから行けません」で諦めてくれた。三歳児にとってママは必須だもんね。
AIビークルに乗って向かった海浜区。例によって、ただの
「ツトム、仕事の内容に興味があるんだったね」
祖父の言葉に、ツトムはうなずく。
「丁度、調査依頼があるから、一緒に出てみるか?」
事務所の奥のドアを開いて、ナガトは孫と娘を招き入れた。そこは給湯室のような流しのある部屋だったが、さらに奥にドアがあった。そこをくぐると……。
「わぁ……」
外見通りの倉庫のような空間が広がっていた。ただ、そのかなりの面積は、外壁から細長いコの字型に区切られ、海水に満たされたドックになっていた。
そこに浮かぶのは。
「これが我が研究所の切り札、万能潜水艇”のちるうす”だ!」
漫画なら「ばぁあああん!」とか書き文字が出そうな口調で、ナガトが宣言する。
「ノーチラス?」
ツトムの疑問に、ナガトはきっぱり答えた。
「”のちるうす”だ。本場フランスの発音だ。最初の”の”にアクセントがある」
「海底二万マイル」の作者ジュール・ベルヌはフランス人だ。
……つか、おじいちゃん厨二属性だったのか。
そんな疑念はすぐに心の棚に上げられ、ツトムは”のちるうす”に夢中になった。
黄色く塗られた船体は、全長は二十メートルほど。側面に突きだした補助推進器を除くと、全幅四メートル。ずんぐりした魚雷型だ。艇首のすぐ後ろにはこじんまりとした司令塔がある。
調査用の潜水艇としてはかなりの大型で、動力は
なんでも、このへんの仕組みは海自の主力潜水艦”うずしお”型と同じらしい。さすがは元海自……というか、大丈夫なんだろうか、機密保持的に。
「どれも民生技術だからな」
民生の技術水準が充分に上がると、技術そのものは機密で無くなるらしい。むしろ、電池や酸素をそれだけ積むか、というスペックの部分が機密だとか。それなら問題なし。
「で、おじいちゃん、これから出航するの?」
やはり、実物を目にしただけでサヨウナラは辛い。乗れるものなら乗ってみたいのが男の子だ。
「うむ。折角だから二人とも深海調査の旅へご招待だ」
ナガトの一声で、同行が決まった。
ワンマン極まれりだが、この研究所はナガト以外の正規職員はいないので、文字通りのワンマン企業だから問題ない。
ちなみに、”のちるうす”の整備などは、フローティア港湾課からの派遣で賄っているという。調査依頼の一件あたりが結構な金額な反面、依頼そのものは不定期なのでこうなっている。ナガト一人ではこなせない事務仕事は、適宜、妻のサリアが補っているとか。
ナガト、ツトム、タリアの順で、小ぶりな司令塔のハッチから梯子を下る。色々やばいので、ツトムはなるべく下を向いて慎重に降りることに徹した。
「ツトム、今、上見たらあかんでぇ」
背中のデイバックから”くもすけ”が茶々を入れる。
ちょっと本気で、ドックの海水中に捨ててこようかと思うツトムだった。
梯子を下りたところは、レバーや表示パネルなどメカ満載の操縦室だった。ツトムにとっては、まさにご馳走だ。
室内は直径四メートル弱の球状で、正面はガラス状セラミックとなっている。海中の様子がそのまま見えるわけだ。今はドックに浮いているので、水面が窓の上三分の一くらいにあって、建物内部とドックの底が同時に見える。
それ以外の内壁には、至る所に計器やレバーや表示パネルが並んでいた。
座席は三つ。正副の操縦席と、その間に腹ばいになるように外を覗ける席があった。その腹ばいの席には、腕が届く範囲に強化外骨格のフレームのようなものがあった。
「おじいちゃん、このフレームは?」
ツトムの問いかけに、ナガトは答えた。
「今は収納してるが、この下に装備している作業用マニュピレータの操作用だ」
なるほど、調査船っぽいぞ。しかも両手だ。
「ツトム、タリア。とりあえずどっちがどちらの席に着くか決めてくれ」
しばし悩んだが、副操縦席の方が色々見渡せるので良さそうだ。
「タリア、僕が副操縦席でいいかな?」
「いいわよ。私は何度か乗せてもらっているから」
ナリアも母親と乗ったことがあるらしい。意外と祖父は家族サービスしてるようだ。
「じゃあ、出航の前に他の部分を見せておこう」
ナガトのはそう言うと、操縦室の後ろへ続くハッチを開いた。
ハッチの向こうには、居住用の船室があった。これも同じサイズの球状をしている。水圧に耐えるための耐圧球だ。
「吊り棚式の寝床だが、四人分ある。今日は日帰りの調査だから必要ないけどね」
ナガトの言葉どおり、船室の左右にそれらしいものがある。さらに、小さなキッチンもあった。
「この船、どのくらい潜ってられるの?」
ツトムの質問に、ナガトは答えた。ちょっと得意げか?
「海中に滞在するだけなら一か月以上だ。移動が入れば、その分縮まるがね」
呼吸用とMg電池用の酸素は共有なので、そうなるらしい。
「さて、次なるこれこそが、わが研究所の
さらに奥の水密扉を抜けると、三つ目の耐圧球になっていた。
ツトムの視線は、その壁面に吊り下げられている、金属製の人型に惹きつけられた。
「これって……」
思わず声が出るツトム。
「硬式大気圧潜水服、通称
ナガトが解説する。
布やゴムで出来た通常の潜水服では、水圧がそのまま体に加わる。ところが、人間の体は一気圧の地上に適応しているので、高圧が加わると色々な危険があるのだ。
まずは酸素中毒。海面下十メートル、二気圧で起こる。この状況で純粋な酸素を吸うと、人は漏れなく意識を失い、溺死する。
そのため、大気と同じように窒素を含ませると、今度は窒素酔いが発生する。こちらは深度と潜水時間によって程度が変わるが、次第に酒に酔ったように判断力が落ちていく。これも悪化すれば生死にかかわる。
窒素の代わりにヘリウムや水素などを使えばそうした症状は出にくいが、どんなガスを使っても浮上の時にゆっくりと時間を掛ける必要がある。急げば炭酸飲料の栓を抜いたように血液が泡立ち、血栓ができて脳梗塞などになるのだ。いわゆる潜水病である。
こうした問題を解決したのが、
強固な外殻で水圧を打ち消し、酸素が続く限りは潜り続けられる。そんな理想的な潜水服だが、問題は例によって予算だ。可動部分のジョイントが極めて高価で、普及のネックとなっている。重量も百キロ以上あるため、クレーンなどの設備が必要だ。軽くて丈夫なMg合金でもこの重さなので、昔の鋼鉄製だと五百キロあったという。ただ、水中では浮力のおかげで、かなり自由に動ける。
球形をした船室の床は中央部がハッチになっていて、シェルスーツを海中に吊り下ろすことができるようになっている。そうなるとダイバーが必要だが、こちらも潜水作業の業者と契約しているという。ただ、船が移動しなければ、ナガト一人でも着用や潜水は可能になっている。
……カッコイイな、シェルスーツって。
ツトムはやはり、男の子だった。
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