第13話 寄り道より未知?

前回のあらすじ

・新担任は爆乳先生。

・クリスと友達になる。

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 「スルガ海洋研究所」の入り口で、クリスを連れたツトムは虹彩認証のカメラを覗いて名前を告げた。電子音が響いて鍵が開く。

 事務所には誰もいなかった。と言うことは、祖父はサリアやナリアと一緒に買い物でもしているのだろう。


 ……お昼時になったら連絡すればいいよね? まだ一時間以上はあるし。


 ちなみに、タリアもメイリンの家に遊びに行くと言うので、お昼まで別行動だ。というか、十中八九、お昼は高雄亭に決まりだな、これは。

 下まで降りると流石に暑いので、二人とも詰襟の上着は脱いで、シャツの腕もまくっていた。大柄なクリスはさらに、ズボンも裾を折ってハーフパンツサイズにしている。


 そのクリスにとっては、ここの全てが圧倒的だったようだ。ドックの”のちるうす”にも、ツトムの工房にも、そして、そこで制作中のシェルスーツにも。


 今、3Dプリンターで造形中なのは胴体部分。一度に造形するには大きすぎるので、幾つかのパーツに分けて、最後に溶接することになる。腕や脚は既に組み上がって、工房の隅に置かれていた。


 クリスが聞いてきた。

「ツトムの夢は、ダイバーになること?」

 浮かぶ人工島のフローティアでは、プロのダイバーは常に需要がある。賃金も比較的良い。


「俺の父ちゃんは、ダイバーやってるんだ」

 誇らし気にクリスは言った。


 しかし、ツトムは考え込んだ。

「うーん、ちょっと違うな。今これを作ってるのは、作りたかったから。ついでに、今まで作ってきたノウハウが活かせるから」


 手首から先のマスタースレイブに加えて、脚も腕も関節部にモーターを仕込んだので、このシェルスーツはほとんど、フルサイズの人型ロボットと言えた。

 とは言え、ツトムの体格に合わせてあるので、ナガトが着る標準サイズより小さい。しかし、足首から先も可動式にしたので、全高はほぼ同じだ。


「これを着ておじいちゃんの仕事を手伝うのは、やりたい事の一つだけど。でも、もっとたくさんあるんだ。知りたいことも、やりたい事も、作りたいものも」

 そう語ったところで、ツトムは昔、父と話したことを思い出した。


「父さんが言ってたんだ。この世が素晴らしいのは、いつだって未知なるもの、よくわかっていないことがあるってことなんだって。それに取り組むことこそ、一番人間らしいことだって」


 そう語るツトムを見つめるクリスの視線は、ほとんど尊敬に近いものだった。


* * *


 昼時。

 予想通り、昼食はまたも高雄亭だった。

 ツトムはクリスも誘ったのだが、家で食べるからということだった。


 彼の家は、ここからフローティアの反対側になるらしい。AIビークルの料金がもったいないというので、暑い中を三キロ近く歩くことになる。しかし、ラグビーで鍛えてるから、と笑っていた。


 食事中、例によってメイリンの特盛りサービスを辞退しながら、ツトムは疑問をナガトにぶつけてみた。


「ねぇ、おじいちゃん。ここには日本人って少ないの?」


 ナガトは膝に抱いたナリアに、スプーンで杏仁豆腐を食べさせていた。しかし、ツトムの言葉にうなずくとサリアに娘を任せた。


「確かにお前の言う通り。このフローティアには日本人、とくにお前くらいの年代の子供が少ないんだ」

「それはどうして?」


 ナガトは腕組みをして答えた。

「まずフローティアは、温暖化による海面上昇で沈みゆく島々の人たちのために作られた。だから、日本人が大半を占めていたら意味がない」


 ……それはわかる。わかるんだけど。


「具体的に、日本人は何人くらい?」

「全部で数千人、てところだろう」


 フローティアの人口は、正式には四万人。不法滞在者を含めても五万数千人。日本人は一割を若干下回るが、三十人のクラスに一人きりというのはやはり少ない。


「その日本人も、大半は新天地を求めてやってきた若者だ。子連れで来ても幼い子ばかりだから、十歳以上の子供はほとんどいないんだ」

「ふーん」


 日本語が公用語で、タリアやメイリンばかりか、日本嫌いなはずのシャオウェンですら日本語で話しているからあまり意識しなかったが、やはりここは「海外」なのだ。住所こそ「東京都」ではあるが。

 とはいえ、だからどうということもない。


「なぜなのか理由が分かったから、すっきりしたよ。ありがとう、おじいちゃん」

「ツトムは気にせんのか?」

「何を?」

 祖父の問いかけに、チャーハンを頬張りながらツトムは問いかけで返した。


「ここにいる限り、日本人の友達はほとんど出来んぞ」

「んー?」

 口の中のものを飲みこんでから、ツトムは答えた。


「関係ないよ。日本にいる時にも、友達なんてほとんどできなかったんだから」

「そうか……」

「それにさ」

 飲みごろの温度になった中華スープを飲み干す。


「こっちに来てから、友達増えてるよ。タリア……やナリアは身内だけど、メイリンとか。あと、そうそう」

 紙ナプキンで口元を拭いて、ごちそうさまをする。


「今日も学校で友達が出来たよ。クリスっていうんだ。ラグビーやってるんだって」

「ほう。それは良かったな」

 ツトムは嬉々として学校のことを話しだした。小学生時代には、実の母のマコにも滅多に話したことのない話題だった。


 そんな孫の話を、ナガトは微笑みながら聞いていた。

 自分の若いころ、どれだけ他国との軋轢があったか。海自にいた時も、何度も直面させられた。しかし、今の子供たちには、もはやそんなものは無いのだろう。

 少なくとも、このフローティアでは。


 そう、願うナガトであった。


* * *


 その頃、無人の駿河宅で留守番をしている”くもすけ”は、退屈していた。


「まーったく、学校終わったら寄り道しちゃあかんのやぞ。マコはんに言い付けたるからな」

 冗談か本気か分からないが、独り言を言うAIと言うのも珍しいだろう。


「折角や。ツトムの新しい同級生を調べたろ」

 さらっと言ってのけるが、最近の学校は個人情報の保護にうるさい。担任からの緊急連絡網すら扱いが厳しいくらいだ。


 しかし、”くもすけ”のAIは半端ない。あっさりそんなセキュリティを突破する。


「うん? なんやこの生徒。ふむふむ。ふーむ……」

 何人かのデータに興味を引かれ、さらに調べてみたところ。


「……これ、ナガトはんに言わなアカンかな、やっぱ」


 見つけた情報の扱いについて、AIはさらに深層学習ディープラーニングするのだった。


* * *


 翌朝、ツトムは”くもすけ”を抱えあげてデイバッグに押し込んだ。


「ツトム、今日も学校やろ? それともサボリよるん?」

 苦笑いするツトム。


「今日は学校で自己紹介があるんだよ。それで先生が、『一番大事にしているものを持ってきなさい』てさ」

「うむ。あんじょうええ選択やな」

 腕を組んで、うんうんとうなずく”くもすけ”。


「本当は、工房にある3Dプリンタなんだけど、ちょっと持っていけないからなぁ」

「なんでやねん!」

 びしっと下からチョップ。流石に届かないが。


「”くもすけ”のボディが壊れても本体のAIはクラウドだし、3Dプリンタがあれば作り直せるじゃん」

 ツトムの言うことは尤もだが、”くもすけ”は釈然としない様子だ。


「あと、普段はロボットの持ち込みダメだけど、スマホは機能制限かければOKだって」

 父兄からの緊急連絡や、災害時の避難指示に救援依頼。学校内の無線ネットでは、休み時間以外はそれらに限定される仕組みだ。


「”くもすけ”も父兄ってことにしたから、何かあったら教えて」

「それ、イカサマとちゃうか?」

「簡単だったよ?」

 難易度とやっていいかどうかは別なはずだが、やっていることは一緒だ。


「ツトム、急がないと遅刻よ!」

 戸口からタリアが声をかけたので、”くもすけ”はデイバッグごと背負われた。


 昨日は始業式だけだったから、今日からいよいよ、中学生活の本番だ。

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