第14話 自己紹介は事故しよう会?

前回のあらすじ

・寄り道より未知を愛せ。

・くもすけ何か見つける。

----------------------------------------------------


 常夏のフローティアでは、制服は基本、年中夏服だ。

 男子は半そでのワイシャツにズボン。女子は半そでのセーラー服にプリーツのスカート。


 ちなみにスカートの丈が膝上十センチと短いが、一応校則でも認められている。名目は、暑さへの対策。

 空調の効いてる校舎の中や、花弁都市から通う生徒はまだしも、クリスやメイリンのように海浜区から通う生徒にも配慮している、ということだ。


 男子の方も、ズボンの裾をひざ下までまくっていたりするが、こちらは校則違反。


「こら! そこの男子! 校内では裾をおろせ!」


 さっそく叱られたのは、クリス・ターナーだった。大柄な身体を小さく屈めて、まくりあげてた裾をなおす。


「おはよう、クリス」

 そんな彼に、ツトムは背後から声をかけた。

「あ、おはよう!」

 身体を起こして、昨日からの友人に微笑む。


* * *


 昨日、山口先生が宣言した通り、ツトムたちの中学最初の授業は、自己紹介タイムとなった。

 授業とは言うものの、一人当たりの時間制限は結構ゆるくて、短い子はほんの二言三言、長い子になると十分以上喋り続けていた。


 出席番号順に男女交互が前に出て、「大事にしているもの」を手に自己紹介していく。どうやら半数以上が海浜区から通学しているようだった。

 「大切なもの」も様々で、女子はお人形やアクセサリが多かったが、変わったペットを飼っている子もいた。


 特に、王美玲ワン・メイリンが箱から大蛇を取り出して体に巻きつけた時は、ちょっとしたパニックになった。


「この子はレインボーボアよ。毒もないし、鱗がきれいな虹色に光るでしょ?」


 必死にメイリンは訴えるが、そうは言ってもオレンジ色に黒い輪のような斑紋が入っていて、ツトムもちょっと触る気にはなれない。


 隣で平然としているタリアは、よく彼女の自宅へ遊びに行くので知っていたようだ。なんでも、体に巻きつけるとひんやりして気持ちいいという。てことは、試してみたのか?


 阿鼻叫喚のペット紹介だったが、魚でも餌になるとか、暖かい場所とやや涼しい場所がいるとか、色々と興味深いことも聞けたので、ツトムとしては得るものが多かった。生理的に蛇がダメな子もいて、そっちは気の毒としか言いようがなかったが。


 順番が進んで、駿河タリアに回って来た。

 彼女は教卓に置いた小箱から、貝殻のネックレスを取りだした。綺麗な桜色で、照明を浴びると縁が虹色に輝いた。


「これはお父さん……実の父が、四年前に海で獲って、誕生日のプレゼントにくれたものです。その半年後、私たちが住んでいた島をハリケーンが襲い、母と私を逃がすために、父は亡くなりました。だからこれは、大切な父の形見です」

 淡々と話すタリア。ツトムも詳しい経緯を聞くのは初めてだった。


「嵐が過ぎ去って、日本の自衛隊が救助に来てくれました。その中の一人が、今の私の父です。そのおかげで、フローティアにも来れました。きっと、お父さんが見守ってくれているからだと思います」

 一礼して席に戻るタリア。みんなの拍手。


 その次から、自己紹介の中でフローティアに来た経緯を話す生徒が増えた。祖父のナガトが言った通り、温暖化による海面上昇で故郷の島に住めなくなった子がかなりいた。他にも、内紛で国を追われたケースも多かった。


 男子の方は趣味やスポーツの物が多かったが、孫暁文ソン シャオウェンが持ってきたのは異彩を放っていた。一抱えほどの木製の箱だが、艶やかな漆塗りで高価なものだとわかる。


「これは僕が祖父から受け継いだ茶器です」


 ふたを開けると、湯飲みや急須などが収められていた。艶のある小ぶりな急須を取り上げて、説明を続けた。


「これは茶壷といいます。元々は素焼きなのですが、長年使いこむことでこのような艶が出てきます」


 大切にしているだけあって、道具の一つ一つに趣がある。シャオウェン本人はさておき、趣味としては悪くないと、ツトムは思った。


 次に前に出たのは妹の孫暁明ソン シャオミンだった。


「私と兄は十一か月違いです。兄が四月十日、私が翌年の三月二十七日で、日本の制度では同学年となります」


 彼女がビロードのような布の袋から取り出したのは手鏡だった。これも裏面に精緻な模様が掘られている。


「これは祖母から受け継いだもので、私にとっても宝物です」


 ……なるほど、ずいぶんと裕福な家系なんだな。だから、兄のシャオウェンはあんなに威張り散らすんだろうか……。


 そこで、ツトムは気が付いた。


 ……この二人、フローティアに来た経緯に触れなかったな。


 順番が進んで、クリス・ターナーが持ってきたのは、傷だらけのラグビーボールだった。


「これは、俺が五歳のときから使ってるんだ」

 と言うことは八年近くになる。物持ちが良い。なんとなく、彼らしいとツトムは思った。


 そうして、ツトムの番が回ってきた。いつものデイバッグを持って教卓に置く。


「福島ツトムです。日本から来ました。今日は僕の相棒を紹介します」

 ざわっと教室が色めきたった。


「いえ、蛇とかじゃないんで、安心して」

 慌てて付け足すが、どうもそっちではないらしい。なんとなく、羨望のまなざしのような?

 とにかく、続けよう。デイバッグの口を開く。


「”くもすけ”、出番だよ」

 ウサギの耳のようなセンサーが、ピコンと跳ね起きる。バッグの口を両手で掻き分け、”くもすけ”が上半身を現わした。あたりを見回して、いつもの怪しい大阪弁のオッサン声が響く。


「おお、ここがツトムのクラスかいな。友達がぎょうさんおるな」

 ひょい、とバッグの外に飛び出す。


「わては”くもすけ”、ツトムのお目付け役や。よろしゅうな」


 前の席の男子生徒が、目を丸くして声をあげた。

「すごい。これ、どこで売ってるの?」


 指を一本立て、”くもすけ”は「チッチッチ」と舌を鳴らす音を立てた。

「わては売りもんやないで。ツトムがこさえたんや」


 ツトムが説明する。

「もとは子守り用のペットロボだったんだけど、僕が上半身を付けて、クラウドのAIに繋げたんだ」

「そうや。この器用なお手々もな」

 ”くもすけ”の指は三本だが、結構器用に動く。デイバッグからピンポン玉を二つ取り出して、お手玉をして見せた。


 ツトムはあきれ顔で言った。

「そんなの、いつの間に覚えたの?」

「昨日、留守番で暇やったさかい」

 しばらく”くもすけ”の大道芸を披露させた後、ツトムは胴体を掴んで持ち上げた。


「じゃあ、今日はこの辺で」

 デイバッグに押し込もうとする。

「あ、ちょっ、ちょっと待ちいな。まだ、わての十八番おはこが……」

「はいはい、また今度ね」

「こら、薄情もん!」

 デイバッグの口を閉じて、席へ戻る。まるで漫才のようなやり取りに、クラス中が湧いた。


 しかし、シャオウェンだけは相変わらず、険のある目つきでにらんで来る。なんだかなぁ。


「はい、一通りの自己紹介、終わったわね」


 副担任の山口ミカ先生が教壇に立った。時刻はそろそろ正午だ。今回も正担任の大柄な男性教師(ツトムは名前を覚えてない)はサポートに徹するのか、入口の脇で腕を組んで見守っていた。


「今日はこれで解散。明日からは授業が始まるから、これから配信する時間割を良く見てね」


 ツトムのスマホに着信音があった。待ちうけ画面を見ると、担任からのメールが入って来ていた。

 メールにしたのは正解だろう。男子生徒のほとんどは、先生の胸しか意識に残らないだろうし。


 ツトムは数少ない例外だった。なのですぐにメールを開く。明日は水曜日。


「あ、最初の授業、科学だって」

 ちょっと嬉しい。


* * *


「ツトムくん、やっぱり日本から来たんだね」

「苗字がフクシマだと、やっぱり福島県出身なの?」

「いいなぁ、オレも日本に生まれたかった」

「ねぇ、さっき見せてくれたロボットなんだけどさ」

「日本のアイドルグループの☆◎□◇って」

 最後の方はツトムのキャパを超えてる。アイドルとかまるで興味ないし。


 正副担任が教室を出るや否や、ツトムの回りにクラスメートが殺到してきた。日本から来たというのが珍しいのか、質問攻めだった。


 ちなみに、「福島」という苗字は福島県ではむしろ少ない。一番多いのは埼玉で、次が熊本だという。「福」が付く縁起の良い名前ということで、地名とは別に広がったようだ。


 それはさておき、”くもすけ”がデイバッグの口をこじ開けて「わての出番かいな?」とか言ってるので、なんとかしないと帰れなくなりそうだ。


「えーと、えーと、みんなも帰らないと先生に叱られちゃうよ。明日もまた会えるしさ。”くもすけ”のAIはクラウドだから、休み時間ならスマホで会えるよ」


 日本にいた時はクラスでもボッチ率が最高得点だったのに、なぜかここでは引っ張りだこだった。”くもすけ”の人気もあったが、何より皆、「日本」に対して相当な憧れがあるようだった。


 気になるので、ツトムは聞いてみた。

「日本のどこがそんなにいいのかな?」

「そりゃ、ここを作ったの日本だし」

 男子の一人がそう言うと、皆うなずく。まぁ、確かにその通りではある。


「オーストラリアとかも、移民を受け入れてくれてるけどね。仕事がなかなか無いらしくて」

「そうそう。ここなら魚捕ってるだけで暮らせるし。魚もどんどん増えるし」

 そう言えば、おじいちゃんが生簀いけすがどうとか言ってたっけ。


「田んぼや畑もあるしね。うちのお父ちゃんも、田植えや稲刈りの仕事もらえて良かったって」

 なんとなく見えてきたのは、取り立てて高度な技量が無くても務まる仕事がある、という点のようだった。全自動で出来そうな植物工場ですら、あえて人手を入れることできめ細かいケアを可能にし、病害虫の排除に役立てている。生簀や畜産でもそれが活かされているらしい。


 その一方で、コアタワーにある集合オフィスでは、様々な新薬や新種の作物などが研究されているという。

 ハイテクとローテクが綾なす人工島、それがフローティアなのだろう。


「それにしても、みんな日本語上手だね」

 ツトムは英文も結構読めるが、発音と聞き取りはさっぱりだった。しかし、クラスメートたちはこうやって話す分には問題ないみたいだ。


「小学校で何年もやったからね」

「まあ、会話ができないと暮らしていけないし」

「漢字が書けないのよね……」

 どうやら、みんなツトムと同じ悩みらしい。


 親近感が増すのは良いが、タリアまで帰るタイミングを逃して巻きこまれてる。戸口の方では一緒に帰りたいメイリンがそわそわしている。ペットのヘビ君に餌をあげないといけないのだろう。


「みんなごめんね。そろそろ帰らないと。また明日ね」

 ツトムはデイバッグを背負って立ちあがった。クラスメートにもみくちゃにされながら、タリアの手を引いて、メイリンが待つ戸口へと向かう。その背中ではデイバッグの口をこじ開けた”くもすけ”が手を振っていた。


 そんな”くもすけ”のカメラアイが、こちらを睨んでるシャオウェンを捕らえた。


「ふむ。なんぼなんでもなぁ」

 つぶやきをツトムが聞き返した。

「ん? なんか言った? ”くもすけ”」

 デイバッグの口に頬杖をついて、”くもすけ”は答えた。

「大したことやあらへん。そう思うとこ」


 気になる生徒の一人はシャオウェンだったが、まだほかにもいる。

 ツトムの背中で教室を見渡して、”くもすけ”は沈思黙考ディープラーニングを始めるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る