第37話 男は辛《から》いよ?
前回のあらすじ
・ツトム、転校生マコと
・クリスが暴走。
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「クリスはん、東の海岸へ走っとったで。えらい勢いや」
”くもすけ”の報告が骨伝導で響く。
脚が必要なので、AIビークルの乗り場に急いだ。一人乗りしかなかったのでそれに飛び乗り、クリスを追いかける。
「今、クリスはどのへん?」
ツトムがマイクに問いかける。
「ちょいまち。道路の上はカメラの間隔がひろいさかい」
しばらくして。
「ツトムの前方二百メートル、次のカーブ曲がると見えるで」
前方に全力疾走する後姿が見えた。窓を開けて、身を乗り出してツトムは叫ぶ。
「クリス! 待ってよクリス!」
止まるどころか、ますますスピードを上げるクリス。とんでもない脚力だ。
仕方がないので、AIに増速を指示し、クリスを一旦追い越した。そこで車を降り、両手を広げて通せんぼしようとするが。
ラグビー部員だけあって、クリスにひらりとかわされてしまった。
「あ、あれ?」
慌てて車に戻り、再び追跡。追い越して車を降りて。
クリスはまたひらりとかわそうとしたが、ツトムは腰に飛びついて必死にベルトをひっつかんだ。
「クリス! 止まって!」
しかし、構わず走り続ける。ツトムは半ば引きずられながら後ろを走っていく。
結局、そのままビーチに到着し、波打ち際まで来てようやくクリスは立ち止った。
ツトムはその後ろで、ベルトにぶら下がる形で息も絶え絶えだ。
「俺のことなんか……ほっとけばいいのに」
さすがのクリスも、全力疾走で息が切れて汗だくだった。
「だ……だって、……友達……だもの」
ツトムはそれだけ言うのがやっとで、その場にへたり込んでしまった。
クリスは海の方を向いたまま、その場にどっかりと胡坐をかいた。
「信濃川……さんとは、ほんとに、……なにもないから」
なんとか体を起こしてクリスに近づくが、脚がもつれてクリスの背中に倒れ込んでしまった。汗臭い背中に顔をうずめる格好だが、腕がしびれて体を起こせない。
「信じてよ……お願い」
「……うん。わかった」
立ち上がると、クリスはツトムをひょいと抱えあげた。
「車を呼んでも時間かかるから、走って帰ろう」
「ええ?」
ツトムを小脇に抱えたまま、クリスは来た道を走りだした。
* * *
ツトムとクリスが授業をすっぽかした、次の休み時間。やおらマコが前に立ち、話し始めた。
「今朝の私の発言で誤解を招いてしまったようなので、お話したいと思います」
みんな、固唾をのんで次の言葉を待つ。
「まず、私がツトムさんの部屋で寝てしまったのは、手違いです。本来は、ツトムさんのお母さんのマコさんが寝るように敷いてあったお布団なんです」
少し間をおいて、タリアの方に手を差し伸べる。
「私の分は、タリアさんの部屋に敷いてありました」
みんなの視線がタリアに集まる。話を合わせるため、タリアはおずおずとうなずいた。
「昨夜はツトムさんのお母さんと意気投合して、ツトムさんの部屋で遅くまでお喋りしてました。ツトムさんが寝入ってしまった後まで。そのあと、私はどうやら、そのまま寝入ってしまったよう何です」
シャオミンとジュヒは納得したようだ。
だが、まだ納得いかないのが一人。
「で、あなたはどうなの? ツトムのこと、どう思ってるの?」
腕組みしてるメイリン。
「ツトムさんは良い子です。その意味では、大好きです。でもそれは、タリアさんや家族の方と同じ」
マコはにっこり笑ってさらに続けた。
「それに私、お付き合いする男性は、包容力を求めてしまうんです」
自分の体を抱きしめるそぶり。
「だからやっぱり、私より身長が高くないと」
はぅ、とあちこちの男子からため息が漏れた。
「……それでクリスか」
ぼそっとメイリン。
その時、後ろの出入り口が騒がしくなった。
クリスとツトムが帰ってきたのだろう、と振り向いたメイリン。
「ちょっと、おろしてよクリス」
「何言ってんだ。まだ足腰立たないくせに」
クリスはツトムをお姫様抱っこしていた。
「あんたたち……今まで、どこで何やってたの?」
メイリンはなぜか、顔を真っ赤にして問い詰める。
「いや、ツトムがズボンのベルト掴んで離さないから」
「……ズボンのベルト」
メイリンが暴走する。
「ビーチまで走って……その」
さすがにクリスも照れる。
「海まで走る。青春!」
なぜかメイリンの目が輝いてる。獰猛なほどに。
「あれだよ、その……確認したんだ。好きなのかどうか」
「あ、愛を確かめ合う!?」
くらっ、とよろめいて、メイリンは椅子の上にへたりこんだ。
「なんだ? どうしたんだみんな?」
クラスの雰囲気に、わけがわからないよ状態のクリス。
「と……とにかく、降ろしてくれないかな?」
おずおずと頼むツトムだった。
* * *
メイリンの誤解はかなり深刻だったようで、昼休みにみんなでお弁当を食べながら説明して、やっと納得してもらえたようだ。
「なーんだ。あたしはてっきり、二人がビーチでピーをピーしてピーしまくってたのかと」
……校内で放送禁止用語はやめようよ、メイリン。
クリスは固まってる。その口から、かじりかけのメロンパンがポロリと落ちた。
「そういや、クリスって甘党? 購買で買うの、いつも菓子パンよね」
そこでメイリンは、マコに向かって問いかける。
「どうですか、マコさん。好みの男性のイメージとしては」
マコは少し考えて答えた。
「そうですねぇ……私はどっちかと言うと、辛党なんです。激辛のお煎餅とか。あ、キムチも大好き」
弱いくせに酒好きだからな、母さんは。と、ツトムは声に出さずつぶやいた。
その横で、ジュヒが小さくガッツポーズ。そう言えばこの子、お菓子以外は何にでも唐辛子をかけて食べてるような。
メイリンも、うんうんとうなずく。
「よーし、ではこのメイリンさんが鍛えてあげよう。この」
瞬間加熱機能付きランチボックスを取り出す。
「高雄亭謹製の激辛麻婆豆腐で!」
すっとシャオミンとジュヒが左右からクリスを押さえこむ。
「え、一体何を?」
うろたえるクリスに、メイリンは湯気を立てる真っ赤なひと匙を突きだす。
「さあ、お食べ!」
「むがぁ!?」
……ああ、いつかの僕のようだ。
ツトムは親友の試練に心を痛めるのであった。
* * *
連休の中日、三日目。最終日。
最後の授業の後、信濃川マコはクラスのみんなに挨拶をした。
「たった三日間の短い間でしたが、仲よくして頂いて、本当にありがとうございました」
すっかり仲の良くなったメイリン、ジュヒ、シャオミンが次々に声をかける。
そしてクリス。
「マコさん……俺……」
「クリスさんには、きちんと話しておかないといけませんね」
押し留めるように、マコは言った。
「私には、親が決めた
大正時代かよ! と脳内で突っ込むツトム。
今ではほとんど聞かない日本語なので、みんなピンとこないらしい。
「ゆ……許されぬ恋!?」
なぜかメイリンが一人で盛り上がってる。
「ようするに、幼いころからこの人と将来結婚しろ、と親同士が決めているんです」
ようやくクリスも理解で来たらしく、表情がこわばってる。
「日本に戻ったら二度とここへは戻れません。だから」
クリスの首に両手をかけ、引き寄せる。
え、これってまさか。
戦慄するツトムの目の前で、二人の唇が重なった。
「さようなら、クリス」
涙が頬をつたい、マコは踵を返して教室を走り出た。そのまま中央エレベータに姿を消す。
その日、クリスはいつに無く練習で暴れまくった。しまいには、顧問から「これじゃ全員、病院送りだ」とストップがかかったほど。
そして、高雄亭でのバイトが終わった後、賄いで出された激辛料理を次々と平らげていく。「これじゃ採算割れだ」と嘆く父を、メイリンがたしなめるのだった。
「男は
男は
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