第36話 謎の転校生?(後編)

前回のあらすじ

・マコ、クリスのをパクリ!(メロンパンです)。

・ツトム、ナニも喉を通らない。

----------------------------------------------------


 夕方、中央タワーのふもとにあるグラウンドで、ラグビー部の練習が終わった。


「あした!」

 部員たちは顧問に一礼して、グラウンドの片付けに入った。


 ちなみに、「ありがとうございました」が思いっきり縮まって「あした」となってる。日本の伝統らしい。


 そのグラウンドのフェンスの外に、おさげ髪の少女がたたずんでいた。部員の一人の大柄な少年がこっちを向いたので、彼女は手を振った。少年は駆け寄ってきた。笑うと白い歯が光る。


「待っててくれたの、マコ」

 クリスもかなり打ち解けたようで、名前で呼んでる。

「ええ、ずっと見てたわ。すごいのね、ラグビーって」


 紳士が行う最も野蛮なスポーツと言うだけあって、集団が生身でぶつかり合うさまは中学生レベルでも迫力がある。特に、ポリネシア系の巨躯を武器にしたクリスは、一年生でありながら異彩を放っていた。


「片付けもすぐ終わるから、ちょっと待ってて」

 走り去るクリス。その姿を目で追うマコに、声がかけられた。


「母さん、どういうつもりなの?」

 振り返ると、何やら一日で憔悴しきったツトムと、真顔のタリアだった。メイリンは放課後すぐに店に直行なので、ここにはいない。孫兄妹とジュヒはそれぞれの部活だ。


「どうって、息子の友達と親睦を深めてるんだけど?」

 あっけらかんと答える。いつものマコだ。クリスの前では、どれだけ猫を被ってるのやら。


「タリアちゃんのお手本にもなるでしょ?」

 真顔でコクコクうなずくタリア。

「早速、明日から実践します」


 ……タリア。何を実践するって?


 おたおたと、おののくツトム。


「マコ。あ、ツトムとタリアも」

 フェンス沿いの道の向こうから、クリスの巨体が走ってきた。


「悪いけど、俺もう店に行かなきゃ。エレベーターまで見送りたかったけど。また明日な!」

 そして、風のように去っていく。なんて清々しいんだクリス。


「さて、あたしたちも帰りましょうか」

 そう言って、歩きだすマコ。ツトムとタリアはその後をついていく。


 夕焼け空に、マコの鼻歌が流れた。メイリンがその場にいたら、昔のアニソンだと見破ったことだろう。


 三人はそのまま帰宅した。

 そして、その姿を物陰から見つめる瞳が六つ。


 孫兄妹とジュヒだった。


* * *


 翌朝登校すると、シャオミンが爆弾を投下した。


「信濃川さんって、ツトムと同居しているの?」

 教室がざわっとなった。


 シャオミンとジュヒの二人が、ツトムの席の前に立って腕組みしている。シャオウェンはというと……自分の席でニヤニヤしてる。


 ……面白がってるな、コイツ。


 タリアはツトムの横で固まってる。しかし、当事者のマコはいない。


「ええと、同居っていうか、その……」

 ツトムの抗弁に対し、シャオミンが追及する。

「昨日の夕方、あなたたち三人で玄関くぐったでしょ。中から確かに、『マコさんもお帰りなさい』って声が聞こえたわ」


 それ、ストーカーとか言われない? と思っても言わない。言ったら炎上しそうだ。


「……ええとね、お父さんがおじいちゃんの知り合いでね、それで」

 知り合いどころか同一人物だけど。


「でも、ご両親の仕事の都合で来たのなら、一緒に住むのが普通でしょ?」

「そもそも、昨日は初対面見たいだったですよね、ツトム兄さん?」

 ジュヒまで参戦してきた。


「あー、それね、僕、おじいちゃんに会ったの五年ぶりだったから」

 とりあえず、これは真実。誤魔化しで高まってたストレスが少し落ち着く。


「あと、ご両親のいるところは、学校が無い……んじゃないかな?」

 二人は顔を見合わせた。


「「たとえば、どんな?」」

 なぜハモる。君ら、そんなに仲良かったっけ? いや、仲好きことは美しきかなだけど。


「よく知らないけど、海の上とか中とか」

 へどもどするツトム。


 納得したとは言えなそうだが、それでも二人は追求の矛先を変えてくれたようだ。


「で、ツトム兄さんはどうなのですか?」

 ジュヒの矛先はツトムにぶすりと突き刺さった。


「ど、どうって?」

「信濃川さんのことだと、明らかに態度が変だわ」

 追及はよどみなく。


「へん? いや、そ、そんなことは……ねぇ、タリア」

 ツトムが振り返ると、南国モナ・リザがそこにいた。謎の微笑みがすべてを拒絶。


 そこで、沈黙を守っていたシャオミンが、本音にズバリ切り込む。


「昨日が初対面だとして、実はツトム、彼女に一目惚れとかしてるんじゃないの?」

「え? ……えええ!?」

 シャオミンの指摘が脳裏に達するのに少々時間がかかった。


「それはない、ないって絶対!」

 思わず立ち上がって強弁していると、背後から声がかかった。


「どうしたんだ、ツトム?」

 振り向くと、クリスの巨体とその傍らにマコが入口にたたずんでいた。


「かぁ……いや、しし信濃川さん、どこ行ってたの?」

 平常心、平常心だ。


「クリスの朝錬を見てましたのよ。今朝起きたら、ツトムさんは隣でまだ寝てらしたので、メモを残したんですが」


「朝起きたら」

「隣で寝てた?」

 マコの言葉に反応する二人。ツトムの方に向き直り、


「「どうゆうこと?」」

 そこに新たな参戦者が。


「おはよう、みんなー! あれ、なにしてるの?」

 メイリンだ。


 シャオミンとジュヒが、ツトムをびしっと指差し、断罪する。


「ツトムが信濃川さんと寝たそうです!」

 どさっと何かが落ちる音。クリスの肩掛けカバンだった。


* * *


 大騒ぎになった教室だが、山口先生が来てHRとなったため、ひとまず表面的には沈静化となった。

 しかし、こっそり規制をはずして生徒同士のスマホでメッセージを回すものがいて、あっという間に話題が沸騰している。ツトムのメガネには既に何十件もがスクロールされていった。


 気の毒なのはクリスで、あまりのショックに茫然自失だ。こっそりツトムが様子をうかがっても、目も合わせてくれない。


 しかし……ここまで来て誰ひとり、信濃川マコが福島マコだと思いもしないとは。下の名前なんて同じだし、孫兄妹もジュヒもメイリンも、結構一緒に遊んだりしてるのに。


 クリスはまぁ、仕方がない。初日にちょっと顔合わせたくらいだから。


 HRが終わるとすぐに授業だった。科学の斉藤カオリ先生が戸口で待ち構えていたのだ。好きな教科なのに、どうにも身が入らないツトムだった。


 次の休み時間。

 シャオミンとジュヒが来る前に、ツトムはマコの手をひっつかんで教室から走り出た。こんなことすると誤解が深まるが、背に腹は代えられない。


 いつもの踊り場で、ツトムは母親に告げた。


「僕に迷惑かけたらどうするか、昨日言ったよね?」

「わかってるわよ、ツトム。迷惑なんてかけないわ」


 ……いや、現在進行形でかかってるんですけど。


「それに、クリスにちゃんと話してよ。あれじゃかわいそうだ」

「任せなさい」

 胸を叩くとプルンと揺れた。


 階段を下りていくマコを見送るツトム。一緒に戻ると面倒だから、休み時間が終わる直前までここで待とうかと思ったが、戻ったマコがなにをするかの方が心配だ。


 自分も階段を下りて教室に向かおうとした時。

 背後でギシッと何かがきしむ音がした。


 振り返ると、階段の下の用具入れのロッカーが少し揺れた。なんだろう、とその反対側を覗き込むと。


 巨躯を小さくかがめ、うずくまるクリスがいた。


 パッと顔をあげ、ツトムと目を合わせると、やおら立ち上がって猛スピードで走りだした。


「……クリス! 待って!!」

 慌てて追いかけるツトム。


 しかし、運動音痴のツトムがラグビー部のクリスに追いつけるはずもない。たちまち引き離され、クリスは中央エレベーターに飛び乗った。ツトムも隣のエレベーターに飛び乗る。どの道、一階に直通のはずだ。


 メガネの蔓からマイクを引き下ろし、”くもすけ”を呼び出す。

「監視カメラでクリスを追いかけて!」

「ほいな」


 エレベーターのドアが開き、ツトムはホールを走る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る