第38話 ツトムとお泊まり会?
前回のあらすじ
・ツトムとクリスにBL疑惑。
・クリス、三日坊主の春。
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ゴールデンウィークの後半、四連休に突入。
いつもなら心が浮き立つツトムだが、今回はそうもいかない。母親のマコが滞在しているからだ。しかも、クリスとの悲恋(?)で、さらにはっちゃけた感じだ。
朝、マコは宣言した。
「今日はフローティアの陸を制覇するわよ。トレッキング・エコツアーにGO!」
ところが、ノリノリなのは本人だけで、ツトムもタリアもナリアを挟んでソファに腰掛け、子供向けアニメ番組の総集編を見ていた。連休と言うと、この手の番組が増える。
「わんわん! わんわん!」
画面では二本脚で立った犬のキャラが、歌って踊っている。ナリアは夢中だ。
……ああ、これ見てるから、”くもすけ”と初めて会った時にそう呼んだのか。
納得するツトムだった。まぁ、”くもすけ”のダミ声エセ大阪弁だと、キャラがぶち壊しだろうけどね。
そのソファの後ろでは、マコががっくりと膝をついた。
「おかーさんは悲しいよ。折角の休みなのに、幼女と一緒に幼児番組見てるなんて、どこのじーさまばーさまよ! あんたら若いんだから、もっと若さを燃やしなさい!」
ツトムは煎餅をポリポリかじりながら答えた。
「母さんこそ若いでしょ。何しろ、中学生に化けちゃうくらいなんだから。いいから思う存分、燃やしてきなよ。その若さを」
マコはタリアに訴えた。
「タリアちゃん、うちの息子が不健康なの。なんとか言って」
「あたしはツトムと一緒にいられればいいです」
「ナリアも!」
ぐぬぬ……女子供を味方につけるとは。
そこへ、玄関のチャイムが。
「あ、あたし出ます」
朝食の後片付けをしているサリアに声をかけ、マコは玄関に向かった。
玄関のモニタに映っていたのは、シャオミンとジュヒだった。
「あら、珍しい」
リビングの方を振り返って。
「ツトム! シャオミンとジュヒが来たわよ!」
「え?」
ツトムは驚いた。珍しいどころか、初めてだ。
返事を待たず、マコは表の彼女らを招き入れた。
「お邪魔します」
「わー、天井が広いですね」
シャオミンの家は同じ階なので似たような間取りだが、ジュヒの家は下の階なので少し違っていた。この階は外側の壁が大きく外へ広がってるので、吹き抜けにすると「天井が広い」となるのだ。
「二人とも、うちに来るの初めてだね」
ツトムは横長のソファを分割して、対面で座れるようにした。その間にローテーブルが滑り込んで来る。
これらの操作も、テレビのアイコンで可能だ。ちょっと前の時代の人なら、魔法のように見えただろう。もっとも、フローティア自体が驚嘆の対象だろうが。
「はい、どうぞ」
タリアが麦茶のグラスを置く。
「ありがとう」
シャオミンが上品に一口飲む。
ジュヒもそれに倣ってから。
「一度、ツトム兄さんのお家を拝見したかったです」
そんなに瞳をキラキラさせて言うことかな、とツトムは思う。
「僕の、というよりタリアの家だけどね」
住んでいる長さから言えば。自分はようするに居候だし。
「そんなことないわ。もうここはツトムの家よ」
微笑むタリア。
なぜか腕組みしてウンウンとうなずくマコ。
「……そこのところなんです」
神妙な顔でシャオミンが言った。
「え?」
怪訝なツトム。
「そうです。ツトム兄さんと一つ屋根の下なんて、タリアが羨ましいです」
ジュヒの言葉にとまどうツトム。ちら、とタリアを見るとうつむいてしまってる。
しかたなしに今度は母親の顔を見ると、マコは思いっ切りニヤニヤしていた。
「そっかー。休みの間も、ツトムと一緒にいたいんだねぇ」
その言葉に納得しつつも、こんな時、この母親はろくなことを考えないと言うことを、ツトムはこれまでの生涯でしっかり学んできていた。
「よーし、こうなったらツトムを囲むお泊り会よ!」
ほら来た。
* * *
期間:連休残りの四日間。
準備品:四日分の着替えなど。
場所:追って沙汰する。
今日の午後一時に、当家の玄関先に集合すること。
タリアは乗り気だし、ツトムはどうやら強制参加らしい。例によってナリアが一緒に行くとぐずって、サリアにたしなめられている。
四日分なので、いつものデイバッグより一回り大きいリュックを自室の納戸から引っ張り出し、着替えを詰めていく。
「意外とシンプルなんですねー」
室内を見回してジュヒが感想を述べた。準備のために家に戻る前に、シャオミンと一緒にツトムの部屋を見たいとのことだった。断る理由もないので、ツトムは受け入れた。
個室の間取りはジュヒの部屋とほぼ同じだが、ツトムは私物が殆どない。衣類は納戸にしまっているし、書籍は電子化されたものばかりなので、机の上にはタブレット端末と写真立てが一つだけだ。
これも電子インクの写真なので、数秒ごとに画像が切り替わって行く。
「これ、ツトムのお父さん?」
シャオミンが写真立てを取り上げ、尋ねた。
「うん。五年前に死んだけど」
すると、床の上から”くもすけ”が。
「そこは”亡くなった”ちゅーんやで」
シャオミンは顔を曇らせた。
「気にしないで、シャオミン。昔のことだし、母さんもあの通りだし。父さんも天国で居心地悪いだろうから」
しかし、シャオミンは首を振った。
「ごめんなさい、違うの。私の父も、多分……」
……ああ、そうだった。
ツトムは額に手を当てて天井を見上げた。
「こっちこそ、ごめんよ。君の方はまだわからないんだよね」
孫兄妹の父親は、中国当局に連行されて消息不明だ。良くて強制労働、悪ければもうこの世にはいない。
それに対して、ツトムの父は家族に看取られて生涯を閉じることができた。同じ死でも、大きく違う。
「ありがとう。ツトムのこと、少し良く分った気がする」
そんなシャオミンに、けなげだな、と思うツトムだった。
ジュヒはというと、床にペタンコ座りしてつぶやいていた。
「羨んじゃいけないけど、羨ましいです」
どう言葉をかけて良いやらわからず、ツトムは荷づくりに専念することにした。
「さて、忘れ物ないかな?」
「わてや! わてを忘れとるで!」
”くもすけ”の主張に、ツトムは腕を組んで首をひねった。
「連れて行っても、充電とかできないと難しいよね。メガネやスマホはポータブルバッテリーで済むけど」
「ボディがないと、出来ることが減るからつまらんのや」
仕方ないか。ツトムは”くもすけ”の筐体と充電器を抱えると、リュックの一番上に押しこんだ。
「よし、じゃあリビングに行くかな」
ジュヒとシャオミンを連れ部屋を出る。途中、タリアの部屋をノックする。
「準備できた? 下で待ってるよ」
ドアの向こうから「はーい」と返事があった。
リビングに降りると、少女二人はツトムの家を後にした。午後一時の集合だから、準備に昼食に忙しい。
ツトムはソファに腰かけ、しばし暇を持て余した。
「はぁ。ちょっと工房にこもろうかと思ってたのに、予定狂っちゃったな」
リュックの口をこじ開けて、”くもすけ”が顔を覗かせた。
「今のツトムは、同年代の友達と過ごす方が大事やと思うで」
もっともらしいことを言う。
そのとき、ツトムはふと思い出した。
「シャオウェン、来るのかな? メイリンやクリスにも聞いてみようか?」
メイリンは声を掛けないと絶対すねるな。シャオウェンは自宅に一人になっちゃうし。クリスは?
スマホを取り出す。
「もしもし、メイリン?」
「はいはーい、メイリンちゃんでーす! なになに? デートのお誘い?」
ビーチのバイト中なのだろう、周囲のざわめきを背景に、メイリンはハイテンションだ。
「いや、母さんがみんなでキャンプみたいなのに行こうって言うんでね」
「キャンプ? 行きたい! 行きたいけど……けど」
悩むメイリン。バイトの収入で、ボアちゃんの奥さんを飼う計画なのだそうだ。
「けど! 行くわ。イクッ! もうイッちゃう!」
音声のみなのでツトムには見えないが、あの水着エプロンでイクを連発しながら発育のいい身体をくねらせてるものだから、屋台の周囲は男たちが色めき立っていた。
「……ええと、メイリン、それでクリスも誘おうかと」
「はぁ? クリス?」
がらりと口調が変わる。
……え、僕なにか不味いこと言った?
「クリスはあの日本人少女に大失恋したばかりなのよ。そんな彼に女の子たち見せつけたら可哀想でしょ?」
言われてみればその通りだ。気が付かなかった。
というか、そもそもツトムには、自分が他の男子たちから羨ましがられるのが理解できない。思春期前なもので。
「わかった。じゃぁクリスには、僕らが休みの間いないよ、とだけ伝えて――」
「おっけー。で、何時にどこに集合?」
言葉を遮るほどに、メイリンは乗り気だった。
ツトムが答えると、「急がなきゃ!」と通話を切られた。
スマホをしまって顔を上げると、階段の踊り場からタリアが見下ろしていた。
「メイリン?」
「うん。来るってさ」
「そうなの。よかった。さっきかけたら通話中だったから」
そうか。親友なんだから、タリアにかけてもらえば良かった。
「クリスは、来ないだろうって」
「そうでしょうね……」
……タリアにも分るか。僕だけだなぁ……。
「じゃあ、シャオミンにはあたしがかけるわ。シャオウェンがどうするか、まだ聞いていないでしょ?」
「うん、じゃあ頼むよ」
ポシェットからスマホを出して通話。しばらく話して、スマホを顔から話すと、タリアは言った。
「シャオウェン、来るそうよ。で、水着は用意した方がいいか、って」
「聞いてみるよ。母さん!」
二階に声をかけると、バルコニーからマコの顔が見えた。
「ツトム、なあに?」
「水着って、持って行った方がいい?」
ぐっと親指を突きだし、マコは満面の笑み。
「あったりめーよ、南国のレジャーに水着なしなんてあるかい!」
……なにその、べらんめい調。
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