第17話 好き?嫌い?好き?
前回のあらすじ
・ツトム、喧嘩を収める。(シナリオ:くもすけ)
・メンドクサイ子。
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教室に着くと、さらなる騒ぎが二人を待っていた。
「私の席がないなんて、どういうこと! これは差別よ!」
部屋の真ん中で、一人の少女が声高に抗議している。抗議している相手は、なぜかクリス・ターナーだ。
「どうしたの、クリス」
困り果てたという表情の親友に声をかける。
「ああ、ツトム。この子が自分の席がここにあるはずだって言うんだけどね」
席順は苗字の日本語読みの五十音順だ。
「ええと、僕は福島ツトム。君の名前は?」
少女の外見は日本人と大差ない。強いて言うと少し釣り眼気味で、表情がきつく見えるが、割と整った顔立ちではある。ツトムの名前を聞いて、さらにきつくなった気がするが。
「ソ・ジュヒ」
なるほど、ソならターナーのタのすぐ前だから、このあたりになるはずだ。彼女が指さしている机の端末を見るとタで始まる名前で、一つ前がセだった。確かに、ソがない。
「そう言えば、会うのは初めてだよね。お休みしてたの?」
ソ・ジュヒと名乗った少女はうなずいた。
「入学式の前日に、風疹だと診断されたの。やっと直って登校したらこれよ。戦犯国家らしい嫌がらせだわ」
……また何か、厄介な単語が出てきたぞ。
とにかく、早く事を収めないと。この席の子が来たら、きっとさらにこじれる。
「ええと、もしかして君の名前って漢字で書けるのかな?」
少女がうなずいたので、スマホの手描き認識ソフトを起動して渡した。
「書いてみてくれる?」
少女の指が画面の上を撫でた。
爪をきれいに揃えて磨いている。ツトムはちょっと感心した。
ソフトが手書きを認識して文字にしたうえで、読み仮名の候補も出してくれた。
「
それを読み上げただけなのだが。
「ソ・ジュヒよ!」
えらい剣幕で、スマホを突っ返された。
「ああ、読みが違うんだね、ごめんよ。でも、これで理由も分かった」
こんな時はジャパニーズ・スマイルが一番だ。
「これ、校内システムのバグだと思う。西という漢字だから、ニシかサイという読みにされちゃったんだね」
周囲の机の端末を確認していく。
「多分、ここが君の席だよ」
端末の画面には「サイ・タマキ」という表示が出ていた。
「これ、私の名前じゃないわ!」
ジュヒが怒るのも分からなくはないが、自分にぶつけるのはよして欲しいな、と思うツトムだった。
隣の席の男子に聞く。
「この席、ずっと空いてたよね?」
モルディブから来たというその少年は、浅黒く掘りの深い顔で微笑むと、うなずいた。
ツトムはジュヒに言う。
「名前が間違ってるのは直してもらうとして、そのうち席替えもあるだろうから、とりあえずここに座ってよ」
なんで自分がなだめすかしているのか良くわからないツトムだが、メンドクサイ相手がまた一人増えたのは確かだった。
* * *
休み時間になると、男子も女子もツトムの席の周りに集まって来る。スマホの”くもすけ”とお喋りしたりするのも人気だが、みんなツトムや日本に関心が高いようだ。日本が建設したフローティアに住んでいるのだから、当然とも言える。
今日も、一時限目が終わるとクリスやメイリンをはじめ、数名がやってきた。
「日本ではラグビーも盛んなんだって?」
「私、あのアニメの舞台の町に行ってみたいの!」
「日本刀、カッコイイよね」
「お寺とか神社とか回ってみたいな。日本の修学旅行が羨ましい」
ツトムに話しかけると言うより、仲間同士で盛り上がってる。ラグビーはクリスだが、メイリンは日本のアニメの大ファンらしい。そう言えば、部屋にはヘビ君以外にも色々なグッズがあふれかえっていた。他の生徒も、次々に日本の話題を口にする。
そのときだ。
「何よ! 文化も何も、みんな私の国が伝えたものなのに!」
やたら棘のある声が聞こえて来た。ソ・ジュヒだ。
さっき絡まれたクリスが問いかける。
「君の国って、どこだい?」
よせばいいのに、と思うツトムだったが、手遅れだ。
「韓国よ。日本は大恩ある韓国を植民地にして、私のような少女を性奴隷にした、残虐非道な犯罪国家なのよ!」
そんな目を三角にしなくてもいいのに。
女子の一人が声をあげた。
「それ、一体いつの話?」
メイリンだ。ああ、またケンカになりそうな。相手がタリアでないだけマシだけど。思わずタリアの方を見ると、苦笑いしていた。
「私はメイリン。台湾出身よ。韓国と同じように、かつて日本に統治されていた台湾よ」
ジュヒの席へと歩み寄る。
「同じ立場のはずなのに、韓国だけがそんな酷い目にあったとでも言うのかしら?」
ジュヒは席をけって立ち上がり、メイリンを睨みつけた。
「私や祖国が嘘を言っているとでも言うの?」
「そうよ」
即答されてジュヒは二の句が継げない。
「日本に統治されるまで、台湾は長いこと文明から遠ざけられていたわ。今、なんとか先進国に追いつけているのは、日本の統治下で道路や鉄道やダムなど、インフラが整えられたから。学校を作って教育を受けさせてもらったから。韓国も同じじゃないの」
メイリン、どこでそんな勉強を?
ツトムはビックリするやら感心するやら。
「違うわ! 日本は何もかも奪った! 主権も、国王も、命も、言葉も、名前も!」
ヒステリックに声を張り上げるジュヒに対し、メイリンは「ふん」と鼻を鳴らして答えた。
「王侯貴族に奴隷扱いされてた民衆に、主権なんてあったの? むしろ、日本統治下では朝鮮半島出身の代議士すらいたそうじゃない。国王だって、殺されるどころか日本の皇族に加えられてたのよ。命? 毎年春先に大量の餓死者を出していたのに、統治下では人口が倍に増えたでしょ。言葉だって、ハングルを教える学校を初めて作ったのが日本。名前も、日本風に変えたがったのはあなたたちの方じゃないの」
まさに立て板に水だ。
「れ、歴史を捻じ曲げるなんて許さないわ!」
顔を真っ赤にして叫ぶジュヒに、メイリンが冷静に指摘する。
「歴史の捏造をしているのはあなたたちでしょ」
憤怒という言葉を絵にしたようなジュヒの表情。今にもメイリンに掴みかかりそうだ。
「ええと、メイリン、そのくらいにしとこうよ」
そろそろ次の授業だ。先生が来る前に事を収めたい。
「ジュヒもさ、そんなに怒るときれいな顔が台無しだよ」
いきなりそんな言葉をかけられて、ジュヒも怒りを忘れてあっけにとられる。
言葉面だけ見ると気障なセリフだが、単にツトムは思った通り口にしただけで、深い意味はない。
「なんというかさ、日本て国を好きか嫌いかなんて、人それぞれでいいと思うんだ。君に日本を好きになれなんて強制できないし、しない。だから日本が好きな人にも、好きなままでいさせてあげてよ」
ジュヒは席に座ってうつむいている。ツトムの言葉に納得したかにみえたが、それまでとは違う理由で顔は真っ赤だった。
「きれいな顔だって……きれいな顔……」
なにやらブツブツつぶやいているが、席が離れているのでツトムには聞こえない。そのため、別な意味での厄介事を一つ背負い込んだことを、まだ彼は気づいていないのだった。
「ツトムも罪作りな男やな」
そんな”くもすけ”のつぶやきに、非常に納得がいかないツトムだった。
* * *
「そんなわけで、ツトム兄さんをぜひ、家に招きたいのです」
放課後、いきなりジュヒに申し出られて、ツトムは呆気にとられた。
……なに、この展開?
「つか、兄さんって……」
「ツトム兄さんには色々助けてもらいましたから」
座席の件とかメイリンとのことらしい。てことは、敬語みたいな意味なんだろうか。普通に「さん」付けくらいでいいのに。
しかし困った。今日は自作シェルスーツを実際に装着してみる予定だった。”くもすけ”の操作で歩かせることはできたが、装着者の動きを拾うセンサとの調整が必要だ。
「今日は、ちょっと都合が」
「ツトム兄さん」
ジュヒは胸の前で祈るように両手を組むと、普段は釣り眼気味の瞳を潤ませて言った。
「兄さんは私の初めての……と、友達ですから」
うん、友達だよね。
「友達を自宅に招いてもてなすのは常識です」
うん……韓国の常識なのかな。
とにかく、ジュヒの自宅訪問はまた日を改めて、ということにしてもらった。ちなみに、彼女の家は花弁都市の根元近くなので、工房に行くツトムたちとエレベータは別だった。
エレベータのドアが閉じると、傍らのメイリンが言った。
「ツトム、もし嫌だったらちゃんとそう言った方がいいわよ。あの娘、思い込みが激しそうだから」
「え、思い込み?」
もう傍らのタリアが続ける。
「朝の一件と休み時間のメイリンので、なんかもう友達扱いでしょ。きっともう、彼女の中でツトムは、親友かそれ以上の扱いよ」
「親友以上って……」
「当然、恋人ね」
メイリンの指摘に愕然とする。
「こ、こい……」
タリアがビシっと指を突き付けて。
「迂闊に『きれい』だなんて女の子に言うものじゃないわよ」
え? え?
「あら、あたしにだったら、いつでもウェルカムよ」
メイリンがウィンクしてきた。タリアの方からは熱気が。
「もう、こんなところでやめてよ」
エレベータの中で他者の視線に射抜かれながら、ツトムは必死に訴えた。
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