帝国陸軍如月隊


 全ては一瞬。

 視界を埋め尽くしていた魔物の群れが、


 鋭い鉤爪に切り裂かれ、

 漆黒の剣に斬り伏せられ、

 巨大なゴーレムの拳に砕かれ、

 七色からなる異端の闇に飲まれ、

 蒼き冷気で凍り付き、

 紅蓮の炎で燃え上がり、

 逞しい鉄腕に殴り飛ばされ、

 強化外骨格の踵に腹を貫かれ、

 天使の後光に照らされて消滅し、

 床から迫り上がった影に寸断され、


 紙と化す。


 瞬く間の出来事。

 それに驚く俺と姉さんの前に、十一人目の小柄な影が降り立った。

 美しくなびく銀髪に、漆黒の戦闘服――

「帝国陸軍如月隊隊長、如月・マキ、及び隊員十名、ここに参上した! やはり二人は規格外だな!」

「た、隊長殿!?」「マキちゃ――如月・マキ! どうしてここに?!」

「連絡があったのだ。『助けてくれ』、とな」

「誰から!」

「司書から」

「何――?!」

「誠治の行動は、大図書館に確かな変化を起こしたのだ。三百年の確執を乗り越え――我等如月隊は、司書達と共に戦っている!」


 マキ隊長殿が胸を張った直後、舞い散る紙の向こうから、ワイバーンの群れが飛び出してきた。

 獰猛な翼竜達は、けたたましく鳴きながらこちらへと襲いかかってくる。それに気付いた隊長殿が、腰に差している軍刀の柄を掴み――

「荒ぶる魔物達よ、静謐なる書の世界へと還るがいい!」

 ――切っ先が煌く。

 ただそれだけで、数十というワイバーンが細切れになって散っていた。

 全く見えない、刃の軌跡を目で追うことすらかなわない。


 これが、隊長殿の実力。

 大日本帝国陸軍、特殊作戦機動部隊、如月隊――

 その隊長が、お飾りである訳がないのだ。

 そして――


「――追加だ!」

 続々と現れる魔物の群れへ、蓮夜殿が飛び込んでいく。彼はライカンスロープであり――その両腕が黒い毛並みを持つ狼のそれとなり、鋭い鉤爪があらゆる魔物を切り裂いていく。

 更に、他の区画へと散っていった隊員達の力によって、地下九階を埋め尽くしていた大量の魔物が一掃されていく。

 そう、如月隊の隊員は、マキ隊長殿と同等以上に強いのである。


 十名の隊員には各々、隊長殿が命名した、色にちなんだ二つ名がある。

『黒銀』

『漆黒』

『紅土』『月虹』

『蒼穹』『紅蓮』

『藍染』『山吹』

『萌黄』『紫苑』


――十人十色。それを纏め上げる隊長殿の、『白銀』の輝き。


 これぞ、これこそが如月隊だ。

「これが、マキちゃん……如月隊の力」

 呆然と呟く姉さんに、俺は頷き返す。

「隊長殿も成長し続けています。今では、姉さんよりも隊長殿の方が強いかもしれませんよ」

「ぬかせ。何があろうと私が勝つさ」

「そう言うと思いました」

 それでこそ、片斬・舞。俺の姉だ。

 俺達のやりとりに隊長殿が笑い、改めて俺を見た。

「そうそう、私は今も、誠治には『白虎』の二つ名が一番相応しいと思っているぞ」

「いえ、俺には虎を名乗る資格なんて……」

「いいや、ある。私にとって、誠治が『虎』で――対を成す『龍』は、舞だからな」

 隊長殿の言葉に、姉さんが驚き、何か言いかけて……けれど、押し黙る。

 そんな姉さんへと隊長殿が微笑み、言葉を続けた。

「舞は、何者にも負けない蒼き龍だ。双璧を成す二人には、その名が一番相応しい」

「……、……」

「――っと、おしゃべりはここまでのようだ」

 何百という魔物が倒された直後だというのに、更にまた同数、いやそれ以上の魔物が溢れ出す。明らかに、異常な事態が起きているのだ。

 剣を構えながら、隊長殿が声を張った。

「地下九階は我等に任せてくれ! ここが片付いたら、すぐに加勢に向かおう!」

「――解った。……マキちゃんも、気を付けて」

「ッ! 舞もな! これが終わったら、いっぱい話をしよう!」

 無言で頷いて、姉さんが走り出す。対する隊長殿は、笑みに涙を滲ませていて――俺も胸に来るものを感じながら、姉さんの背を追いかけた。

 と、そこで、背中に蓮夜殿の声が届き、

「誠治! 『箱』の中に護符を入れといたからな! 忘れずに使っとけ!」

「! ありがとうございます、蓮夜殿!」

 大声を出すのも辛いほどなのだが、それでも叫ばずにはいられなかった。


 俺の行動が実を結んだとはいえ、駐屯地への報告を怠った失敗はなくならない。それでも、隊の方々は俺を信じて任せてくれたのだ。

 その気持ちに応えなければ。思いを新たに、俺は走る。


 

 地下十階へと続く階段の踊り場で、俺は姉さんを呼び止めた。

「姉さん、ちょっと待ってください」

 一度剣を収めてから、俺は虚空に手を突っ込み、護符の入った分厚いアルミケースを引っ張り出す。

 途端、姉さんが目を剥いた。

「ちょ、ちょっと待て、どこから出した」

「魔法による空間拡張を応用した収納です。原理的には、本の魔物と同じようなものですね」

 収納したい物品を専用の魔法陣で読み取り、魔法で作られた収納空間へと収め、取り出す際には、個人の遺伝子情報を元にした魔法で収納空間にアクセスする。

 盗難等の心配がない優れもので、銀行の貸し金庫などでも使われている技術である。

 如月隊では、『箱』と呼ぶ共有の収納空間を設けていて、戦闘時にはそこに応急道具を収納する手筈になっているのだ。

「そんなものが……。なら、それは何だ?」

「陸軍で正式採用している、魔法武装の一種です。これは護符と呼ばれるもので、この中の一枚一枚に、効果の異なる魔法が封じられています」

 名刺サイズの薄いプラスチックカードに、ピクトグラムと効果が書かれている。取り出したのは、仁王立ちする緑色の棒人間の下に、『疲労回復』と大きく書かれたものだ。戦場でも一目で判別がつくよう、解りやすさ重視のデザインである。

「これを、こう」

「む、」

 護符で、姉さんの手の甲に触れる。すると、表面のピクトグラムと文字が淡く輝き、灰色になっていく。

「これで、一晩ぐっすり眠った程度には体力が戻ったはずです」

「……確かに、体が軽い」

「更にもう一枚――で、普段よりも調子がいいくらいになったと思います」

「……。……確かに」

「便利でしょう」

「便利すぎて気味が悪い……。後で反動がきたりしないだろうな?」

「ありません。人の技術とはいえ、魔法は魔法。アニス達から与えられた奇跡ですから」

「それもそうだったな……」


 未知なる物への警戒、興味、関心。

 様々な感情が入り混じった顔をしている姉さんに笑みを返しつつ、俺もまた護符を使う。

 とりあえず、疲労回復を二枚使って、効果の切れたものをケースの反対側へ差し込んでおく。こうすることで、護符が空気中の魔力を吸い、少しずつ効果が回復するのだ。

 その間に姉さんが納刀し、ジャケットとネクタイを脱ぎ捨て、胸元を開いていた。俺もそれに習いつつ、『箱』から自分用の魔法武装を取り出した。

 目的の護符を引き抜き、姉さんの肩に触れる。途端、ふわりと風が巻き起こり、汗や埃で汚れていた姉さんの髪や肌、服が綺麗になっていく。

「こ、これは……」

「シャワー代わりの魔法です。姉さんには、いつも綺麗でいて欲しいですから」

「……。そういうところが、全く……」

「?」

 どういうことだろう? 首を傾げつつも、俺も汗を飛ばす。

 不快感が消え、精神的にも身軽になった。


 踊り場は騒ぎから切り離されていて、不思議なほど静かだ。

 隣同士に並んで、二人一緒に階段を見上げた。

「……マキちゃんは、私に花を持たせたということか」

「いえ、片斬の方が大図書館に詳しいから、というだけだと思います。俺達は、名誉や功績の為に戦っている訳ではありませんから」

「思いは同じ、か。……そうだな。ならば私は、片斬としてそれに答えよう」

 一歩、姉さんが前に出る。


「――往くぞ、誠治」

「――はい、姉さん」


 階段を一気に飛び越え、俺達は地下十階へと降り立った。



 

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