古の戦場
そこはもはや、神話の戦場だった。
黒色の鱗を持つ雄々しいドラゴン、
三頭六眼の巨大蛇、
闇と混沌を纏う大蛇、
地を揺らす狼、
雷を引き起こす巨大鳥、
両脚が蛇の巨人、
異形の姿を持つ四匹の怪物、
空を泳ぐ幽霊船、
漆黒の翼を持つ悪魔、
無貌の神、
蠢く闇の如きもの――
世界は違えど、想像力の行き着く先は同じなのか――或いは、あらゆる世界はルーツを同じくしているのか。どこかで見たような、けれど決して同一ではない魔物達の群れ。
自らを圧倒的強者であると自負し、俺達が戻ってくるのを悠々と待っていたのだろう。
魔物達の目が、一斉にこちらを捉える。
圧を感じるほどの殺気に、流石に足が止まり、姉さんもまた俺の隣に並ぶ。
一つ息を吐き、俺は一歩前に出た。
「ここは俺に任せてください。俺の全力をお見せします」
「一体何を――そうか、魔法か」
「そうです」
ケースから取り出した護符を複数起動し、一気に効果を累積させる。
体が軽くなり、視野が広がり、一秒後の未来を先読み出来るようになっていく。
「この三ヶ月半、身一つで戦うようにしていたのは、姉さんに追いつきたい、という気持ちが強かったからです。魔法武装の話をしていながら、俺は全力を出さず、五年前と――道場に通っていた頃と同じ状況を作っていました。……そうすれば、あの頃のように戻れると、無意識に思い込んでいたのです」
「誠治……」
「ですが、こうなった以上、使えるものは全て使い、全力で鎮圧する。それが如月隊隊員としての使命です」
大図書館を変えると言っておきながら、誰でもない俺自身が変わっていなかったのだ。愚かだったと思う。
だからこそ、変えていくのだ。示していくのだ。
神木・誠治の、今を。
全てを。
「帝国陸軍如月隊補欠、神木・誠治――参る!」
一足で数十メートルの距離を加速し、軍刀を引き抜くと、刀身が太陽のように力強く光り輝いた。これこそ、如月隊に伝わる魔法、『退魔の光』だ。一振りであらゆる障害を斬り伏せ、その軌跡は光の刃となって敵を喰らう。
相手は巨大な魔物ばかりだ。目に付いたものから斬って、斬って、斬り伏せる!
魔物を斬るほどに、走り回るほどに魔法武装が体に馴染み、脳がそれに慣れていく。一秒よりも先の未来――数多の選択肢の中から、最善の一手が光の道となって見えてくる。故に速度は上がり、切れ味は増し、剣を振るう己の残像を横目に突き進む。
マキ隊長殿の性格もあり、如月隊の面々は誰しも『必殺技』を持っている。しかし、神木流剣術に奥義はなく、だから俺には技がない。
だが、それでいいと隊長殿は笑う。
『必ず殺す、と書いて必殺技だ。ならば――』
ならば俺の剣は、その一振りを必殺とする!
「――斬り、殺す!」
大上段から振り下ろした一刀は、強く光を放ち、『斬る』と定めた相手を全て斬り伏せ――
刹那の静寂の後、弾けるように、地下十階が紙で埋め尽くされた。
相手の硬さも、距離も、何もかもを無視する一刀。これが俺の全力だ。
地下十階に残っていた全ての魔物を斬った結果、酷使した魔法が砕け、光の粒子となって散っていく。それを背に感じながら、俺は深く息を吐き、剣を収めた。
「見事だ、誠治」
隣にやってきた姉さんの言葉に、涙が出そうになる。
だが、感傷に浸る間もなく、床がぐらぐらと揺れ始めた。
それは、大結界の破壊が起きた時とは違う揺れ方。
巨大な何かが、現れようとする前兆――!
『『『『『『『『――――!!』』』』』』』』
地下十一階へと続く大穴――その縁を破壊し、我が物顔で顔を出したのは、八つの頭と八つの尾を持つ巨大な怪物、ヤマタノオロチだった。
八つの咆哮が空気を震わせ、舞い散っていた紙が一気に吹き飛ばされていく。
あまりにも巨大すぎて、体の半分以上が地下十一階から出てきていないほどだ。だが、神話の怪物には些細な問題なのだろう。魔物対策が施され、強固に出来ている大図書館の床を、音を立てて破壊しながら近付いてくる。
「最後は神話の怪物か」
「美しい娘はいますが、酒の用意がありませんね」
「関係あるまい。私はクシナダではないし、お前もスサノオではない。ただの姉と弟だ」
姉さんが一歩前に出る。その目には決意が、そして口元には獰猛な笑みが浮かんでいた。
懐かしい――片斬・舞の笑みだ。
「見ていろ、誠治。次は私の全力を披露してやろう」
姉さんが、刀の柄へと手をかける。
ふわりと、その艶やかな髪が揺れた。
それこそ、姉さんが自らの枷を外した合図。
「――出番だ、『桜花』。目を覚ませ」
ゆっくりとした、余裕のある抜刀と共に、しゃらん、と神楽鈴を鳴らしたような澄んだ音が響き渡り、刀の付け根から、淡く桜色の光が溢れ出す。
そして――
「――斬り伏せる」
大上段からの、見惚れるほど美しい一振り。
途端、ぴたりとヤマタノオロチが動きを止め――
振り返った姉さんが納刀した直後、八つの頭がずるり、と斜めにずれ落ちた。
そして床に落下し――爆発の如く弾け、凄まじい風を引き起こしながら紙が舞う。
距離を無視して一刀に伏す。
それこそが、姉さんの振るう日本刀、『桜花』の本来の力だ。
やっていることは俺と同じ――なんて、口が裂けても言えない。俺の方が、『桜花』を真似ているのだから。
技術を磨き、魔法を使い、その切れ味に極限まで近付けたつもりでいたが、こうして見ると足元にも及ばない。
切れ味が違う。
鮮やかさが違う。
何よりも、美しさが違う。
「嗚呼――流石は姉さんだ」
「だろう?」
ようやく収まってきた風の中、姉さんが屈託なく笑う。
それは、初めて『桜花』を使って見せてくれた時と同じ笑顔だった。
あの日と同じように、俺達は二人で笑い合って……お互いに、表情を改める。
「さて――」
「――はい」
桜の花のように紙が舞う中、最初の倍以上に広がってしまった大穴の先――地下十一階には、未だ巨大な魔法陣が展開し続けていた。
青白い輝きは先の数倍以上となり、魔法陣ははっきりと形を作っている。もはや一刻の猶予もないのは明白だった。
俺はケースから通信用の護符を取り出し、空へと放り投げる。それは空を舞い、状況を逐一相手に送信するものだ。俺は受信用の携帯端末を『箱』から引っ張り出し、地下九階の状況を確認する。
「地下九階は――沈静化が済んだようです。すぐに行く、と連絡が」
「そうか、流石はマキちゃんだな」
姉さんが階段の方を見やり――その視線を追うと、階段を駆け下りてくる白銀色があった。
その輝きに頼もしさを感じながら、俺は大穴の先を睨む。
「……あれが、最初でしょうか」
「いいや、あれが最後だ。ここには私とお前――片斬と如月隊がいる」
姉さんが断言する。何よりも嬉しく、心強い言葉だった。
「それ、マキちゃんに通じているのか」
「はい。聞こえて――いますね」
隊の面々を引き連れ、マキ隊長殿がこちらに大きく手を振ってくる。
姉さんがそれに軽く手を振り返し、言った。
「では、先陣を切らせてもらおう。今後は協力していくとはいえ――私の誠治が補欠扱いなのが、ずっと気に食わなかったんだ。共に力を示しておかないとな」
この土壇場だというのに、悪い顔だった。だが、これでこそ俺の姉さんである。
「――失恋を吹っ切るには、丁度いい」
姉さんが小さく呟いた直後、巨大な魔法陣が一際強い輝きを放ち――
遂に、異世界の軍勢が、この帝都へと侵入してきた。
赤黒い鎧を着込んだ歩兵や、馬のような魔物に跨った騎兵隊が、陣形を保ったまま進軍してくる。その背後には、鎖に繋がれたドラゴンの姿もあった。
「誠治、大図書館の規律は知っているな」
「はい。『大図書館への出入りは、一階正面にある出入り口から』、です」
「そうだ、それを破った者に慈悲はない。大図書館に土足で踏み込んだこと、骨の髄まで後悔させてやろう」
ゆらりと、姉さんの髪が揺れ――
俺もまた、魔法武装を再使用し――
――共に、剣を抜く。
「往くぞ、誠治!」
「はい!」
決意と共に、俺達は地下十一階へと飛び込んでいく。
迷いも、
躊躇いも、
何もない。
「どんな魔物も、」
「どんな脅威も、」
「「斬ってしまえば同じこと!」」
故に!
「斬る!」
「殺す!」
全てを斬って、未来を拓くのだ!
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