ぶらり浅草


 その後も三人で世間話をして、十五時を回った頃。

「一ヶ月ぶりに戻ってきたんだ。少しは羽を伸ばしていくといい」

 というマキ隊長殿の提案で、俺達は私服に着替え、電車に乗り込んでいた。


 車窓を流れる街並みは、一ヶ月前と変わっていない。なのに、不思議と懐かしさを感じさせた。

 立ち並ぶ高層ビル。行き交う自動車。客人の姿も多く見られる人波。木々はすっかり紅葉し、街を鮮やかに彩っている。日が暮れるのも随分と早くなっているようだ。

 ただ、今日は朝から風もなく、綺麗な日本晴れだったから、コートがなくても過ごしやすい。小春日和とはこのことだった。


 アニスは、『小春日和』という言葉を詳しく知っているだろう。だが、この日差しの暖かさや、穏やかな空気を体感したことはないのだ。太陽の偉大さを感じると共に、様々な想いが胸に渦巻くのを感じた。

「なぁ誠治、大図書館に戻るついでに、何か土産物を……おーい、誠治?」

「えっ、あ――すみません、蓮夜殿。つい考え込んでしまって」

 蓮夜殿に肩を叩かれ、我に返る。それに蓮夜殿が苦笑し、

「今くらいは気を抜けよ。土産、買ってくだろ?」

「土産……。そうですね、会話の糸口にもなりますし、各階に配って回ろうと思います」

「だったら、次で乗り換えようぜ。帝都の人間は、意外と定番の帝都土産を食ってなかったりするからな」

 車内は若干混雑していて、俺達はつり革に掴まっている。並びは、俺、マキ隊長殿、蓮夜殿の順で――ちらりと見ると、蓮夜殿の左手は自由のようでいて、すぐさま隊長殿の背中を支えられるようになっている。と、そこで電車が軽く揺れて、

「おっと」

「っと。大丈夫か、マキ」

「平気だ。ありがとう、蓮夜」

 ふらっとした隊長殿を、蓮夜殿が支える。微笑ましい光景だ。アニスに片思いしている今では、羨ましくもある。

 だが、そこにはいくつかの嘘があって、お互いにそれは解っていて、でもその上で軽い演技をしている。イチャイチャしている、と言ってしまえばそれまでだが、そこには深い思慮と愛情があるのだ。

 ――この電車がどれだけ揺れようと、マキ隊長殿は一切姿勢を崩したりしないのだから。

「隊長殿は、素敵な方です」

「な、なんだ、いきなり。急に褒められると照れるじゃないか」

「そうだろう、そうだろう。俺の自慢の彼女だからな」

 赤くなる隊長殿の頭を、蓮夜殿が撫でる。周囲から嫉妬の炎が上がった気がしたが、見なかったことにした。


 上野から浅草線に乗り換えて、浅草寺へ。

 平日とはいえ、観光客が多い中を参拝して、仕事の成功と、縁結びの願掛けをする。

 その後、立ち並ぶ店を見て周り、途中でソフトクリームを買って食べ始めたところで、俺はつい言葉を漏らしていた。

「……司書の方々は、こうして買い食いする文化すら知らないのです。ですが、それを押し付けるのも間違っていると俺は思います」

「そうだな。私達に必要なのは、ソフトクリームの美味しさを共有出来る余裕だ。買い食いに誘うのは、それからでも遅くない。むしろ、一緒に食べなくてもいいんだ。別々の店でもいいし、持ち帰って食べてもいい。ソフトクリームじゃなくて、たこ焼きを食べたっていい。『それも美味しいよね』とお互いを認め合える――そういう未来を、私達は作っていくんだ」

「――はい」

 本当に、マキ隊長殿は素晴らしい人だと思う。

 だが、彼女とて、完璧な超人ではないのだ。雑踏を眺める横顔に、少しだけ寂しさが滲んでいた。


 片斬と如月隊、その対立の歴史は長い。だが、姉さんとマキ隊長殿の間には、確かな友情があった。その絆は尊いものだ。

 しかし、『片斬家の嫡子と、後に如月を拝命する少女が、同時期に同じ道場に通っていた』、というのは、あまりにも出来すぎている。

 そこに何者かの意図があったのだろう、ということは、俺にも予想出来た。


 蓮夜殿曰く、国が大図書館に干渉しようとする動きは、定期的に見られていたという。今回はかなり大胆に、その一手が打たれているのだろう。

 大図書館から得られる異世界の知識は、国の発展に大きく貢献してきた。だが、大図書館の内情はあまりにも不透明すぎるのだ。

 例えば、地下六階以降が立ち入り禁止なのは、単純に危険だから、というのが今ならば解る。だが、司書はその理由を明かさない。『そう決まっているから』の一点張りである。それでは、『何かあるのではないか?』と勘繰られても仕方がない。

 三百年続いてきたからこそ、片斬と司書は保守的になりすぎてしまっているのだ。

 それを透明化し、管理下に置きたい、と国が考えるのは当然だった。そしてアニスの性格からして、今までどおり本を読み、知識を得られるのであれば、館長権限を国に譲渡する可能性は高い。恐らく過去の魔女もそうだっただろう。だがそうなっていないのは、国からの要望を片斬家が握り潰しているからだ。


 大結界に阻害され、外から魔女へと直接連絡を取ることは出来ない。故に、連絡や通達には司書を経由することになり、その際に片斬家の検閲が入るのだ。

 大図書館出向の辞令を受けたあの日、俺がすぐに地下六階へと向かったのは、真っ先に魔女、そして姉さんと接触し、片斬家の干渉を逃れたい、という考えがあったからだ。片斬家のことなら、俺も詳しいのである。

 片斬家は、自分達にそれだけの権限がある、と思い込んでいる。実際にはそんなものは存在しないが、しかし魔物退治の実績がある以上、国も強くは口を出せないのだ。


 歴史は重みを持つ。

 たった三百年だが、しかし世界を劇的に変化させた三百年であり――

 歴代の片斬が魔物を斬り伏せ、積み上げてきた平和の重さだ。


 故に、片斬家は助長し、国は慎重になっていく。それでも打たれた一石が、如月・マキと新設された如月隊であり――俺もまた、見えざる手によって盤上に立たされている。

 だが、姉さんとマキ隊長殿の友情には、家柄も国家も関係がない。

 俺はただ、二人が仲良く買い物に出かけられる未来を作りたいだけだ。誰かの駒になるつもりなど一切ない。俺は俺の意思で行動し続ける。

 俺は如月・マキの部下であると同時に、片斬・舞の弟なのだから。

「…………」

 ――決めた。やるからには徹底的に、だ。


「見てみろ、マキ。誠治が悪い顔してるぜ」

「ん? あれは決意の決まった顔じゃないのか?」

「誠治も、こうと決めたら曲がらないタイプだからな。理想の為なら悪も成すさ」

「蓮夜殿、聞こえていますよ」

 苦笑する。

 蓮夜殿が言うほど、理想に殉じられるかは解らないが、否定は出来なかった。


「――誠治」

「――はい」

 真剣な呼び声に、マキ隊長殿へと向き直る。

 その顔には、複雑な色が浮かんでいた。

「頑張ってくれるのは嬉しいが、無理はするな。むしろ、魔女殿との恋を優先するくらいでいい。誠治が誠治の人生を歩むこと――如月隊もまた人間なのだと示すことが、大図書館の変化に繋がるだろうからな」

「人間だと示すこと……ですか」

「そうだ。我々とて、そうだ。如月隊と同等の力を持つが故に、我々もまた『片斬は圧倒的な存在である』と思い込んでしまっている。まるで、神話の怪物であるかのようにな。

 だが、違う。そんなものは、違う」

 凛と、隊長殿が言う。断言する。

「――片斬・舞は人間だ。私達はそれを知っている。それを忘れてはならないんだ」

「隊長殿……」

 以前、隊長殿が言っていたことがある。『私の髪は、赤鼻のトナカイと一緒なんだ』と。

 笑いもので、よく目立つ――なんて。客人が多い帝都では、金髪や銀髪など、輝く髪色の人は珍しくないから、埋没する色だと思うのに……こうしている今も、隊長殿は誰よりも目立っている。

 隊長殿には隊長殿の事情と秘密があり、それは一兵卒である俺には到底窺い知れないものだ。

 だからこそ、その言葉は重たく響く。

「『怪物と戦うものは、自らも怪物と化さぬよう気を付けよ』、だ。我々は、舞を怪物にしてはならない。そして我々もまた、怪物になってはならない。我々如月隊も、片斬も、魔物を倒すという志を同じくした、ただの人間なんだ。誰も彼も等しく、そこに違いなどない。恋をして、愛を育むことが出来る。それを、示すんだ」

「――了解です、隊長殿」


 焦らず、一歩ずつ、着実な変化を起こしていく。

 改めて、俺はその決意を固めたのだった。



 

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