新たな歴史


「そういう意味では、誠治の発言も危なかったな」

「どういうことです?」

「考えてもみろ。地上一階の展示本に細工がなされ、外部への連絡を阻害する動きがあったんだ。この女が誠治の実力を片斬以上だと捉えていたら、侵略日を月末に、誠治が駐屯地に戻っている間を狙っただろう。

 つまり、お前が少しでも天狗になっていたら、今頃帝都は攻め落とされていた、ということだ」

「――ッ、」

 確かに、そうだ。自分の想像力のなさにぞっとし、言葉が出なかった。

 

「私の存在、誠治の技量、司書の実力差など、緘口令を敷く項目は多い。――その上で、大図書館にも魔法武装を導入していこうと思う」

「ほ、本当ですか」

 思わず顔を上げると、姉さんが重く頷いた。

「ああ。備えは必要だと痛感させられた。何より、司書達の初の実戦経験が、今回の事件になってしまったんだ。自信よりも、魔物に対する恐怖が強まってしまった者が多い。

 だがそれでも、奮起の意思がある者は存在している。ならば、道を示すのが片斬の仕事だ。これからは、私も率先して魔法武装を使っていこうと思う。上が変わらなければ、下も変われないからな」

「姉さん……」

「私もお前も、今回の失態はこれで挽回していこう。よろしく頼むぞ、誠治」

「はい! 片斬家からの反発もあるでしょうが、その時は俺が――」

「いや、それは気にしなくていい。今まで表立って魔法技術を取り入れなかったのは、『大図書館は不変である』という矜持と、『如月隊に対抗する』という信念によるものだった。だが、その結果の傲慢が、今回の一件を招いてしまったんだ。文句を言ってくるようなら、私が斬る」

 堂々と、姉さんが断言する。これなら、片斬家の未来も安泰に思えた。

「……ただ、姉様はどう思われますか?」

「私は舞の判断を尊重しよう。好きにするといい」

 姉さんがほっとした様子を見せ、アニスがそれに微笑んだ。


「大図書館のあり方が変わろうとしているんだ。魔女も少しは変化していこうと思う。三日前の魔法は、その宣言のようなものだ」

「あれは本当に凄かったです」

 異世界人達が捕らえられた後――アニスが歌うように呪文を唱えると、空中から七色に輝く光の粒子が生まれ、それが雪のように大図書館中に降り注いだのだ。

 すると、割れた照明や床の傷が修復され、倒れていた書架が独りでに立ち上がって整列を始め、山のように積もっていた紙が舞い上がり、空中でぐるりと渦を巻いた。そして、その先端から瞬く間に本へと戻り、書架に自分から飛び込んでいったのだ。

 その現象は全階で起こり、十五分もしない内に、大図書館は元の姿を取り戻したのである。

 ただ、元に戻っただけで、本の並びは完全に狂ってしまい、別の階に紛れてしまった本も多かった。だからこの三日間はその修正作業に追われていて、今も完全には終わっていないのだ。


「魔女は万能の魔法を使えるが、完璧ではない。それを司書達が知ったことも、変化に繋がっていくだろう。今後は、大図書館の管理、運営のやり方も変えていこうと思う。良くも悪くも、契機になったのは確かだな」

「大図書館の運営を?」

「姉様は、一体何をなさるつもりなのです?」

「蔵書管理の効率を上げようと考えている。今回、本来ならば魔物化しないはずの本までもが変化したことで、大図書館地下六階から、現在拡大中の十一階までの、約二億五千万冊分の魔力が解放され、ただの本に戻っているんだ。これにより、向こう五百年分の浄化作業の手間が省けた」

「「ご、五百年分」」

「何より、今までの大結界は、三百年前のものから機能を追加し続け、使い勝手が悪くなってしまっていたからな。その張り直しと共に、大図書館にやってくる本を自動浄化する魔法なども追加しておいた。手作業よりも効力は落ちるから、全く魔物が現れなくなった訳ではないが、浄化作業の手間を大幅に減らせたのは確かだ」

 フフフ、とアニスが暗く笑う。

「大図書館は魔女の楽園だからな。あらゆる知識を得たくてここを建てたのに、それを阻害されるのでは本末転倒だ。奇跡でもなんでも使って対策していくさ」

「「凄い……」」

 姉弟揃って、感嘆の息を吐く。この三日、アニスも色々と作業していると思っていたら、そんな大改革を成し遂げていたとは。


 ……本来なら、三百年前にやっておくべき作業だったのかもしれない。

 だが、後の片斬となる者が、魔物を倒せたから――倒せてしまったから、それは三百年もの間、成されなかった。

 つまりこれが、歴史の転換点。

 大図書館の不変が終わり、新たな時代が始まるのだ。



 

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