マキ隊長殿


「おはよう、諸君!」

「おはようございます、隊長殿!」「おはよう、マキ」

 椅子から立ち上がって敬礼すると、隊長殿が「うむ!」と満足そうに頷いた。


 如月・マキ――十六歳という異例の若さで、如月隊隊長に任命された才女だ。

 釣り目がちのぱっちりとした紅い瞳に、輝く銀髪が目を引く美少女である。地毛だというそれは長く艶やかで、揺れる度に光の粒子が舞って見えるほどに美しい。

 ワンピース型の軍服を着ていて、無骨な軍靴がやけに似合っていた。

 マキ隊長殿が笑うと、ぱっと部屋が明るくなる感じがする、そういう雰囲気のある人だ。

 小柄ながら、背筋をピンと伸ばして歩いてくる姿は威風堂々、活力に満ちている。その両手が、俺の腕を両側からバシバシと叩いた。

「ご苦労、誠治! この一ヶ月、お前の報告を首を長くして待っていたぞ! ――して、どうだ、大図書館の方は」

「思ったよりも、壁は高く感じます。ですが、姉さんと再会し、共に戦うことが出来ています。着実に状況は進んでいるかと」

「おお、舞と逢えたか! 息災だったか?」

「はい。剣は冴え、志は高く――あの頃と変わらず、強敵です」

「そうか、そうかぁ……。出来れば私も舞と話がしたいが、こうして如月隊を任された以上、難しいところだ。他の司書に角が立っては意味がないからな。だからこそ、誠治には期待しているぞ!」

「はい!」

「マキ、その辺にしとけ。ただでさえ誠治には無茶をさせちまってるんだ」

「それはそうだが……」


 むう、と難しい顔をして、隊長殿が蓮夜殿の隣に座る。見慣れたその光景に、戻ってきたのだと改めて感じられた。

 自然と表情が和らぐのを感じつつ、俺は鞄から一ヵ月分の報告書を取り出す。

 大図書館の現状、片斬及び司書の実態調査、魔女の所見、魔物の出現数や時間帯等々と、所感を纏めたものだ。

 報告書の類は、全てプリントアウトして提出することになっている。場所は取るが、保存媒体としての『紙』の強さは、三百年以上前から変わっていないのだ。

「隊長殿、報告書です」

「うむ、確認しよう」

 隊長殿が報告書に目を通し、蓮夜殿がそれを覗き込む。二人とも、真剣な表情になっていた。

 隊長殿が顎に手をやり、むう、と唸る。

「……そうか、やはり日常的に魔物は出ているのだな。片斬の防衛力には驚かされるばかりだ」

「一騎当千、天下無双ってやつだな。三百年の歴史も頷ける」

「だが、それがこの先も続くとは限らない。その為の如月隊だ」

 隊長殿の言葉に、俺は深く頷く。

 例え無駄になろうとも、常に万一を想定し続ける。軍隊とはそういうものだ。

 徒労に終われば、それが一番なのである。



 そうして、資料を手に暫く話をし……今後も変わらず活動を続ける、と決まった後、蓮夜殿が改めて俺を見た。

「それじゃあ、一段落したところで話の続きだ。――マキ、聞いて驚け。誠治が恋をしたそうだぞ」

「! 本当か、誠治!」

 ガタッ、と椅子を倒さん勢いで立ち上がって、マキ隊長殿が目を輝かせる。予想以上の反応で、驚いてしまった。

「相手は誰だ? もしかして舞か?」

「いえいえ……。俺が好きになったのは、大図書館の魔女、アニス――殿です」

「魔女殿! そうか魔女殿か! 舞から話を聞いたことがあるが、とても聡明な方であるそうだな!」

「はい。その上、好奇心豊かで頼もしく、厳しい方です。ですが……」

 顔が熱くなってくるのを感じながら、俺は思い切って言った。

「恥ずかしながら、俺は男女関係に疎く、解らないことだらけです。そこでお聞きしたいのですが……蓮夜殿は、どうやって隊長殿に告白を?」

「俺の場合は……、――マキ、言っていいのか?」

「む……。……だ、大事な部下の悩みだ、構わん」

 蓮夜殿の問いに、隊長殿の顔が赤くなる。それに首を傾げていると、蓮夜殿も若干恥ずかしそうな様子で教えてくれた。


「俺達の場合は――俺からじゃなくて、マキが告白してくれたんだ」

「なんと」

 マキ隊長殿は、姉さんに引けを取らないくらい真面目な方だ。だから蓮夜殿が口説き落としたのだとばかり思っていたのだが、逆だったとは。

 驚く俺に、蓮夜殿が笑い、隣に座る隊長殿を見つめた。

「一昨年の一月、色々動き出す前だ。俺はこんなだし、マキは隊長職が内定してただろ? 時期的に不味いと思ったんだが、凄い熱意でなー?」

「れ、蓮夜、からかうな!」

「可愛かったって話さ」

「かわっ?! ううう……」

 隊長殿が真っ赤になって小さくなり、その頭を蓮夜殿が優しく撫でる。

 普段元気なだけに、隊長殿のしおらしい姿は珍しく、可愛らしかった。

「だから、聞くならマキに、だな」

「――では隊長殿、ご教授を」

「う、ウム!」

 声が裏返っていた。物凄く恥ずかしいだろうに、それでも真っ向から相手をしてくれる。逃げない。それがマキ隊長殿の強さであり、頼もしさなのだ。

 だが、流石に恥ずかしさが勝ったか、隊長殿が十六歳の恋する乙女の顔になって、蓮夜殿を見上げた。


「私は……、……うう、すまぬ誠治。私にはアドバイスらしいことが出来そうにない。私はその、気付いたら蓮夜を好きになっていたから」

「いえ、構いません。俺も同じなのです。ふと気付けば、相手を目で追っていて、一緒にいたいと思っていました」

「そ、そうだったか。なら、私から伝えられることは一つだ。――行動しろ。自分からアプローチをかけて、相手の気持ちをこちらに向けさせるんだ。本当に大切なことは、言葉にしなければ伝わらないからな」

「こ、言葉に……」

「そうだ。『神木・誠治の言葉』を伝えるんだ。借り物の台詞ではなく、な」

「……――はい」

「自信を持て、誠治。お前は真面目で腕が立つ、立派な男だ。私が見込んで、大図書館に送り込んだ男だ。お前の気持ちを真っ直ぐに伝えれば、その想いは必ず伝わる。真剣に、丁寧に、想いを伝え続けるんだ。

 何より――告白は、一度したら終わりではない。恋人同士になって初めて、二人の関係が始まる。だからこそ、言葉を重ね続けることが重要なんだ」

「一度で、終わりではない……」

 天啓のようだった。俺は、告白というものを勘違いしていたようだ。

 動揺の中、世界が開ける感覚がする。


 と、蓮夜殿が苦く笑った。

「つっても、焦って突っ走るなよ? 誠治はこれからも、大図書館で働くことになるんだ」

「わ、解っています」

 恋愛など何事だ、と叱られてもおかしくない状況であるのに、こうして相談に乗ってもらえているのだ。迂闊に行動して失敗しては、二人に顔向け出来ない。

「けど、行動しなきゃ何も変わらねぇんだよな」

 蓮夜殿が笑う。

 嗚呼――だから気付いたのだ。きっと蓮夜殿も頑張っていて、でも躊躇って、その逡巡の間に隊長殿がズバッと切り込んできたのだろう。

「頑張れよ、誠治」「うむ! 私達はお前の味方だからな!」

「はい!」

 二人に相談してよかったと、心から思えた。



 

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