春咲駐屯地にて
「それで……実はその、好きな人が出来まして」
「おお、マジか! ついに誠治に春が来たか!」
マジかあ! と嬉しそうに笑う蓮夜殿に、俺は苦笑するしかない。
ここは帝都北部に存在する春咲駐屯地――その一角にある如月隊の部隊室だ。
如月隊は今年四月に新設された部隊なので、資料の類は殆どなく、長机と椅子が並ぶ部屋はどこか閑散としている。過去の如月隊が残した資料は膨大な量に上るらしいのだが、存在を秘匿された部隊であった為、それらは全てなかったことになっているのだ。
ゼロからの再スタート。だが、如月隊の活動方針は変わっていない。
そもそも如月隊は、異世界人を敵と想定して創設された部隊だ。
魔法を最初に受け入れた日本国は、魔女を始めとした多くの異世界人を受け入れ、同時に彼らへの対策を始めた。故に、如月隊の存在は秘匿され続けたのである。
対策の中には、対魔物戦闘も含まれ、魔法を使った武装も真っ先に取り入れられていった。あらゆる世界の技術、戦術を吸収し、如月隊は他に類をみない特殊な部隊として成長したのだ。
そうして、三百年。
肝心の異世界人達とは友好な関係を築くことが出来て、争いは起きずに今に至る。
だが、大図書館の本は今も増え続け、相対的に魔物の数も増えている。片斬は完璧に仕事を行っているが、いざという時に如月隊が迅速に行動出来なければ意味がない。
大図書館の危機は、帝都の危機でもあるのだから。
そうした背景もあり、如月隊は新規部隊として創設し直されたのだ。
大図書館への隊員派遣は、如月隊新設以前から推し進められていたらしい。ただ、それに相応しい人材が見つかっていなかった。そこに現れたのが、俺だった。
『片斬の弟』を自称する男など前代未聞だったようで、マキ隊長殿の推薦があった後も、協議が重ねられたという。そして今年八月に正式に出向命令が下り、俺は九月初頭から大図書館で働き始めたのだ。
あっという間に一ヶ月が経ち――九月末の今日、俺は報告の為に駐屯地へと戻ってきていた。
季節の変わり目だったこともあり、世界ががらりと変わってしまったように見えて、浦島太郎気分だ。それでも、蓮夜殿は変わっていなくて安心していた。
「春は春ですが、まだ叶うかどうか解りませんし」
「叶えるんだよ。恋ってのはそういうもんだ」
蓮夜殿が笑う。頼もしい笑みだった。
冴島・蓮夜、二十二歳。俺の先輩であり、旧如月隊の一員でもあった人だ。
やや長い黒髪に、端整な顔立ちをした長身の二枚目で、欠点らしい欠点のない、少女漫画から出てきた王子様のような人だ。五年前、寮生活を始めた頃に知り合ってから、ずっとお世話になっている。本当に、頼れる先輩だ。
とはいえ、最初は片思いの話をするつもりではなかったのだ。この一ヶ月の報告と、大図書館の内情を話して、世間話をして……そこで少し、弱音が出てしまった。
物心付いた頃から剣を振るい、父さんの厳しい鍛錬に耐えてきたから、俺は肉体面の強さには自信がある。だが、心の強さは話が別だ。
姉さんに怒られるのは、慣れているからまだいい。むしろ懐かしさすら感じている。
問題は、司書達の対応だった。
地上階の司書達は、事務的とはいえ話を聞いてくれるものの……地下六階に近付くにつれて、どんどんと対応が冷たくなっていくのだ。
笑顔で話しかけても無視されるし、露骨に睨まれるし、何もしていないのに舌打ちされるし。最近では、嫉妬や妬みの視線を向けられることもあった。
片斬と一緒に働いているのが気に食わないのだろうか? だが、どうもそういう感じではない。では何が問題なのか? と考えてみても、答えは一向に出てこない。はっきりしているのは、司書から毛嫌いされている、という事実のみだ。
そんな弱音をちょっと吐き、慰められて……悪いことではなく、良かったことの話をし始めたところで、片思いの話題を出したのだった。
と、思ったより長話になってしまった為か、十三時を告げるラッパが聞こえてきた。
だが、誰も昼から戻ってくる気配がない。
「あれ、皆さんは?」
「自宅待機中だ。出向組には休暇が出てる。誠治がある程度の結果を出すまでは、俺達も動かない方がいいだろうってマキが判断してな」
「そうでしたか。……長い待機になりそうですね」
「気にすんなって。如月隊ってのは基本的にそういうもんだからな。全員それは解ってる。だからお前は焦らなくていいんだ、誠治」
「はい……!」
肩を叩かれて、強く頷き返す。本当に、心強い言葉だった。
「マキにも連絡したんだろ? なら、そろそろ――」
蓮夜殿が顔を上げた直後、部屋の扉が軽やかに開いた。
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