予定確定


「こちらにおられましたか。ただいま戻りました」

「おかえり、舞」

「お疲れさまです、姉さん。何か淹れましょうか」

「いや、構わん。それよりも、司書達から話を聞いたぞ。私にも動画を見せてみろ」

 姉さんから携帯端末を手渡される。そういえば、応接室のソファーテーブルの上に置いたままだった。

「解りました。ちょっと待ってください」


 受け取った携帯端末のスリープを解除すると、暗証番号を入力し……隣に腰掛けた姉さんと、対面のアニスの視線を感じつつ、俺は机の上に端末を置いて動画を再生する。

 一分ほど経ったところで、姉さんがぽつりと呟いた。


「……よく撮れているな」

「五年前の端末ですが、動きに対して強い機種なので、そこは現行のものに負けていません」

「五年……ああ、アレか」

「アレです」

 五年前、仲違いをする数日前に出た機種だ。背面の白銀色が美しく、持つならそれがいい、という話を姉さんにしていたのだ。

 覚えていてくれたのが嬉しく、『当時の空気を取り戻したい』と改めて思いながら、俺は動画から姉さんへと視線を向けた。

「姉さんから見て、彼らはどうですか?」

「悪くはない。だが、地下六階に連れて来ることは出来ないな。さっきも、自信があるという者に刀を降らせてみたが、刃物を握っているという――生き物を殺す、という覚悟が足りていなかった」

「姉さんの前だからでは?」

「私を殺せるほどの気迫がなければ、魔物を殺せる訳がないだろう。何より、片斬の前だから、と物怖じするような性格の時点で駄目だ」

「それもそうでした」

 アニスが若干引いているのが見えて、苦笑する。

 だが、大事なことだ。武器を手にしている以上、相応の覚悟がなければならない。

 書の魔物とはいえ、生きている。だが、動物だろうと、無機物だろうと、例え人の形をしていようと、魔物である以上は斬り伏せるのが俺達の仕事だ。躊躇えば、命はない。

 その上、大図書館は広く、魔物も集団で現れることがある為、一対多の戦闘が多い。遊び半分では、殺されるだけなのである。

 姉さんが、片斬の顔で言葉を続けた。


「動画という形で客観的に自分の動きを見て、思っていた以上に出来ていない、と気付いた者もいた様子だった。誰も口には出さないが、腑抜けていた自覚は出来たようだ」

「そこで共に戦える仲間が増えたら、心強いと思いませんか?」

「……どうだかな」

 否定しないのなら、大きな一歩だ。それを内心喜んだところで、アニスが口を開いた。

「なぁ、舞。定期検査の日取りを早めないか? ここ最近、どうも違和感があるし、司書の変化が起きつつある今、不穏な空気を抱えたままにしておくのはよくない。上階の問題は司書に解決させればいいが、地下はそうはいかないからな」

「確かにそうですね……。何かあれば、戦闘を行わない上階の司書ほど怯えるでしょうし、彼らが暗い顔をしていれば利用者も不安になります。それは避けなければなりません」

「では、決まりだな。今回は誠治も連れていけ」

「いりません」

 姉さんの即答に、アニスが苦笑する。

「そう言うな。一人よりも二人の方が、確実性が上がる。舞の目を疑う訳じゃないが、今回は普段以上に万全を期したい。『解らない』のは、気持ちが悪いからな」

 一つ一つは小さな違和感でも、積み重なれば不安になる。俺が思う以上に、アニスの懸念は大きいように感じられた。

 だがすぐに、場の空気を変えるようにアニスが微笑んだ。


「それに、クリスマスには誠治がケーキを作ってくれるらしいぞ。憂いなく楽しみたいじゃないか。なぁ、誠治」

「はい。ちなみにチョコレートケーキです」

「む、」

 と、姉さんが唸る。だから俺は言葉を重ねた。

「ガトーショコラの予定です」

「むぅ……」

「ザッハトルテもいいですよね。グラサージュをかけて、艶々に仕上げて」

「あー……」

 姉さんが天を仰ぐ。情に訴える以上に、物で釣るのはどうかと思うのだが、これが一番効果的なのも事実なのである。何より、姉さんと一緒にケーキを食べたい、という気持ちも強いのだ。

「リクエストがあれば作ります」

「……。……苺の、あの、二層の」

「出来ます。あれは今も定期的に作っていますから」

 ストロベリーとヨーグルトを二層に仕立てた、ムースケーキのことだ。

 以前、姉さんの誕生日に作って出したところ、とても好評で――今も、大切な人の誕生日に作る、俺の中で特別なケーキだった。

 暫く天井を見てから、姉さんが視線を戻し、

「……解りました。誠治と共に行って参ります。……魔女様、笑わないでください」

「いや、すまない。舞のそういう姿を見るのは初めてだからな」

 小さく笑っていたアニスが、嬉しそうに息を吐く。

 姉さんは若干複雑そうな、むず痒そうな顔をしていた。


「という訳で、誠治には舞と一緒に地下十階の定期検査を行ってもらう。地下六階は私が見ておくから、心配しなくていいぞ」

「解りました。ですがアニス、検査というのは?」

「魔物を倒すのではなく、異変の有無の確認をするんだ。誠治も知るとおり、異世界から大図書館にやってきた本は、大結界の力で必ず書架に納まるようになっている。その書架や本が、他の階と同じように均等に並んでいるか、歪みなどがないかをチェックする。その上で、落ちている本があったら迷わず斬ってくれ。そうした本は、魔女の施した魔法に逆らっているということだからな。非常に危険度が高い」

「本来ならば、片斬のみに任される仕事だ。気を抜くなよ、誠治」

「了解です」

 しっかりと頷き返す。すると、対面のアニスが微苦笑した。

「舞、そう脅かすな。気負いすぎるのもよくないからな。――今のところ、地下十階に違和感はないから、定期検査は何事もなく終わるだろう。だから二人は、『何もない』を確認してくれればいい。何かあったら大問題だからな」



 

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