第17話『ナツコイ』

 6月11日、月曜日。

 一昨日、昨日と楽しいことがたくさんあったからか、月曜日が来ることが嫌だとは思わなかった。学校に綾奈先輩がいるからかな。それとも、今週末に綾奈先輩の家にお泊まりするイベントが待っているからかな。

 そういえば、先週の学校生活が始まったときは、綾奈先輩と出会っていなかったんだよね。もっと前だったんじゃないかと思ってしまう。そう考えるとこの1週間がとても濃密だったことが分かる。今週もいい1週間になればいいな。



 今日の天気は雨のち曇り。お昼には雨が止んで、それ以降は降る心配はないという。なので、今日は放課後に園芸部の活動をたくさんできそうかな。

 教室に行くと美琴ちゃん、あかりちゃん、夏実ちゃんが既に登校していた。

 昨日の夜に、3人とのグループトークで金曜の放課後からのことを簡単に伝えたけれど、あかりちゃんが学校でもっと詳しく聞きたいと言ったのでさっそく話すことに。もちろん、綾奈先輩のサキュバス体質や過去にあったことは伏せて。楽しかったことだったので、気付けばドキドキしていた。


「百合ちゃん、凄いじゃないですか! この1週間で神崎先輩とかなり距離が近くなったと思います。しかも、今週末に神崎先輩のお宅にお泊まりだなんて。ただ、お二人のデートにこっそりとついてきてしまう有栖川会長からも、とてもいいガールズラブの香りがしてきますね」


 あかりちゃんはうっとりとした表情を浮かべている。綾奈先輩のサキュバス体質や、家族や自分以外とのお出かけが久しくなかったからついてきたと会長さんは言っていたけれど、あかりちゃんは別の理由があると考えているようだ。しかも、恋愛的なもの。

 綾奈先輩との関係やこれまであったことを考えると、会長さんが先輩に恋をしている可能性はありそう。2人ってお似合いだと思うし、絵にもなる。素直にそう思えてしまうことが悔しいな。


「20分電車に乗ってまでデートについてきちゃうあたり、有栖川会長が神崎先輩に気があるかもしれないね。ただ、あたしはゆーりんにも十分に可能性があると思うよ。何せ、あの神崎先輩と出会ってから数日でデートできる関係になったんだから」

「夏実の言う通りだよ。ただ、ここまでとても調子がいいけど、気を抜かない方がいい気がするな。普段、神崎先輩の近くにはあの有栖川先輩もいるし。有栖川先輩が百合と同じ気持ちを抱いているかもしれない」

「うん、分かった」


 あかりちゃんだけじゃなくて、夏実ちゃんや美琴ちゃんも同じように考えているんだ。綾奈先輩も、会長さんが自分にそういった感情を抱いているかもしれないと考えているのかな。


「それにしても、百合が日曜日に喫茶店でバイトしていたなんて。百合の作った料理やスイーツを食べに行きたかったな」

「急なことだったし、美琴ちゃんは部活があったもんね。でも、雰囲気も良かったし、お店の方も優しかったから、もしかしたら夏休みとかにバイトするかも」

「もしそうなったら3人で行くよ」


 美琴ちゃんは特にたくさん食べるから、いいお客さんになるかもしれない。


「あと、神崎先輩のファンクラブの会長が暴走して恐い想いをさせたのか。あたしのファンクラブの子も百合のことはもちろん知っているし、今日の放課後にでも百合に変なことをしないように注意喚起をしておこうかな」

「うん、お願いするよ」


 そういえば、公式ファンクラブがあると分かっている3人全員と親交があるんだ、私。絶対に目を付けられている気がする。綾奈先輩と美琴ちゃんのファンクラブは大丈夫として、会長さんのファンクラブの人に何かされないかどうか心配だ。


『おはようございます。実は金曜日の放課後に、綾奈先輩のファンクラブの会長さんに執拗に尋問されそうになって。会長さんのファンクラブの方って、私がどういう風に思われているかって分かりますか?』


 会長さんにそんなメッセージを送ってみる。会長さんにはサキュバス体質はないし、綾奈先輩のファンクラブほど悪くは思われていないと思うけど。

 すると、すぐに会長さんから返信が届く。


『生徒会の手伝いをしたし、綾奈と仲がいいから百合ちゃんのことはうちのファンクラブにも知れ渡っているわ。ファンクラブの会長とは連絡を取れるから、百合ちゃんが嫌がるようなことは一切しないように言っておくね』


 やっぱり、会長さんのファンクラブにも私のことが知れ渡っていったんだ。ただ、会長さんが注意してくれるなら大丈夫そうかな。会長さんにお礼のメッセージを送った。


「どうしたの、百合。スマホを弄って」

「会長さんのファンクラブでどう思われているか気になって、メッセージを送ったんだ。そうしたら、さすがに私のことは知られているみたいで。会長さんが私に何かしないように注意してくれるって」

「それなら良かった」

「ファンクラブのある生徒全員と付き合いがあると大変だね、ゆーりん。仲良くなることが何にも悪くないっていうのは当たり前なんだけどね……」

「夏実ちゃんの言うとおりですね。ただ、人の心は複雑で、嫉妬などの理由で彼女が仲良くなるのはおかしいとか、あり得ないとか考えてしまう人もいるんですよね。その気持ちも分からなくはないですが、何とも寂しいことです。これがフィクションでのお話であれば、かなりドキドキするのですが……」


 ふふっ、とあかりちゃんはいつもの落ち着いた笑みを見せる。あかりちゃんって、女の子が絡んでいればどんなことでも乗り越えられそうな気がするよ。


「ねえ、みんな。あたし……相談したいことがあるんだけど、いいかな?」

「もちろんだよ、夏実ちゃん」


 夏実ちゃん、いつになく顔を赤くしてもじもじしているけれど、どうしたんだろう?


「実は今週の水曜日、テニス部はミーティングだけなんだ。だから、その日の部活の後に前にも言った好きな先輩に告白しようと思っていて。こういうことは初めてだから、みんなに相談に乗ってもらったり、色々と協力したりしてもらえると嬉しいなって……」


 夏実ちゃんは前からテニス部に素敵な先輩がいて、その人に恋をしているって言っていたな。ついに告白するところまで考えたんだ。


「素敵なことではありませんか! 是非とも協力させてください! 水曜日でしたら文芸部の活動もありませんから!」


 やっぱり、あかりちゃんは食いついたよ。興奮した様子で夏実ちゃんの手をギュッと掴んでいる。そんなあかりちゃんを見て美琴ちゃんは苦笑い。


「さすがはあかりだな。あたしは水曜日も部活があるけれど、できるだけ協力するよ」

「もちろん私も。水曜日は園芸部の活動があるかどうか分からないけれど、夏実ちゃんのサポートをするよ」


 夏実ちゃんの恋が成就できるよう、3人で色々な形で応援できればいいなと思う。多分、その先頭を切るのはあかりちゃんだと思うけれど。


「まずは告白する相手のことを知りたいのですが。夏実ちゃんの話だと、テニス部にいるかっこいい先輩ということでしたね」

「うん。2年生の玉城梓たまきあずさ先輩。スポーツ推薦で入学するほど運動神経が抜群で、梓先輩からテニスを教えてもらっているんだ。たまに厳しいときもあるけれど、とても優しい先輩で。褒めるときはよく頭を撫でてくれるの。そのときの笑顔がとても素敵で。そうだ、写真があるから見てみる?」

「是非、見てみたいです!」

「あたしもどんな人なのか気になるな」

「分かった。ちょっと待っててね」


 夏実ちゃんはスマートフォンを弄っている。かっこいい先輩というと綾奈先輩の顔を思い浮かべてしまうけれど、彼女に似ているのかな。


「あっ、これだ。一緒に写っている人が梓先輩だよ」


 そう言って、私の机の上にスマートフォンを置く。

 画面には茶髪の美人の生徒さんが夏実ちゃんと顔を寄り添わせている写真が。この生徒さんが玉城梓先輩なのか。笑顔が素敵な綾奈先輩や会長さんと負けず劣らずの美人さんだ。きっと、テニスをしているときはかっこいい表情を見せるんだろうな。


「素敵な人だね、夏実ちゃん」

「この笑顔を間近で見せられたら好きになるのも分かる気がするな」


 そう言って、美琴ちゃんはいつもの爽やかな笑みを見せる。本当に彼女の笑顔は素敵だ。きっと、この笑顔でファンクラブが出来るほどの人気になったんだろうな。


「とても素敵な方ではないですか! 色々と妄想が広がりますね。もう私の頭の中では夏実ちゃんと玉城先輩さんが抱きしめて見つめ合っていますよ! 口づけはいつでもできる状態ですね」

「そう言われると妄想でも恥ずかしいよ、あかりん。でも、実際に梓先輩とそういう関係になりたいなって思ってる」

「では、この先の妄想は実際に夏実ちゃんの恋が叶ったときにとっておきましょう」


 ふぅ、とあかりちゃんは満足そうに一息つく。あかりちゃんの妄想力は本当に凄いと思う。もしかして、彼女の頭の中では既に私と綾奈先輩が口づけしていたりして。そう考えると何だか恥ずかしくなってきた。


「ははっ、どうして百合が恥ずかしそうにしているんだよ」

「色々と考えちゃってね。……それにしても、玉城先輩は素敵な人だよね。先輩みたいな人だと競争率が高そうだし、もしかしたら恋人がいたりするかもしれないけれど、そこら辺ってどうなの?」

「何人か告白した人がいるとか、彼氏らしき男の人と楽しそうに歩いているところを見たことがあるって噂は聞いてる」

「そっか……」


 やっぱり、恋愛系の噂がいくつか流れているんだ。夏実ちゃんのことを考えると、2つ目の噂は嘘だといいな。


「噂が本当かもしれないけれど、梓先輩に抱いている想いを言葉にして伝えたいなって。そうしないと届かないこともあるだろうし。もちろん、先輩と恋人として付き合うことができれば一番嬉しいよ」

「そうですか、分かりました。夏実ちゃんに私達は何ができるでしょうか」


 夏実ちゃんが玉城先輩に告白するために私達にできることか。具体的に考えてみるけれど、なかなか思いつかないな。


「その気持ちが一番嬉しいよ。みんなに話して気持ちが軽くなった。でも、いざ気持ちを伝えるとなると緊張しちゃうだろうから、本番のときは近くで見守っていてほしいな。今のところ、みんなに協力してほしいことで思い浮かぶのはそれだけかな」

「分かりました。さっきも言ったように、水曜日は部活もありませんので夏実ちゃんのことをしっかりと見守りますね」

「私は天候とか、お花の状態次第だけれど、もしあってもなるべく早く終わらせるようにするよ」

「あたしは確実に部活あるな。体育館だから天候に左右されないし。だから、水曜日の部活中は夏実に頑張れってずっと念を送り続けるよ」

「ふふっ、その気持ちは嬉しいけど当日は練習に集中していいからね、みこっちゃん。ゆーりんも部活優先でいいから。あかりんは当日、見守ってね。もしかしたら、また何か協力してほしいことができたらみんなに言うよ」

「分かりました。いつでも言ってくださいね。応援していますよ」

「応援してるよ、夏実」

「恋が実るといいね、夏実ちゃん」


 好きな人に想いを伝えようと決めた夏実ちゃんは凄いと思う。私もそんな彼女を見習って、いつかは綾奈先輩に告白したいな。夏実ちゃんの言うように、言葉にして伝えないと届かない想いだってあるだろうから。

 友人の恋が大きく動き始めようとしている中、今週の学校生活が始まったのであった。

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