第31話『表裏一体』
部活が終わり、私は莉緒先輩と一緒に学校を後にする。花壇のチェックをしたときよりも雨が強くなっているような気がした。
「そういえば、莉緒先輩と2人きりで帰るのってこれが初めてですよね」
「若菜先輩と3人で駅前に遊びに行ったことはあったけど、2人きりって初めてだね。行き先が白百合ちゃんのお家だから、ちょっとドキドキしてる」
「そんな、ドキドキする必要なんてないですって。寮には行ったことはあるんですか?」
「うん。寮に住んでいる友達がいるから、何度も行ったことがあるよ」
「それならドキドキしなくていいのに」
「……後輩の家に行くのは初めてなの」
そう言うと、若菜先輩は頬を膨らませて不機嫌そうな表情を見せる。部活でもあまり見せないな。元々が可愛いからか、今の顔も可愛らしく思える。
「先輩、寮のすぐ近くにコンビニがありますけど、何かお菓子でも買いますか?」
「……ううん、いいわ。ただ、お家に着いたら温かい飲み物を飲ませてくれると嬉しいな」
「いいですよ」
甘いもの好きで、部活ではたまにお菓子を持ってきてくれるほどなのに。今日の先輩は普段と違う気がする。
学校から徒歩3分ということもあって、すぐに寮に到着した。私の家である201号室へと向かう。
「莉緒先輩、どうぞ」
「お邪魔します。……へえ、可愛らしい部屋だね」
「ありがとうございます。温かい飲み物が欲しいと言っていましたけど何がいいですか? コーヒーと紅茶、日本茶なら淹れることができますが」
「コーヒーがいいな」
「分かりました。淹れますので適当にくつろいでください」
「はーい」
莉緒先輩はベッドの側にあるクッションに座って部屋の中を見渡している。誰でも部屋の中を見られるとちょっと恥ずかしいな。
2人分のホットコーヒーを淹れて莉緒先輩のところへ持って行く。
「莉緒先輩、コーヒー淹れてきました。砂糖やミルクはご自由に」
「うん、ありがとう」
莉緒先輩は砂糖やミルクを入れずにコーヒーを一口飲む。
「美味しい」
「先輩ってブラックも飲むんですね」
「うん。昔は飲めなかったけれど、高校生になってからたまに飲むようになったんだ。甘い物を食べるときにもいいし」
「それ分かります」
口直しでブラックコーヒーを飲みたくなるし。
私もブラックのまま一口飲んでみる。熱さと共にコーヒーの苦味が舌から全身に伝わっていく。
「ねえ、白百合ちゃん。神崎さんもここに来たことがあるんだよね?」
「はい。今日みたいに一緒に帰ってきたこともありますし、会長さんと一緒のときもありました」
「そっか。神崎さんや有栖川さんとは結構仲がいいんだね。家に泊まらせるってことは、神崎さんもきっと白百合ちゃんのことを気に入っているんだと思うよ」
「そうだと嬉しいですね」
綾奈先輩が会長さん以外の人とあまり関わりを持たないと知っているからか、莉緒先輩の言う通りなんじゃないかと期待してしまう。
「……白百合ちゃんなら神崎さんと付き合う未来もありそうな気がする。でも、そうなっちゃったら……あたしは嫌だな」
「えっ?」
すると、莉緒先輩は切なそうな表情を浮かべて、私に近寄ってくる。莉緒先輩の甘い匂いが私に押し寄せてきて。
「あたし、白百合ちゃんのことが好きだよ」
その言葉と莉緒先輩の体重で押し倒される。莉緒先輩の温もりや匂いに包まれていく。そんな中で、先輩から伝わる鼓動が強くなっていくのが分かった。
莉緒先輩が私と2人きりで家に行きたいと言ったのは、私に好きだって告白したかったからだったんだ。
ただ、今の莉緒先輩の告白は、この前の夏実ちゃんや玉城先輩の告白の言葉とは何かが違うような気がして。温もりの中に確かな冷たさも感じたのだ。
ゆっくりと顔を上げ、私のことを見つめる莉緒先輩の目は潤んでいた。
「白百合ちゃん、あたしと恋人として付き合ってくれませんか?」
莉緒先輩は目を瞑ってゆっくりと私に顔を近づけてくる。
ただ、先輩の目指す場所がどこなのかすぐに分かったので、私は顔を横に向けた。だからなのか、顔に何か触れることはなくて。
「……それが、白百合ちゃんの答えなんだね」
「……はい。ごめんなさい、莉緒先輩と恋人として付き合うことはできません」
口元を手で押さえながら莉緒先輩の方を向くと、先輩は悔しそうな表情を浮かべて大粒の涙をボロボロと落としていた。
「神崎さんなんだよね。あたしの告白を断る理由」
「はい。綾奈先輩のことが一番好きですから」
「……そっか。そう言われちゃったら、無理矢理にでも唇を奪ったりすることはできないな。白百合ちゃんと付き合うまであと少しだと思ったけど、神崎さんに見惚れたって聞いたあの瞬間から無理だったのかもね。白百合ちゃんを使って神崎さんに復讐しようとしたのは間違いだったんだな……」
莉緒先輩の口角が僅かに上がって、ようやく私の側から離れた。私に抱いた好意よりもある一言がどうしても気になってしまう。
「綾奈先輩に復讐ってどういうことですか?」
莉緒先輩と綾奈先輩は、中学生のときにクラスメイトだったという繋がりがある。きっと、そのときに2人の間に何かあったのだろう。
「……あたしも白百合ちゃんと同じなんだよ。神崎さんに好意を抱いていたときがあったの」
「そうだったんですか。じゃあ、まさか……」
莉緒先輩は再び涙を流し始め、ゆっくりと頷いた。
「あたしは神崎さんに告白してフラれた経験があるの。同じクラスになったときに一目惚れしてね。ゴールデンウィーク明けに告白してフラれたんだ。とても悔しくて、色々と失った気がしたんだ。彼女のことが好きな時間も無駄だったんじゃないかとか。ネガティブな気持ちでいっぱいになっていったんだ」
「そうだったんですね……」
フラれたことによって生まれた負の感情が、いつしか綾奈先輩に対する恨みへと変わっていったのか。
そういえば、先輩の家でお泊まりをしたとき、会長さんに莉緒先輩の名前を口にしたら、真剣な表情で何かを考えているようだった。それはきっと、綾奈先輩が莉緒先輩に告白されて、振ったことを知っていたからだったんだ。
「あたしの友達を含めて告白した子を全て振っているから、みんな同じなんだって思って気持ちを落ち着かせるようにした。そうすることで、友達と楽しい時間を過ごすことができるようになった。それでも、神崎さんの姿を見ると、フラれたときのことをどうしても思い出しちゃうんだ」
その言葉に胸がチクリと痛んだ。中学のときに告白してきた男の子も、私にフラれた後、私の姿を見る度に辛い想いをしていたんじゃないかって。
「そんな時期が続いたけれど、今年になって白百合ちゃんが園芸部に来たとき、あなたに一目惚れしたの。笑顔が可愛くて、優しそうで。もし、白百合ちゃんと付き合うことができれば、神崎さんにフラれたことを乗り越えられるかもって思えたんだよ」
「そうだったんですね。嬉しいです。でも、今月になって私が綾奈先輩のことを一目惚れしたことを知った……」
「うん。今度は私の好きな人を神崎さんに取られて、あのときみたいなショックをまた味わうかもしれないと思ったの。一緒にデートした、バイトした、お泊まりに行った……そういった話を聞く度にその恐れは膨らんでいった。何度も言っていると思うけど、神崎さんが有栖川さん以外の女の子と仲良くしているのは本当に珍しいことだから。もしかしたら、好意だって抱いているかもしれない。そう考えたとき、あたしが白百合ちゃんを付き合えば、あたしがかつて味わったショックを神崎さんに与えることができるかもしれない。そう思って、白百合ちゃんに告白したの」
「……そういうことでしたか」
だから、さっき告白されたとき、温かさと同時に冷たさも感じたんだ。私と付き合うことで綾奈先輩への復讐をしようと思ったから。
ただ、莉緒先輩は綾奈先輩に対して嫌悪感しか抱いていなかったのだろうか。私にはそう思えない。
「莉緒先輩が綾奈先輩を一目惚れして、告白し、フラれたこと。そのときのショックが原因で復讐しようと考えたこと。それは分かりました。ただ、莉緒先輩は今も綾奈先輩のことが好きなんじゃないかって思うんです」
「えっ……」
まるで意表を突かれたかのように、莉緒先輩は目を見開き、消えゆく声を漏らした。無表情で私のことを見つめるだけで私の言葉に頷くことも、首を横に振ることもしない。
「今日、部室でお泊まりのときの写真を見せました。私の写真を見たときの楽しそうな莉緒先輩も印象的でしたけど、ワンピース服姿の綾奈先輩の写真を見たときのうっとりとした様子は、綾奈先輩に心を奪われているように見えました。綾奈先輩に色々な感情を抱いたと思いますが、綾奈先輩への好意は莉緒先輩の心にいつもあったんじゃないでしょうか。もちろん、私へ好意を抱いたことも信じています」
今日になるまで綾奈先輩のことが嫌いだとか、悪く言うような言葉を莉緒先輩からは聞いたことがなかったから。
これまでのことを思い返しているのか、莉緒先輩はそれまで私に向けていた視線をちらつかせるようになった。
「好きな気持ちには敵わないんだな……」
莉緒先輩はそう呟くと、私のことを抱きしめ、胸の中で大きな声を出して泣き始めた。その声は私の心臓に痛く響く。ただ、莉緒先輩の体から伝わる温もりは、告白されたときよりもずっと温かく思えて。
莉緒先輩が泣き止むまで、私はずっと頭を撫で続けたのであった。
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