第30話『去る日、来る日。』
6月18日、月曜日。
週末のお泊まりがとても楽しかったこともあって、今日は目覚めた瞬間から気持ちが爽やかだ。午後から雨が降る予報になっているけど、そんなことは関係なく私の心は晴れている。
学校に行くと、いつものように美琴ちゃん、夏実ちゃん、あかりちゃんが既に登校していた。
3人には昨日の夜にグループトークで軽く話したけど、週末のお泊まりについてさっそく話すことに。もちろん、会長さんが綾奈先輩のことを好きであることは伏せておいて。もちろんその間、私はずっと美琴ちゃんに後ろから抱きしめられていた。
「百合ちゃんはとても素敵な週末を過ごしたのですね。有栖川会長と一緒に入浴したり、3人で寄り添って眠ったりしたのですか。もちろんモニター越しでいいですから、お泊まりしているときの様子をずっと眺めていたかったですね」
「そんなことしたら、鼻からずっと血を出し続けて、果てには貧血で病院行きになっちゃうよ、あかりん」
「夏実の言う通りだな。それで、今はここにあかりがいなかったかもしれない」
「ふふっ、仮に貧血で入院したとしたら、そのときはガールズラブの夢を見たいなと思いますね」
あかりちゃんだと実際にそうなりそうで恐いな。でも、入院したとしても楽しく過ごしそうだと素直に思えるからあかりちゃんは凄いと思う。
「ゆーりん、先輩方とたくさん楽しめて良かったね。好きな人の家にいて緊張しすぎて、あまり楽しめないかもしれないと思っていたからさ」
「最初は緊張したけど、すぐに幸せな気持ちの方が強くなってね。綾奈先輩も会長さんも可愛い人達なんだって分かって、凄く楽しかったな」
「本当にいい週末を過ごしたんだね、百合。今の話を聞いていたら、今週末にでも百合とお泊まりしたくなっちゃうよ」
「美琴ちゃんは隣のお部屋だし、いつでも泊まりに来ていいよ。美琴ちゃんさえ良ければ私の方から泊まりに行くし」
「それもいいな」
「もし、お泊まりをする際は小型カメラを設置してもいいでしょうか!」
「恥ずかしいからそれは嫌だな、あかりちゃん」
それに、プライバシー的な意味でかなり問題だと思う。眺めたいっていうあかりちゃんの気持ちも分からなくはないけれど。私も綾奈先輩の部屋での様子を眺めたいし。
「まあ、来月には夏休みが始まるし、夏の間に一度は4人でお泊まりしよう。そのときに色々と眺めような、あかり」
「それがいいですね。あぁ、夏休みが今から楽しみになってきました」
そのときは果たして、私はぐっすりと眠ることができるだろうか。
あと1ヶ月くらいで夏休みなんだ。3人とはもちろんだけど、綾奈先輩や会長さんともまたお泊まりしたいな。できれば、綾奈先輩と2人きりでも。夏の間に、綾奈先輩に告白して恋人として付き合いたいな。希望がどんどんと湧き上がってくる。
これから本格的にやってくる夏のことを考える中、今週の学校生活が始まった。
お昼前から雨が降り出したので、今日の園芸部の活動があるのかどうか気になったけれど、部活のグループトークに若菜部長から『雨が降っていますが、今日は活動があります』というメッセージが送られた。
放課後。
私は園芸部の部室へと向かう。週末は綾奈先輩の家に泊まったけど、先輩のファンクラブの人に呼び止められたりすることはなかった。以前、綾奈先輩が小宮先輩にした警告が効いているようだ。
部室に行くと、そこには既に若菜部長と莉緒先輩がいた。今日は日本茶を飲んでいるんだ。いい香りがしてくる。
「おっ、白百合ちゃん。授業おつかれー」
「お疲れ様、百合ちゃん」
「お疲れ様です。若菜部長、莉緒先輩。由佳先生もあと少ししたら来るそうです」
「うん、分かった。百合ちゃん、日本茶淹れようか?」
「お願いします」
私は莉緒先輩の隣の席に座る。
日本茶の香りがすると、一昨日の夜、会長さんと2人きりで過ごしたときを思い出すな。あのとき、会長さんは綾奈先輩のことが好きだと私に教えてくれたんだよね。そのことを機に会長さんとの距離がかなり近くなった気がする。
「はい、日本茶」
「ありがとうございます」
さっそく、温かい日本茶を一口飲む。美味しいな。
こうしていると、お泊まりのときに会長さんが吹き出しそうになったことを思い出す。あのときはタイミング悪く綾奈先輩に告白したかどうか訊いちゃったな。
「そういえば、白百合ちゃんは週末に神崎さんの家に泊まりに行ったんだよね」
「ええ。会長さんも一緒でしたけどとても楽しかったですよ」
「……神崎さんとは距離を縮めることはできた?」
「そう……ですね。綾奈先輩とも距離を縮めることはできましたけど、どちらかと言えば会長さんとの方が仲良くなれたかなって気がします」
そうなった理由は、会長さんが私と同じく綾奈先輩のことが好きだからだけれど。
「へえ、そうなんだ。有栖川さんの方が物腰も柔らかくて、友達も多くいるしそうなるのも納得かな。神崎さんも根は優しいのは分かっているけど、クールで有栖川さん以外の子と話すイメージがあまりないからなぁ」
「綾奈先輩も話してみるととても可愛らしい人ですよ。それに、会長さんとふとんで寝ていたんですけど、朝に目が覚めたら綾奈先輩が私の腕を抱きしめて寝ていて。そのときの先輩の寝顔はとても可愛かったな……」
「あの神崎さんがそんなことをするなんてね。本当に意外だよ」
莉緒先輩の反応を見ていると、綾奈先輩は中学生のとき、会長さん以外とはあまり関わらない女の子だったのだと分かる。
「先輩の家で、ましてや好きな人だと緊張しちゃいそうだけど、百合ちゃんは楽しむことができたんだね」
「とても楽しかったです。ただ、先輩に一緒にお風呂に入ろうかって訊かれたときはさすがに緊張して断ってしまったので、もし次にお泊まりするときは一緒にお風呂に入りたいなって思います」
「ふふっ、お風呂は緊張しちゃうよね。そこが百合ちゃんらしい感じもするけど。このまま神崎さんと上手くいくといいね」
「はい、頑張ります」
あのときはサキュバス体質の影響でのぼせちゃいそうだからという理由で断ってしまったけれど、今度は勇気を出して先輩と一緒にお風呂に入って満喫したい。
「ねえ、白百合ちゃん。お泊まりのときの写真とかってある? きっと、神崎さんもお泊まりのときは楽しい顔をしているだろうし、元クラスメイトとして一度見てみたいなって思っているんだけど」
「いいですよ。たくさん写真を撮りましたし。綾奈先輩のワンピース姿の写真もあります」
「あの神崎さんがワンピース……全く想像できないな」
制服でスカートは履いているけれど、それでもワンピース姿は想像できないか。私もあのとき実際にワンピースを着た姿を見るまでは、あまり具体的に想像はできなかったな。
私は昨日撮影した綾奈先輩のワンピース服姿を表示させて、莉緒先輩と若菜部長に見せる。
「この子が神崎さん? 髪型も違う気がするけれど」
「そうですよ、若菜部長。会長さんがワンピースを着るなら髪を解いた方がいいと言っていましたので。あと、このワンピースは会長さんのものです」
「そうなのね。髪を下ろして、こういう服を着るとかなり印象が変わるね。かっこいいって評判の彼女も、この姿はとても可愛らしいな」
「ですよね! 莉緒先輩もそう思いませんか?」
「……神崎さん、凄く可愛い……」
莉緒先輩はうっとりとした表情をして、スマートフォンに表示されている綾奈先輩の写真を見ていた。莉緒先輩の知る綾奈先輩とのギャップに心を掴まれたのかな。
「莉緒先輩」
もう一度、名前を呼んでみると莉緒先輩ははっとした表情になり、
「……神崎さん、綺麗で可愛らしい人だと思っていたから、きっとワンピースも似合うだろうとは思っていたよ。だから予想通り」
はにかみながらそう言った。さっきの様子からして、予想通りという感じではなさそうだったけど。ていうか、想像できないってさっき言っていたじゃない。
「ほら、他の写真も見せてよ、白百合ちゃん」
「はいはい」
その後も、莉緒先輩と若菜部長にお泊まりのときの写真を見せる。写真を見たいと言っただけあってか、莉緒先輩は楽しそうに見ている。こんなに楽しそうな先輩、今までに見たことがないな。
「お肉を食べさせてもらっている白百合ちゃん、可愛いな……」
「そうだね。でも、さっき見た寝間着姿の百合ちゃんも可愛かったよね」
「そうですね!」
「神崎さんや有栖川さんも楽しそう。でも、一番楽しそうなのはやっぱり百合ちゃんかな」
「ですね。後輩だからか、白百合ちゃんが一番可愛く見えますよ」
私の写っている写真まで先輩方が楽しく見てくれると、写真を撮って良かったなと思う。特に莉緒先輩は、綾奈先輩のワンピース姿の写真を見ているときよりも楽しそうで。
一昨日、先輩のアルバムを見たときにも思ったけれど、写真にはとても凄い力を持っている気がする。
「お待たせ、みんないるね……って、みんなで何を見ているの?」
「先週末に私が綾奈先輩の家にお泊まりへ行ったときの写真を見ているんです」
「そういえば、神崎さんの家に泊まりに行くって言っていたね、百合ちゃん。楽しかった?」
「はい! とても楽しかったです。先輩だけじゃなく会長さんとも仲良くなれました」
「へえ、それは良かったね。部活以外にも縦の繋がりを作るのはいいことだよ。さあ、今日は雨も降っているしさっさとやることやって、早めに活動を終わらせよっか」
「そうですね。週明けなので例の通り、自分の担当している花壇の確認をしましょう」
私達は各自の担当する花壇に向かうため、昇降口へと向かい始める。
そういえば、綾奈先輩と出会って恋をした2週間前も今日みたいにシトシトと雨が降っていたな。あれから2週間しか経っていないことが信じられないくらいに、先輩と出会ってからの日々が濃い。
「ねえ、白百合ちゃん」
「何ですか?」
「今日、早く部活が終わるみたいだから、部活の後に白百合ちゃんの家に寄ってもいい? また一度も行ったことないから」
「いいですよ。若菜部長も誘いますか?」
「えっと……今回は白百合ちゃんと2人きりの方がいいって気分なんだ。それに、あまり話したことないけれど、クラスメイトだったから神崎さんのことも色々と知ってるし」
「分かりました。じゃあ、部活が終わったら一緒に帰りましょうか」
「うん!」
莉緒先輩、今日は楽しそうな笑顔をたくさん見せてくれるなぁ。私の家へ初めて行くことになって嬉しいのかな。私と2人きりの方がいいというのが気になるけれど。
莉緒先輩が家に遊びに来ることもあってか、今日の部活動はいつも以上に早く終わったような気がしたのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます