第33話『愛花アフター』

 綾奈先輩公認のファンとなった莉緒先輩だけど、急に用事を思い出したと言って私の家を後にした。その際、私に向かってウインクをしたので、綾奈先輩と2人きりにしようと気を遣ってくれたのだろうか。

 綾奈先輩はコーヒーを飲みながら、私と2人きりになったのか私の太ももを触ってきている。


「もう、先輩ったら。私の太ももを触るのが癖になってきていませんか?」

「私好みの太ももだからね」

「それは嬉しいですけど、せめて一言言ってからにしてくださいよ」

「じゃあ、太もも触っていいですか」

「……いいですよ」

「ありがとう」


 すると、綾奈先輩は嬉しそうな様子で私の太ももをさすってくる。その手つきが絶妙でとても気持ちがいい。ファンになった莉緒先輩にはしてほしくないな。


「花菱さんから聞いているかもしれないけれど、彼女は私に告白して振った女の子の1人なんだ。同じクラスだったときに」

「……莉緒先輩から聞きました」

「そっか。彼女に告白されてから3年以上経った。今でこそファンになってくれたけど、もしかしたら、それまでは告白を断った私のことを恨んでいたかもしれない。告白を断ったとき、彼女は泣いていたから」


 さすがは綾奈先輩。莉緒先輩の気持ちを見抜いている。


「なるべく深く傷つけないように心がけているけど、告白を断ること自体で相当ショックを与えてしまう。告白され続けると慣れてしまって、そのことを忘れそうになるから気を付けないといけないな。実は今日も女の子に告白されて振ったし」

「……そうなんですか」


 もしかしたら、私と会うようになってからも、たくさんの女の子から告白されているのかも。そんな綾奈先輩と自宅で2人きりで過ごすことができているなんて、有り難いというか、運がいいというか。実は夢じゃないかと未だに疑うこともあるくらいだ。


「ねえ、百合」


 すると、それまで私の太ももに触れていた先輩の右手で私の左手をそっと掴む。


「……これからも私と仲良くしてくれると嬉しいな。先輩後輩として。友達として」


 静かな笑みを浮かべながら言った綾奈先輩のその言葉には寂しさも感じられた。それは私が綾奈先輩と恋人になりたいと思っているからだろうか。そのことで、先輩に距離を置かれたように感じたからかな。ただ、先輩と仲良くしたい気持ちは確かにあった。


「もちろんです、綾奈先輩」


 そう答えると、綾奈先輩は嬉しそうな笑顔を見せてくれた。その笑みを見ることができるなら、今の関係でいいのかなと考えてしまう自分もいる。

 でも、やっぱり……会長さんに言ったように、綾奈先輩と恋人同士になって一緒に幸せになりたいんだ。私となら恋人と同士になってもいいと思ってもらえるように頑張らないと。私は綾奈先輩の手を強く握り返すのであった。




 翌日の火曜日は平和だった。

 放課後には綾奈先輩と一緒に花宮駅の近くにあるお店に遊びに行った。そのときに、先輩は私と遊んだりする時間を作りたいそうで、平日はなるべく月水金にシフトを入れていると聞いた。それがとても嬉しくて。

 いつまでも、こういう日々が続けばいいのにな。

 そう願っていたんだ。




 6月20日、水曜日。

 今日はどんよりと雲が広がっている。一日中、雨が降ったり止んだりを繰り返すはっきりとしない天気になるそうだ。

 朝、美琴ちゃんから今日は早めに部活が終わりそうだと言われたので、一緒に夕ご飯を食べることに決めた。

 今日も何事もなく時間が流れていく。

 ただ、普段と同じ水曜日になるかと思いきや、昼休みになると若菜部長から『今日は部活がない』という連絡が来た。

 さらに、それから数分後には、


『百合ちゃん。今日って部活はあるのかな? もしなかったら、今日は生徒会の仕事がほとんどないから、放課後に一緒に喫茶ラブソティーでお茶とか宿題しない? 綾奈もバイトだし』


 会長さんからそんなメッセージが届いたのだ。まるで狙ったかのようなタイミング。メッセージの届いた順番が逆だったら曖昧な返信になっちゃうけれど、


『今日の活動はなくなりました。一緒にお茶しましょうか』


 会長さんにそんな返信を送った。そういえば、会長さんと2人きりでお茶したことって今までなかったな。

 ――プルルッ。

 すると、すぐに会長さんから返信が届く。


『分かったわ。じゃあ、放課後になったら生徒会室に来て』


 部活がなくなって今日の放課後はどう過ごそうかと思ったけど、会長さんが誘ってくれたおかげで楽しく過ごすことができそうだ。



 放課後。

 私は会長さんとの待ち合わせ場所である生徒会室へと向かう。


「失礼します」

「あら、百合ちゃん、いらっしゃい。適当に座ってて」


 生徒会室の中は会長さんしかいなかった。今日の生徒会の仕事はほとんどないらしいから、他の生徒会メンバーは来ていないのかな。

 せっかくなので、会長さんに一番近い席に座る。


「今日は書類整理だけなの。多分、あと15分くらいあれば終わると思う。綾奈はすぐに喫茶ラブソティーの方に向かったわ。私達が行くことも話してあるよ。綾奈がバイトを終わる午後6時までいるつもりだけれど、大丈夫かな?」

「大丈夫ですよ」


 そのことを、美琴ちゃんにメッセージで送っておこう。


「じゃあ、会長さんのお仕事が終わるまで、英語の課題を少しでもやっておこうかな……」

「ふふっ、感心ね。何か分からないところがあったら遠慮なく訊いてね」

「ありがとうございます」


 期末テストも近くなり、これまでの総復習ということで普段より難しい課題になっているらしいので、会長さんが側にいるのは心強い。

 美琴ちゃんにメッセージ送ってから、英語の課題を始める。確かに、普段の課題よりは難しいけれど、できないほどの難しさじゃない。ただ、美琴ちゃんはまだしも、英語が得意じゃない夏実ちゃんは夜に私のところへ助けを求めに来るかも。


「百合ちゃん、終わったわ」

「お疲れ様です。私も課題、ほとんど終わりました」


 気付いたら、私が生徒会室に来てから20分以上経っていた。残りは夕食後にやればいいかな。


「百合ちゃんも宿題お疲れ様。じゃあ、行きましょうか」

「はい」


 私は会長さんと一緒に校舎を出て、喫茶ラブソティーへと向かうことに。校舎を出たときは雨が降っていなかったけど、それからすぐにポツポツと降り始める。


「こうして、百合ちゃんと2人で下校するのは初めてだよね」

「そうですね。生徒会のメンバーになると、今日みたいに早く下校できる日ってあるんですか?」

「定期試験期間とその直前以外だとあまりないかな」

「そうなんですか。定期試験の前だと生徒会も活動がないのは意外です。部活は試験1週間前から原則活動休止になりますけど」

「学校の勉強が第一だからね。勉強がある程度できてこそ、部活や生徒会もしっかりできると思っているからね。あとはバイトもか」


 ということは、綾奈先輩も来週から期末試験が終わるまではバイトをやらないのかな。もしそうだったら、先輩方と一緒に試験勉強したいな。

 ただ、実際はあかりちゃんと一緒に、美琴ちゃんや夏実ちゃんに勉強を教える可能性の方が高そうだ。中間試験のときがそうだったから。

 他愛のないことを話しながら、喫茶ラブソティーに到着する。


「おっ、愛花と百合じゃないか。いらっしゃいませ」


 お店の扉を開けると、ホールスタッフの制服を着た綾奈先輩が笑顔で迎えてくれる。この素敵な笑顔を見せられると、サキュバス体質の影響はあるとしても、女性客を中心にリピーターが増えていくのも納得できる。


「綾奈先輩、ここまでお疲れ様です」

「お疲れ様、綾奈。2名で」

「はい、2名様ですね。こちらへどうぞ」


 空席の事情で、綾奈先輩に窓側にある2人席まで案内される。今日も綾奈先輩のことをうっとりとした表情で見る女性が多かったけれど、会長さんと一緒だから驚いている人もいた。


「ご注文はお決まりですか?」

「私は決まっているけど、百合ちゃんは?」

「私も決まっています」

「分かった。私は抹茶パフェのホットティーセットで」

「私はフレンチトーストのアイスコーヒーセットでお願いします」

「かしこまりました。抹茶パフェのホットティーセットと、フレンチトーストのアイスコーヒーセットですね。少々お待ちください」


 軽くお辞儀をして、カウンターの方へと向かっていく綾奈先輩の後ろ姿はとても美しい。多くの女性が綾奈先輩に目線を向けている気持ちが分かる。


「この前はスタッフとしてホールにいたけれど、お客さんとしては随分と来なかったからか、何だか久しぶりにここへ来た気がするわ。しかも、百合ちゃんと2人で来るのは初めてだから新鮮」

「ふふっ、そうですか。そうだ、もしかしたらこの後に私のクラスメイトがここに来るかもしれません。泉宮美琴ちゃんっていうんですけど」

「隣に住んでいる子だっけ。前に綾奈から話は聞いたよ」

「そうです。彼女、バドミントン部なんですけど、今日は練習が早く終わるかもしれないそうで。今夜は一緒に夕ご飯を食べるつもりです」

「へえ、そうなんだ。寮で隣同士に住んでいるとそういうことも多いの?」

「たまにありますね。私が料理好きで、私の作った料理を美琴ちゃんも大好きみたいで。夕ご飯を食べたら、その流れで一緒に課題をやったりすることもありますね」

「寮生活ならではって感じね。ほっこりする」


 美琴ちゃんほどじゃないけど、1つ上の階に住んでいるあかりちゃんともそういう風に過ごすことはある。同じ寮に住んでいるだけで、距離がかなり近くなる気がする。


「もし、寮で綾奈と隣同士に住んでいたら……毎晩、綾奈の家へ夕ご飯を作りに行って、一緒に食べるかな」


 会長さんは柔らかい笑みを浮かべながらそう言う。ご飯を作りに行くのが会長さんらしいな。ただ、それだと申し訳ないから、たまには自分も作りに行くと綾奈先輩が言うところまではすぐに想像できた。


「もし、綾奈先輩と隣同士に住んでいたら……同じようにご飯を作りに行きますね。それで、たまにお泊まりします」

「あぁ、お泊まりもいいな。あのくらいの広さの部屋だからこそ、お泊まりするとドキドキできそうな気がする。隣同士だし、いつでもお泊まりできる環境だからこそ、いざお泊まりするとドキドキしそう」

「それ、分かる気がします」


 やっぱり、綾奈先輩絡みの話題が会長さんとは一番盛り上がるな。楽しくて、たまに恋のライバルであることを忘れてしまいそうだ。


「失礼します。抹茶パフェのホットティーセットと、フレンチトーストのアイスコーヒーセットになります」

「ありがとう、綾奈」

「ありがとうございます!」

「うん。今日は予定通りに上がれそうだから、それまでごゆっくり」


 この前、綾奈先輩に食べさせてもらったフレンチトーストが美味しかったから、自分で頼んじゃった。


「じゃあ、いただきましょうか」

「そうですね。いただきます」


 さっそく、フレンチトーストを一口食べる。


「うん、美味しい!」


 綾奈先輩に食べさせてもらったときのことを思い出してより美味しい。あのときは幸せだったなぁ。


「抹茶パフェも美味しいわ。後で一口交換しない?」

「いいですよ」


 その後、綾奈先輩のバイトが終わるまで、会長さんと2人で談笑した。ただ、部活がなかなか終わらないのか、美琴ちゃんから連絡は一切来なかった。



 午後6時。

 綾奈先輩のバイトが終わったので、私達は喫茶ラブソティーの外を出る。


「はぁ、バイトも終わった」

「お疲れ様でした、綾奈先輩」

「お疲れ様、綾奈。泉宮さんに一度会ってみたかったわ」

「練習、早く終わらなかったみたいですね。また、会う機会を――」


 ――プルルッ。

 噂をすれば何とやら。美琴ちゃんから新着のメッセージが1件届いていた。


『ごめん! ついさっき終わった! 今からそっちに行くよ!』


 美琴ちゃん、今から来てくれるんだ。会長さんも会いたがっていたし、雨も降っていないのでここで待っていてもらおうかな。


「綾奈先輩、会長さん。今から美琴ちゃんが――」

「綾奈、愛花。ひさしぶり」


 その声が聞こえた瞬間、全身に悪寒が走った。

 私達の目の前には、数人の女子生徒を引き連れた鷲尾さんがいるのであった。

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