第36話『しらせ』

 美琴ちゃんと夕ご飯を食べた後は、明日提出する英語の課題を一緒にやることに。私は生徒会室である程度やっていたのですぐに終わり、美琴ちゃんはたまに私に質問しながらもしっかりと最後まで取り組んだ。


「百合、教えてくれてありがとう。助かった」

「いえいえ。課題が終わって良かったよ」

「うん。課題はそれなりに難しかったし、夏実から連絡が来たり、ここに突撃したりするかと思ったんだけどな」

「あかりちゃんも英語は得意だし、もしかしたら、玉城先輩に教えてもらっているかもしれないよ」

「あぁ、確かにそれはあるかもね。……今日は色々なことがあったし、ゆっくり休んだ方がいいと思う。夏実には課題のことはあたしに訊いてって言っておくから」

「ありがとう。今夜はゆっくりして、早めに寝ようかな」

「それがいいよ。じゃあ、おやすみ。また明日ね」

「うん、また明日。おやすみ、美琴ちゃん」


 美琴ちゃんは自分の家へと帰っていった。といっても、隣の家なので耳をすませば美琴ちゃんの家から物音が聞こえてくる。そのことにとても安心できる。

 課題も終わったし、疲れを取るためにもまずはお風呂に入ろうかな。


「……気持ちいい」


 6月も下旬になったけど、湯船の温かさが心地いい。美琴ちゃんの言うように、今日は色々なことがあったからかな。


「綾奈先輩や会長さんも少しはゆっくりできているといいな……」


 ただ、鷲尾さん達のことだけならまだしも、その後に会長さんが綾奈先輩に告白したからそれどころじゃないのかも。

 今、2人はどうしているのか。会長さんの告白の結果はどうなったのか。気になって仕方なかった。


「やっぱり、告白した方がいいのかな……」


 もし、会長さんと恋人として付き合うことを前向きに考えていたとしたら、私に残されたチャンスは今しかないんだよね。でも、美琴ちゃんに言ったように、そのことで綾奈先輩のことを困らせたらそれも嫌だし……ううっ。

 結局、色々なことを考えてしまったので、体は温まったけれど休まった感じは全然しなかった。

 お風呂から出て、髪を乾かすとすぐにベッドで横になる。

 スマートフォンを手に取って、お泊まりで撮った写真を眺めたり、たまに綾奈先輩に電話を掛けることやメッセージを送ろうとしてできなかったり。優柔不断という沼に嵌まってしまっているときだった。

 ――プルルッ。

 会長さんから電話がかかってきた。

 先輩方と別れた後、2人からの連絡はなかったけど……もしかして、会長さん、綾奈先輩から告白の返事をもらったのかな。

 緊張するし、現実を知るのが怖い気持ちもあるけど、会長さんを無視することだけはしたくない。会長さんからの電話に出ることに。


「こんばんは、会長さん」

『……こんばんは、百合ちゃん』


 スマートフォン越しで聞く会長さんの声は、普段とあまり変わりないように思える。まだ綾奈先輩から返事をもらっていないのかな。会長さんも返事はいつでもいいって言っていたし。ただ、それを訊く勇気は出なかった。


「こんな時間に、会長さんから電話がかかってくるとは思いませんでした」

『突然ごめんね。そういえば、メッセージで会話するのは何度もやっているけど、電話でおはなしするのはこれが初めてかもね』

「確かにそうかもしれませんね」


 メッセージばかりなので、こうして電話で話すのは何だか新鮮だな。


「会長さんは夜ご飯に何を食べました? 私は美琴ちゃんが作ってくれた醤油ラーメンを食べたんですけど」

『ラーメンかぁ、いいね。私はお母さんお手製のハンバーグだった』

「ハンバーグですか。いいですね。実家にいた頃からたまに作っています」


 近いうちにまた作ってみようかな。

 とりあえず、夕ご飯の話をしたけど……次は何を話そう。会長さんと盛り上がりやすい話題といえば綾奈先輩のことだけど、先輩に告白した直後なので話しづらい。ううっ、いい話題がなかなか思いつかないよ。


『……ごめんね、百合ちゃん。気を遣わせちゃって』

「そんなことないですって。会長さんと話すことができて嬉しいですし」

『……そっか。私の方から話したいことがあるんだけれど、いいかな?』

「はい」


 それから少しの間、会長さんの呼吸する音だけが聞こえる時間が続いて、


『さっき、綾奈から電話がかかってきたの。それで……私と恋人として付き合えないって言われたよ』

「そう、でしたか……」


 会長さんのその言葉を聞いた瞬間、残念だとも思ったけれど、それよりもほっとした気持ちの方が強かった。

 失恋した会長さんに対して掛ける言葉は、適当な話題を見つけることよりも難しくて。何が正解なのかさっぱり分からない。どんな言葉でも間違っているかもしれないし、何も言わないことが一番の間違いなのかもしれない。


『……ごめんね、百合ちゃん。もっと気を遣わせちゃって』

「そんなことないですって。その……綾奈先輩が会長さんからの告白にどう返事するのか気になっていました。なので、教えていただいてありがとうございます」

『いえいえ。それに、綾奈の返事は百合ちゃんに伝えるべきだと思ったから。それに、誰かにこのことを言えば、少しでも心が軽くなるかなって。でも、そんなことなかったな。百合ちゃんに話したことで、ようやく綾奈にフラれたって実感して……』


 そう言った直後、会長さんの泣く声が聞こえてくる。

 今、会長さんがどんな顔をしているのか。想像したくないのに、まるで目の前にいるかのように、頭の中に彼女の泣く姿を自然と思い浮かべてしまう。

 恋人として付き合えないと綾奈先輩から言われたとき、会長さんは受け入れることができなかったのかもしれない。嘘であると思ったのかもしれない。ただ、自分の口で綾奈先輩にフラれたと私に伝えたことで、それが事実であるとようやく分かったのだと思う。


『ごめん。泣いちゃって』

「気にしないでいいです。その……流れでといいますか。あのような形でも、綾奈先輩に好きだって言葉にして伝えられた会長さんは凄いと思います。私、家に帰ってきてから、電話やメッセージで綾奈先輩に告白しようと何度もスマホを手に取ったんですけど、結局できなくて」

『そうだったんだ。私が綾奈に告白したせいで、百合ちゃんには色々と考えさせちゃったみたいね。ごめんなさい』


 この電話で何度、会長さんから「ごめん」という言葉を聞いただろう。会長さんは全く悪くないのに。ただ、それを言葉にすることはできなかった。


「綾奈先輩からは、恋人として付き合えないとだけ言われたんですか?」

『ううん。これからも今まで通り、幼なじみとして親友として仲良くしてほしいって言われたよ』

「そうでしたか」


 告白したことで距離ができてしまわないかどうか心配だったけど、先輩の方からそう言ったのなら安心だ。


『次は百合ちゃんの番だね。別に急かしているわけじゃないよ。ただ、綾奈が誰かと恋人として付き合うとしたら百合ちゃんしかいないと思うから』

「……そうだといいんですけど。好きな人がいるって綾奈先輩は言っていました?」

『言ってなかったよ。フラれたときに、他に好きな人がいるのか訊いてみようかなって思ったけど、それは恐くてできなかった』

「そうですか……」


 恋人として付き合いたい人がいるかどうかも分からないか。

 それなら、私に可能性があると思いたいけど、昨日、綾奈先輩は私に「これからも先輩後輩として。友達として仲良くしてほしい」と言っていた。私が告白しても、会長さんと同じ結果になってしまうかもしれない。


「会長さん。残念な結果になってしまいましたけど、会長さんは綾奈先輩に告白して良かったと思いますか?」

『……悔しい結果にはなった。でも、告白して、フラれて、それを百合ちゃんに話したことで、告白する前よりも清々しい気持ちになれそうな気がするの。綾奈ともこれまで通りの付き合いができそうだし。だから、良かったかな』

「そうですか、分かりました。……あと、告白お疲れ様でした」

『……ありがとう、百合ちゃん。そうだ、傘で突かれたところは大丈夫?』

「もうすっかりと痛みはなくなりました。痕もほとんどなくなっていますし、大丈夫です」

『それなら良かったよ。今日は綾奈や私のことを助けてくれてありがとう』

「いえいえ。私は思ったことを言っただけですから」

『ふふっ、百合ちゃんや泉宮さんがいて心強かったよ。じゃあ、そろそろ電話切るね』

「はい。おやすみなさい」

『おやすみ』


 その言葉を言った直後、会長さんの方から通話を切った。


「告白して良かったか……」


 正直、フラれて間もない中でそう言えるなんて意外だった。ただ、会長さんが言っていたように、気持ちを伝えたからこそ感じられる気持ちはきっとあるのだろう。

 それから少しの間、告白しようかどうか考えたけど今日は止めることにした。今日は色々とありすぎて疲れてしまったし。会長さんの告白の結果も知ったし。


「もう寝よう」


 明日になったら、ほんのちょっとでも勇気が出るといいな。そんな当てのない希望を抱きながら眠りにつくのであった。

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