第35話『親友』
午後6時半過ぎ。
私は美琴ちゃんと一緒に寮に帰ってきた。私服に着替えるために、美琴ちゃんとは一旦別れ後で私の部屋に来ることに。
鷲尾さん達とのことがあったので、自分の部屋に戻ってくると安心するけど、今日はどっと疲れが襲ってきた。
傘で突かれた鳩尾の部分がまだ痛む。制服で脱いで鏡で確認してみると、その箇所が少し赤くなっていた。消えればいいけど。
「綾奈先輩……」
綾奈先輩は会長さんに告白されたけど、どういう答えを出すんだろう。
綾奈先輩が会長さんと恋人として付き合う可能性はあると思う。私も電話やメッセージで告白した方がいいのかな。そう思ってスマートフォンを手に取るけど、告白をすることまではなかなかできない。
――ピンポーン。
インターホンの音が聞こえた瞬間、気持ちが落ち着いた。
玄関の扉を開くと、そこにはビニール袋を持った部屋着姿の美琴ちゃんがいた。
「美琴ちゃん、いらっしゃい」
「うん。今日は色々あったし、夕ご飯は私が作るよ」
「ありがとう。その袋に材料が入っているんだよね。何を作ってくれるの?」
「醤油ラーメン。私、ラーメンは大好きだし昨日、特売だったから買ってきたんだ」
「そうなんだ。私もラーメンは好きだから楽しみだな」
「百合がそう言ってくれて良かったよ。どうする? もう作ろうか?」
「う~ん……夕方に喫茶店でフレンチトーストが食べたから、今はそこまでお腹が空いていないな」
「分かった。先輩方の話を聞いてから作ることにしよっか」
「そうだね。じゃあ、上がって」
「お邪魔します」
美琴ちゃんを家に上がらせる。親友が自分の家にいるのって安心するな。今日以上にそう思ったことはないかも。
私は2人分の日本茶を淹れ、美琴ちゃんのところへと持って行く。
「美琴ちゃん、お茶を淹れたよ」
「ありがとう。……うん、夏でも温かいものを飲むと落ち着くね」
「そうだね」
「……じゃあ、さっそく聞かせてくれるかな。神崎先輩のサキュバス体質のことと、対立していた女子達のことを」
美琴ちゃんは真面目な様子になり私のことを見つめてくる。綾奈先輩にも負けず劣らずの目力の強さだ。
「あのときも言ったけど、綾奈先輩は女の子の性欲を引き出すサキュバス体質を持っているの。ただ、それは特殊なパターンで、大半は男の人の性欲を引き出すの。先輩のお母さんがそのタイプ」
「そうなんだ。神崎先輩が学校でかなり人気なのは、容姿の良さだけじゃなくてサキュバスの体質もあってのことなんだ」
「多分ね。もちろん個人差があって、先輩のお母さんや妹さんのように全く影響を受けない人もいるみたい。あとは慣れもあるとか」
「なるほどね。あたしは単に素敵な人だなって思うくらいだったし。母親もサキュバス体質があるってことは遺伝か。ということは、生まれた直後から影響が出始めたの?」
「ううん。綾奈先輩や会長さん曰く、先輩の成長期が始まった小学5年生の頃から出始めたんだ。実はそれがきっかけで、先輩方はあのとき対立していた女の子達からいじめを受けるようになったの」
「そうか……」
はあっ……と美琴ちゃんは複雑な表情を浮かべながら長いため息をついて、お茶を一口飲む。
「そのいじめの中心となった人が、茶髪のおさげの髪をしていた鷲尾奈々実さんっていう人で。先輩方とは親友で、当時から綾奈先輩に恋心を抱いていたみたい。クラスメイトの多くの女子が綾奈先輩への態度が変わって、調べたら先輩に特殊な体質があるって知ったみたいで。自分の恋心も先輩の体質に操られたんじゃないかと思って、それが怒りに変化していじめに繋がったそうだよ」
「……なるほどね。ただ、サキュバス体質の影響を受けているかどうかは関係なく、神崎先輩が好きなことに変わりないじゃないか。鷲尾さんの気持ちも分からなくはないけど……そのことに怒っていじめをするってことは、神崎先輩への好意はその程度だったんだと思うよ」
「少なくとも当時の抱いていた好意については、美琴ちゃんと同じ意見かな。綾奈先輩を守ろうとした会長さんもいじめられて。ただ、綾奈先輩の我慢が限界になって、さっきのようなサキュバスとしての姿を見せたの。鷲尾さん達がそのことに恐れたのか、いじめられることはなくなって。でも、鷲尾さん達から謝罪の言葉は一切なかった」
「激怒していたこともあってか、神崎先輩のあの姿は衝撃的だったね。小学生なら尚のこと恐くて離れるのも分かるな」
私も先輩方からどういう姿になるのか話を聞いていたけれど、実際に見るのは今回が初めてだったから衝撃的だった。怒った先輩の表情と共に、サキュバスの姿は脳裏に焼き付いている。
「ただ、小学生の頃に先輩方をいじめていた鷲尾さんが、どうして高校生になった今になって会いに来たの?」
「自分がどんなことをしたのかが分かったみたいで、先輩方に謝りたいと考えたからだそうだよ。実は1週間くらい前に私、鷲尾さんに声をかけられて、今のいじめの話をされたの。それで、先輩方に謝りたいから協力してって。でも、自分のために謝りたい感じがしたから断ったんだ。だからだと思うけど、かつて先輩方をいじめていた人達を数人連れて今日、会いに来たんだと思う」
「それで、鷲尾さんの取り巻きの女子に傘で突かれたことに繋がるのか。くそっ、もう少し早く行っていれば、百合がケガすることもなかったかもしれないのに!」
ドン! と美琴ちゃんは握り締めた右手でテーブルを叩く。怒りや悔しさに満ちた表情を浮かべ、下唇を噛んでいる。
「美琴ちゃんは何も悪くないよ。それに、美琴ちゃんが来てくれたおかげでほっとしたし、それは先輩方も同じだと思うよ」
「……そうだといいけど。百合のことを突いた女は絶対に許さない!」
「綾奈先輩も鷲尾さんが謝った後に、自分達をいじめた全員を絶対に許さないって言ってた。またサキュバスの姿を見せられて、彼女達が逃げるときにもう二度と関わらない方がいいって言っていたくらいだから、今日みたいなことはしばらくない……と思いたい」
「そうだといいね」
ただ、今回も何の前触れもなく鷲尾さんは先輩方の前に現れた。しばらくの間は気を付けた方が良さそうだ。
「あたしには、神崎先輩のサキュバス姿だけじゃなくて、その後に有栖川先輩が神崎先輩に口づけしたのも衝撃的だったな。その後に好きだって告白していたし……」
「会長さんが綾奈先輩のことを好きだっていうのは、お泊まり中に2人きりになったときに聞いたんだ。好きだからっていうのもあると思うけど、気持ちを落ち着かせて元の姿に戻すためにキスしたんだよ。唾液とか汗とか、女性の分泌液を接種することで気持ちが落ち着くんだって」
「なるほどね。そういえば、百合も有栖川先輩に落ち着かせてって言っていたっけ」
「うん」
気持ちを落ち着かせて元の姿に戻すためだと分かっているとはいえ、会長さんが綾奈先輩にキスしている姿を見たときは胸が締め付けられた。その後に告白していたし。本当にどうなるんだろう。
「百合は神崎先輩に告白するの? それとも、もうした?」
「ううん、まだしてない。会長さんが告白したから、私も早く告白した方がいいのかもしれない。でも、私が告白したら綾奈先輩を混乱させちゃう気がして」
「返事はいつでもいいと言っていたけど、きっと有栖川先輩の告白について考えているだろうしね。百合の気持ちも分かるな」
すると、美琴ちゃんは優しい笑みを浮かべて、私のことを抱きしめてくる。私の頭をそっと撫でてくれる。
「私は百合のことを応援しているよ。あたしで良ければいつでも相談に乗るし、側にいるからさ」
「……うん。ありがとう、美琴ちゃん」
美琴ちゃんの温もりと甘い匂いに包まれているおかげか、疲れが段々と取れてくる。安心もできる。側にいてくれて良かったなと思える親友と出会えて良かったな。
「それにしても、百合のことをもふもふすると癒されるなぁ」
美琴ちゃんは頭をすりすりしてくる。こうされると、まるで美琴ちゃんのペットになった気分だよ。
「百合、もうそろそろ夕ご飯を作ろうかなって思っているけれど」
「うん。大分お腹が空いてきたよ。じゃあ、美琴ちゃんのラーメンを楽しみにしてるよ」
「任せて。麺類はそれなりに作れるから。茹でるのがメインだし」
「ふふっ」
それから、私は美琴ちゃんが夕ご飯の醤油ラーメンを作るところを見守ることに。得意だと言っているだけあって、手慣れているように見える。
特に問題もなく醤油ラーメンが出来上がり、私達はさっそく食べることに。
「うん、美味しいね。スープにコクがあって、麺の硬さもちょうどいいよ」
「それなら良かった」
「……作ってくれてありがとね」
「どういたしまして」
綾奈先輩と会長さんのことは正直とても気になって、今すぐに告白するかどうか悩んでいる。ただ、美琴ちゃんのおかげで、何とかある程度まで元気になるのであった。
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