第37話『告白』
6月21日、木曜日。
ゆっくりと目を覚ますと、部屋の中がうっすらと明るくなっていた。部屋の時計を見ると、午前6時半過ぎ。意外とぐっすりと眠ることができたな。
ベッドから降りてカーテンを開けると、雲一つない青空が広がっていた。ここまで晴れたのは久しぶりだ。こんなにも明るい朝の景色を見ていると、昨日の夕暮れにあったことが遠い昔のことのように思えてくる。
今日は一日中晴れているので、溜まってしまった洗濯物を洗うなどして朝の時間を過ごした。綾奈先輩に告白するかどうか未だに悩みながら。だからなのか、あっという間に過ぎていく。
今日も1人で登校しようと寮を出たときだった。
「おはよう、百合」
「お、おはようございます! 綾奈先輩」
バッグを持った制服姿の綾奈先輩がエントランスに立っていたのだ。私を見つけると優しい笑みを浮かべて先輩は小さく手を振ってきた。
「先輩、どうして……」
「昨日、奈々実達とのことがあったからね。何が起こるか分からない。さっき、愛花を学校まで送ってきたんだ。愛花は生徒会で普通の生徒よりも朝が早いから」
昨日の今日で会長さんと一緒に登校したんだ。告白があってもすぐに普段と同じようにできるのは、長年の付き合いがあるからなのかな。
「じゃあ、わざわざ学校からここまで来てくれたんですね。その……ありがとうございます」
「ううん、いいよ。じゃあ、一緒に行こうか」
綾奈先輩の方から手を繋いでくる。
綾奈先輩の温もりと柔らかさを肌で感じた瞬間、先輩に告白したいと素直に思えた。あれからずっと悩んでいたことを、綾奈先輩のおかげですぐに答えが決まるなんて。本当にこの人のことが好きなんだなと思い知らされる。
ただ、さすがに今すぐに告白する勇気までは出なかった。
なので、学校の教室で美琴ちゃん、夏実ちゃん、あかりちゃんに。電話やメッセージで会長さん、莉緒先輩、若菜部長と相談した。
そこから分かったのは、素直な言葉に乗せて好きな気持ちを伝えるのが一番いいということだった。夏実ちゃんも好きだって言って告白が成功したもんね。
あと、告白したいと考える私を応援してくれていることも分かった。みんなが私の背中を押してくれている気がした。
夜になって、明日の放課後に告白することを決め、綾奈先輩に2人きりで大事な話がしたいとメッセージを送る。すると、
『いいよ。明日はバイトがないから、百合の部活が終わるまで学校で待っているよ』
綾奈先輩からそんな返事が届いた。明日、先輩はバイトがないんだ。
私の部活が終わるまで学校の中で待ってくれるなら、告白する場所はあそこが一番いいだろう。
『分かりました。では、明日の放課後に白百合の花壇の前で話します。部活が終わったら連絡しますね』
綾奈先輩と出会い、恋をした白百合の花壇は私にとって特別な場所。綾奈先輩の大好きな白百合の花が見守る中で先輩に告白したい。
すると、綾奈先輩からすぐに返信が届く。
『分かったよ。どんな話なのか楽しみにしてる』
これで、明日の放課後に告白することが決まった。明日はちゃんと綾奈先輩のことが好きだって伝えられるように頑張ろう。
6月22日、金曜日。
いつか来ると思っていた告白の日がついにやってきた。
今日はどんよりと曇っていて、夜になってから雨が降る可能性があるらしい。告白するには何とも言えない天気だ。
朝から緊張しっぱなしなので、緊張を紛らわすためにもいつも以上に勉強や部活に集中することに努めた。それもあってか、時間はあっという間に過ぎていって。
「じゃあ、期末試験前最後の部活はこれで終わりね。みんな期末試験頑張ってください。特に3年生の若菜ちゃんは」
「ええ、頑張ります。莉緒ちゃんや百合ちゃんも赤点は取らないようにしてね」
「分かってますって。ただ、白百合ちゃんは期末試験の前に、この後すぐのことを頑張ってほしいね」
「……はい」
それはもちろん、綾奈先輩への告白。莉緒先輩も若菜部長も由佳先生も優しい笑顔で私のことを見ている。
部活が終わったら綾奈先輩にメッセージを送る約束になっていたので、
『綾奈先輩、部活が終わりました。今からそちらに向かいます』
先輩にそんなメッセージを送る。すぐに『既読』と表示され、
『分かった。待ってるよ』
先輩からそう返事が届いた。いよいよ、綾奈先輩に告白するときが目の前に迫ってきたことを実感する。
「じゃあ、いってきます」
「いってらっしゃい、百合ちゃん。担任として応援してるよ」
「成功するといいね! 百合ちゃん」
「……これまでの白百合ちゃんの話を聞いていれば、きっと上手くいくよ。頑張って!」
「ありがとうございます。いってきます!」
私は園芸部の部室を後にして、綾奈先輩との待ち合わせ場所である白百合の花壇の前へと向かい始める。
さすがに、放課後になってから時間が経っているからか、校舎の中は生徒や先生があまりおらず静かだ。
誰にも呼び止められることなく、昇降口に辿り着いたときだった。
「百合ちゃん」
ちょうど休憩の時間だからなのか、会長さんが私のことを呼び止める。
「これから、綾奈に告白するんだよね」
「はい」
「……頑張ってね、応援しているわ」
「ありがとうございます。頑張ってきます」
私は会長さんと右手でハイタッチをして、白百合の花壇へと向かう。
花壇の前には出会ったときと同じように、バッグを持つ綾奈先輩の後ろ姿があった。ただ、その姿を見ることができたのは僅かな時間であり、私の足音に気付いたのか先輩はこちらに振り返った。
「百合か。部活お疲れ様。今日も白百合の花はとても綺麗だね。いい匂いもする」
「ありがとうございます。すみません、急に2人きりで話がしたいと言ってしまって」
「気にしないでいいよ。それに、2人きりで話したいってことは、百合にとって大事なことだろうから」
「……はい」
私は綾奈先輩の目の前まで歩いていく。
優しい笑みを浮かべながら綾奈先輩は私のことを見てくれるけれど、これから告白するんだと思うととても緊張する。流れで言ったとはいえ、会長さんは凄いなと思う。
ただ、綾奈先輩は私のためにここで待ってくれたんだ。どんなことを話してくれるのか楽しみだってメッセージもくれた。私だけのためじゃなくて、先輩のためにもしっかりと言おう。
「綾奈先輩。ここで先輩と初めて話してから随分と時間が経ったように思えますけど、まだ20日くらいしか経っていないんですよね」
「そうだね。最初に話したのは今月に入ってからだよね」
「……はい。それだけ出会ってからの日々が濃くて楽しかったんだと思います。それはきっと綾奈先輩や会長さん達のおかげなんだろうって思います」
「私も百合と初めて話してから、とても楽しい時間を過ごしているよ。あの日、ここで百合のことを待っていて良かった。出会えて良かったって思ってる」
「私も同じ気持ちです。大好きな白百合の花の前で綾奈先輩と出会えて良かったって思っています。ただ、出会ったときから綾奈先輩に抱いている想いがあります」
私は両手で綾奈先輩の右手をぎゅっと掴む。そして、先輩のことをしっかりと見つめて、
「私は綾奈先輩のことが一人の女性として好きです。私と付き合ってくれませんか」
あのときからずっと抱いていた想いを綾奈先輩に告白した。
これまでもドキドキすることはたくさんあったけれど、今までのドキドキとは比べものにならないくらいに、今が一番ドキドキしている。
私に告白されたとき、綾奈先輩は目を見開いたけれど、笑みを絶やすことはなかった。
どんな返事が来るのか期待と不安でいっぱいだった。冷たく感じる風が吹く中で、綾奈先輩の手を握り続けたまま彼女の言葉を待つ。
「ここで出会ったあの日から、百合は私に恋をしてくれているんだね」
「……はい」
「私のことを好きでいてくれるのはとても嬉しいことだよ。……でも、ごめん。好きな百合だからこそ、恋人として付き合うことは絶対にしたくないんだ」
「えっ……」
まるで、漏れてしまったその声が引き金になったかのように、体も心も崩れ落ちる感覚に陥っていく。
悲しそうで寂しそうでもある綾奈先輩の顔が揺らめいて見える。その後から、何かが頬に伝うのが分かった。それは一度だけじゃなく何度も。やがて、ずっと。
「どうして……ダメなんですか? 私は綾奈先輩のことが好きで、綾奈先輩は私のことが好きなんですよ? それだけでも十分じゃないですか?」
「……私はサキュバス体質を持っているんだよ。百合は私の体質の影響を受けているだけかもしれない。本心から好きなのかどうか分からないから恐いんだ。私と一緒にいる時間が増えれば、この体質にも慣れてくるし。万が一、サキュバス体質の影響を全く受けなくなったり、私が普通の人間と変わらない体質になったりしたとき、百合が私のことが好きなままでいてくれるのか。側にいてくれるのかどうか分からない」
「そ、それは……」
サキュバス体質の影響を受けているからこそ好きかもしれない。そこは絶対に否定できない。だから、綾奈先輩の言う万が一の状況になったとき、先輩のことを好きであり続け、先輩の側にいるという保証もできないのだ。
以前、会長さんも私に好きなのはサキュバスの影響を受けているだけかもしれないと言っていた。長い付き合いの中で、綾奈先輩が今言ったような想いを察したからこそ、私に言ってくれたのかも。
綾奈先輩の不安を吹き飛ばせるような言葉が全く思いつかなくて悔しい。
「それに、私と恋人になることで一昨日よりも酷い目に遭うかもしれない。人生はまだまだ長いから、これから百合に辛くて苦しい想いをたくさんさせてしまうかもしれない。私はそれがとても嫌なんだ。だからこそ、百合とはこれまでと変わらずに、先輩後輩や友達という関係でありたい。こんな身勝手な理由で、百合の告白を断って本当にごめんなさい」
綾奈先輩は深く頭を下げた。
綾奈先輩の抱く様々な恐れ。それは、たくさんの女の子からされた告白や、小学生のときに受けたいじめなどによって蓄積されていったのだと思う。きっと、サキュバス体質も大きく影響している。私のことが好きだからこそ、その恐れがより強く、深くなってしまうのだろう。
「身勝手なんかじゃないですよ」
「えっ……」
「綾奈先輩が今まで話してくれたことを考えれば、先輩が今言ったような理由で断るのも理解できます。好きだと告白して、先輩を悩ませてしまってごめんなさい。ただ、私はサキュバスの影響を受けただけかもしれません。それでも、先輩を好きになったというのは事実です。それを覚えておいてくれると嬉しいです。先輩が私に告白の返事をちゃんと言ってくれたこと。私を大好きだって言ってくれたことはとても嬉しかったです。今日はありがとうございました。……さようなら」
綾奈先輩の目の前にいることは辛すぎてもう限界だった。私は先輩に軽く頭を下げ、逃げるようにして先輩の元から走り去る。
校門を出たあたりかな。夜に降るかもしれないと予報されていた雨がシトシトと降り始めるのであった。
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