第46話『2人きり』

 綾奈先輩が退院した翌日から、花宮女子高校では5日間に及ぶ期末試験が行なわれた。普段から予習復習や試験勉強もしたので、どの教科もよくできたと思う。赤点を取って夏休みに補修に出たり、特別課題をやったりしないといけない事態にはならないと思う。

 あかりちゃんもどの教科もできたらしい。美琴ちゃんと夏実ちゃんは……赤点を取ってしまわないかどうか不安な教科があるようで。ただ、終わってしまったものは仕方ないと2人ともすぐに元気になっていた。

 綾奈先輩は1週間意識不明で、退院してすぐの期末試験にも関わらず、全教科よくできたらしい。会長さんと回答を確認し合ったらほとんど一緒だったそうだ。物凄いスペックを持つ先輩方だなと今更思い知らされた。




 7月6日、金曜日。

 今日で期末試験が終わったので、私は綾奈先輩、会長さん、美琴ちゃん、夏実ちゃん、あかりちゃん、莉緒先輩、若菜部長と一緒に食堂でお昼ご飯を食べた。食堂ではあまり食べたことがなかったけど、安くてとても美味しいな。1学期はなるべくお弁当を作っていたけど、2学期からはたまに学食でお昼ご飯を食べるのもいいかもしれない。



 期末試験が終わったので、今日の放課後から部活動や生徒会の活動が再開される。園芸部も2週間ぶりの活動を行なう予定だ。

 今日は綾奈先輩が家に泊まりに来ることになっているので、園芸部の活動が終わり次第、綾奈先輩に連絡をすることに。私の家に直接来てくれるとのこと。

 昼食を食べ終わった後は綾奈先輩達と別れ、私は莉緒先輩や若菜部長と一緒に園芸部の活動を行なう。

 白百合の花も咲き始めてから1ヶ月くらい経ったので、枯れてきているものある。ただ、少し遅く咲き始めた白百合の花は、今もその独特の匂いを放ちながら美しく咲いている。

 夏休み中も定期的に水やりをしに来ないと。そして、秋になったら来年の花を咲かせるために、球根をここに植えよう。



 今日の園芸部の活動も終わったので、私は綾奈先輩にそのことをメッセージで伝えて、1人で家に帰った。

 今日はもう綾奈先輩とずっと家でゆっくりしている予定だけど、どんな服を着ようか迷っちゃうな。綾奈先輩がここに来るのは初めてじゃないし、家にいるんだから普段と変わらない服装でいいのかな。

 過ごしやすさと綾奈先輩の太もも好きを考えて、スカートに袖無しのブラウスを着てみる。よし、今日はこれでいこう。

 ――ピンポーン。

 寮のエントランスからのインターホンが鳴る。綾奈先輩が来たのかな。

 モニターを確認すると、そこにはデートのときと似たパンツルックの服装をした綾奈先輩がいた。お泊まりなので大きめのバッグを持っている。


「はい」

『百合、来たよー』

「お待ちしていました。今開けますね」


 先週のことを考えると、綾奈先輩が私の家に来てくれることがとても嬉しく思える。意識が戻って、それからも特に体調を崩すことがなくて本当に良かったな。

 ――ピンポーン。

 今度は家の玄関のインターホンが鳴る。

 小走りで玄関に向かって、ゆっくりと扉を開けるとそこには綾奈先輩が。


「いらっしゃい、綾奈先輩」

「お邪魔します。今夜はお世話になります」


 綾奈先輩は家の中に入った瞬間、私のことを抱き寄せてキスしてくる。家に帰ってから紅茶を飲んだのかな。先輩の口から紅茶の香りが。あと、夏の蒸し暑さは嫌だけど、先輩の温もりは大好き。

 唇が離れると、そこには優しい笑みを浮かべる綾奈先輩の顔がすぐそこにあった。


「ごめん、いきなりキスして。ただ、退院してからは期末試験もあるし、一緒にいたときも試験勉強を優先にしないといけないと思って」

「キスしちゃうと、そっちの方に集中しちゃいそうですもんね」


 試験期間中は、放課後に私の家や先輩の家で一緒に試験勉強をした。そのときは、会長さんや美琴ちゃん達も一緒だったので、勉強に集中できたかな。

 今後も、私達の関係は分かっている人にキスを見られるのは恥ずかしい。だから、今みたいに2人きりでいる時間にたくさんキスしよう。


「さあ、上がってください。何か飲み物を出しますけど何がいいですか?」

「冷たいものがいいかなぁ」

「冷蔵庫に麦茶がありますのでそれにしましょう。用意しますので、先輩は適当な場所にくつろいでください。荷物は端の方に置いてもらえれば」

「うん、分かった」


 綾奈先輩は部屋の中へと入っていく。今夜、先輩と2人きりで一夜を明かすなんて……もう嬉しくてたまらないよ。

 2人分の麦茶を用意して、綾奈先輩のところへと持って行く。綾奈先輩はベッドの側にあるクッションに座っている。


「麦茶持ってきました」

「ありがとう、百合」


 綾奈先輩はさっそく麦茶をゴクゴクと飲んでいる。そんな姿も芳しい。首筋を伝う汗が艶やかだ。


「あぁ、美味しい。期末試験も無事に終わって、百合とこうして2人きりで過ごすことができて嬉しいよ」

「私もです。ただ、先週の今ごろはまだ先輩は意識を失っていたんですよね。意識を失うってどういう感覚だったんですか?」

「倒れる前にかなり具合が悪かったし、風邪を引いて眠っていたときに似ているかな。今回の場合は1週間もずっと寝ちゃっていたって感じ」

「そうなんですね。夢とかって見たんですか?」

「見たよ。といっても、ずっと暗闇を彷徨っていて、たまに百合や愛花が姿を現すんだけど、どこかに行っちゃうんだ。だから、凄く寂しい気持ちになったのは覚えてる。現実では誰かが毎日お見舞いに来てくれていたのにね」


 あのサキュバスの姿のまま意識を失ったから、負の感情が夢にも反映されちゃったのかもしれない。


「だからさ、意識を取り戻してすぐに、百合と愛花がお見舞いに来てくれて嬉しかったな。あのときの百合のキスはきっと一生忘れないと思う」

「私も忘れないと思います。まさか、抱きしめられたことをきっかけに綾奈先輩が意識を取り戻したって分かるとは思わなかったので。でも、考えてみればそれって綾奈先輩らしい感じがします」

「あははっ、私らしいってどういうこと?」

「はっきりとした理由はないんですけどね。何か先輩らしいなって思えて」

「……まあ、百合がそう言うならそれでいっか」


 綾奈先輩は楽しそうな笑みを見せて、私の頭を優しく撫でる。そのことで先輩の匂いが感じられてドキドキする。これ、現実だよね。夢オチする展開じゃないんだよね?


「百合、今日の服もよく似合っているね。凄く可愛いと思う」

「ありがとうございます」


 普段通りの服装にしたのが良かったみたい。


「特にそのブラウスがノースリーブなのがいいと思ってる」

「夏ですからね。綾奈先輩もノースリーブの服を着るんですか?」

「たまにね。……百合、両腕を挙げてみようか」

「えっ、急にどうしたんですか?」


 すると、綾奈先輩は真剣な表情になって、


「実は私、女の子の太ももだけじゃなくて腋フェチでもあるんだ」


 いつもよりも低い声色でそう言った。

 やっぱり、そんなことだろうと思ったよ。両腕を挙げてと言われた瞬間に腋に関して何かあるなとは思ってた。腋フェチでもあることを真剣に言うところも綾奈先輩らしい。


「それで、私の腋に何をしたいんですか? 太もものときのように触るんですか?」

「……色々なことをしたいとは思っているけど、とりあえずは触るだけで」

「とりあえずですか。しょうがないですね」


 いずれは触ること以外のことをされるってことね。綾奈先輩じゃなかったら断っていたところだよ。


「ありがとう、百合。じゃあ、右手だけでいいから挙げて」

「はいはい」


 綾奈先輩の言うように右手を挙げる。目的が分かっているとはいえ、先輩に腋を見せるのは恥ずかしいな。


「綺麗な腋だね。あと、腋から胸の間の部分でそそられるよね」


 色々と熱弁した後、綾奈先輩は私の腋に顔を近づける。


「……百合のいい匂いがする」

「とりあえず触るだけって言ったじゃないですか!」


 腋の匂いを嗅がれるなんて恥ずかしいよ。さっそく嘘ついちゃって。綾奈先輩じゃなかったら、このまま肘を勢いよく下ろして頭を叩いていたところだよ。

 綾奈先輩の生温かい鼻息が腋にかかってくすぐったい。


「ごめんね。でも、百合の匂いは大好きなんだ。じゃあ、触るね」

「……あっ」


 綾奈先輩に腋を触られるのがくすぐったくて、気持ち良くもあって。思わず変な声が出ちゃった。こんなこと、他の人がいる前じゃ絶対にさせられないよ。あと、さりげなく太ももも触ってきているし。


「スベスベしていていいね。私好みだ」

「そ、それはどうも。こういうことって、私以外はしていないですよね?」

「もちろん。あと、私が腋フェチだって知っているのは百合だけだよ。今まで愛花の腋は何度も見ていたけれど」

「へえ……」


 あの会長さんのことだ。綾奈先輩が腋も好きであることは分かっていそう。


「ありがとう、百合。とてもいい腋だった。いやぁ、夏は太ももだけじゃなくて腋も見られるから最高だよね!」

「それは良かったです……って、綾奈先輩! 瞳が赤くなってますよ!」

「えっ?」


 きっと、大好きな腋を見たり、嗅いだり、触ったりして興奮しちゃったんだ。ポジティブな理由だけど、


「この前のこともありますけど、瞳が赤いと心配になっちゃいますね」

「ポジティブな理由で興奮しているから大丈夫だけどね。じゃあ、瞳の色を黒く戻すために、腋を舐めて百合の汗を接種する……のはさすがに止めておいて、百合とキスして唾液をもらおうかな」

「分かりました」


 なるほど、私の分泌液の接種という面目で、色々なところを舐められる可能性があるってことね。覚えておこう。

 そんなことを考えていると、綾奈先輩は私のことを優しく抱きしめてキスしてきた。私の唾液を接種するためにゆっくりと舌を絡ませてきて。それがとても温かくて気持ちいい。私も先輩のことを抱きしめる。

 舌を絡ませてキスしているので、綾奈先輩の唾液が私の口に入ってきている。先輩、ちゃんと私の唾液を接種できているのかな。

 一度、唇を離して綾奈先輩のことを見てみると、瞳の色が元の黒色に戻っていた。その代わり、さっきよりも頬が赤くなっているけど。


「黒に戻った?」

「はい」

「良かった。さすがは百合の唾液だね。こうしてキスしていると、百合と恋人として付き合うことになったんだなって実感するよ」

「私もです。だから、この前のような非常事態のとき以外は、私じゃない人とは絶対にキスしてほしくないです」

「もちろんだよ。ただ、それは私が百合に言いたいことでもあるよ。私以外とキスしないって約束してくれるかな?」

「もちろんです」

「ありがとう。じゃあ、誓いのキスをしよっか」

「はい!」


 私達は今一度強く抱きしめ合って、キスを交わした。

 私も、こうしていると綾奈先輩と付き合うことになったんだって実感できる。それがとても嬉しかったのか、気付いたときには両眼から涙が流れていたのであった。

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